第〇一二三話 ごちそうを味わう気分になる
何か、心に去来するものがありそうな、話をするグールメン。だが、それほど深刻な内容ではないと思えたので、軽く流しておく。
「そうなんですか」
「君はまだ若いから、その時代を知らないんだな」
「そりゃ無理ですぜ、グールメンの旦那。俺たちだって、小さいときのことで覚えてねえや」
三十そこそこ ── というのはラーゴ感覚であり、ここでは二十二歳前後 ── に見える部下の言葉でこの話は終わった。だが、今のやり取りはグールメンのブラフなのだろう。どの程度内部情報に精通した人物か、調べるための質問だったようだ。意識下で『なかなかガードが堅い』などと思われている。
そこで簡単にはミリンパパ ── レオルド卿の資料から、一応の理解はしたものの、本日初めて聞いた言葉があったので、平民的な理解ではどのようなものか確認しておく。
「すいません、不勉強で知らなかったんですけど、サイバー子爵という方が筆頭に附かれている、八貴族とはどういうお役目なのですか?」
どうやらこの質問で、グールメンからラゴンへの、『その筋の者ではないか』といった疑惑は晴れたようで、ならそれは食べながら教えてやろう、と云う話になる。おそらく国政に関わる仕事に就く者には周知の内容だが、ただの国民には知らされていない情報とみた。つまり、ただの国民であると認定してもらえたということだろう。
グールメンから酔っぱらう前に、と断って、トーンディ港まで森を抜けていく近道の地図が渡される。タオが漏らしていた『オクリ』というシステムで用いる、やや危険ながら一日半は旅程を短縮可能なショートカットらしい。山林の獣道を抜けるもので、山賊や猛禽類の対応ができない者には教えてはいけない、とくぎを刺された。
(─ だがこれも、使うことはないな)
それでもこのルートを通ると言えば、堂々とここから森に入っていくのに、下手ないいわけが必要ないので有り難い。
「さあ、どんどん食べてくれ。なにしろ田舎なんでたいしたものはないが、サイバー夫人救出の英雄様の歓迎宴だ。嬢ちゃんたちも、遠慮せず食べておくれよ。いや、嬢ちゃんは失礼だったかな。 ── ハナコさん」
「いえいえ、嬢ちゃんで結構ですよ」
すでに鳥の丸焼きにかぶりついていた、ラゴン仲間では一人飲酒年齢にみえるハナコは、肉を頬張りながら返答する。ミツが横で笑った。
では、クラサビに断ってまでありつきに来た、ケーオギ宿場で振る舞われた食事を堪能するとしよう。
ラーゴが現在までにいただいた食餌といえば、いまだにユスカリオが穀物をスープで、やわらかく煮込んだような流動食が中心となっていた。この世界においてほとんど形のある食物は食べたことがなかった。目の前には焼くか炒めるかされた野菜、シチューふうの液体、そして鶏中心の肉料理と、うどんに近い太い麺類、パンなどが並んでいる。田舎ではあまり、生のものは出さないらしい。
先ほどハナコがしゃぶりついた丸焼きは、多分見た目を盛り上げるための飾りと思われた。だがホストであるグールメンから、何も言われていないので問題ないだろう。他にも唐揚げらしき揚げ物、辛味のあるソースで煮込んだ煮込み料理など、多彩な肉料理が並ぶ。ここはケーオギ宿場のグールメンが経営する食堂で、二階をグールメン自身と特別なお客用、一部は高級宿として、一般に開放してきたようだ。本日は、事件が起きたということを口実にして、デニムの警護とラゴンたちのため、貸し切り状態にされたらしい。
サイバー街道一番のショカソンと比べ、やや小さい宿場町のここケーオギには、貴族や聖人、豪商らを迎えられる立派な部屋がある宿屋がなかった。そこで儲けるのでなく、どうしても時間的な理由などから、ショカソンまで来られない王都からの賓客に対し、緊急避難措置として使われる宿泊施設となっている。今日はそれをラーゴたちにも特別解放していただいた、ということだ。
「ときに、ミツさんとラゴンくんは血の繋がりがあるんだろうな」
「ええ、兄様とはふた親とも同じ兄弟です」
「だろうな。こんなにまっ黒クロの美男美女なんて、そう見れるもんじゃない。褒めていいのか慰めりゃいいのか、わからねぇ容姿じゃねえか」
「はい、よく云われます」
ラゴンの感覚ではまったく普通の容姿なのだが、この世界で黒目黒髪のステータスはそれほど低いものと感じられた。
「ちなみに、ここけっこう高いんでしょうね」
タダで泊めてもらうことを、前提とするのはあまりよろしくないと思って聞いてみたところ、予想通りの答えが返ってくる。
「バカを言うな。ここでの飲み食いも、宿泊料も全部無料だ。ラゴンたちは、それ以上の働きをしてくれた上に、タオの恩人ときちゃ金を取るわけにはいかねえよ。二階に四ベッドのビップルームがあるが、ハナコさんも同じ部屋でよろしいのかな?」
「あっ、もちろんあるじさ ── ぼっちゃんと同室で私はかまいません」
「主様というと、ハナコさんは使用人なわけだ」
「はい。今日はご相伴に与れて、とても満足です」
「いや、あんたが一番活躍してくれたかも知れんな。長い距離、夫人を抱っこして歩かせたらしいから」
「いーえいえ、あんなもの。朝飯前の昼飯くらい、軽いもんです」
ハナコさん、意味が解りません。
「そうかい、じゃあ後で俺と腕相撲してくれないか」
「喜んで」
魔族と人間が腕相撲なんかすれば、簡単に腕の骨を折る、いや砕いてしまうかも知れない。少しは力加減をお願いしますよ、ハナコさん ── と思いながら、ようやく料理のいくつかをいただいてみた。やや塩加減が薄いが、まあまあの味である。それぞれ入っている器が木をくりぬいたものかなと思ったのだが、触ってみると陶器だった。丈夫そうで、しかも軽くて強度もありそうだ。
「これは、焼き物なんですね」
「なんだよ。その器か?」
「はい ── こっちです」
変な応答は、盛り付けられていた料理が揚げた鳥の料理だったので、それを聞かれたのかと間違えられたらしい。




