第〇一二一話 アネクドート クロス◆懺悔する者と下賜される武器(下)
それからしばらく、クロスのまわりには静かな時間が流れていたが、オートマトン隊に集中されておられるはずの主様から、突然の個別感応通信を受ける。主様から親衛隊に直接種族間通信が送れるはずはないので、これはナオコからの転送通信だろう。
{クロス、ボクだけど。頼まれてたものができたんだ。渡したいけど、どうしたらいい?}
頼まれていたものといえば、自分専用の武器に違いない。わずか間一日でできるとは思わなかったが、さすがは主様である。遠征までに間に合わせてくださった。
クロスも一回り城内を透視した結果、主様が特別な待遇にあり、二食昼寝付きの厚遇で奉られていることにまんざらでもない。もしも不満をあげるとしたら、主様の存在を認知する人間は少数に限られており、高位の者からとはいえ、その尊き御名が呼び捨てにされる、という点くらいだろうか。
{ありがとうございます。もしかすると周りに『影』の眼があるかも知れません。一度坑道へ戻ります}
主様との関係を疑われるわけにいかないので、同じ中庭に建つとはいえ、飼育小屋へ直接お会いしに出向くことはできない。実はクロスが着任する直前、飼育小屋をのぞきに行こうとした巫女見習いがいたらしく、飼育係の男を収賄したとかで叱責され、謹慎させられたようだ。それ以来、聖堂のものは飼育小屋へは近寄ってはならないと、厳しくルール化されてしまったのをクロスも知っている。
しかも、影鍬は潜んだ者が居てもわからない場合があるので、面倒だが一度聖霊たちのいる講堂へ戻るとしよう。昼の鐘が鳴るのはまだ少し早いが、決まった昼休みをもらえる身でもないから問題ないだろうし、たしか影鍬もあそこまでは入ってはこないはずだ。
急いで、今いる聖堂の礼拝堂から地下の霊廟へ移動し、隠し扉を通って、坑道に駆け下りる。
{お待たせしました主様}
{大丈夫だよ。今からそっちを覗くからね、 ── オーケイ。じゃあその近くの、脈の出口が見れるところまで行ってくれるかな? 多分真王様との、連絡に使ってるやつのとこ}
クラサビから申し送りはあったので、『オーケイ』は主様一流の、『了解』程度の意味を持つ合いの手だと知っているクロス。先日チーフゴーストと女王様のところへ行くときに使った、聖泉が流れ出る聖杯に、言われる通り近づいていく。すると目の前に、クロスの手には余るほど ── 肘から手の先までもありそうな、ホワイトゴールドに輝く十字架が現れた。
{これが?}
{そう、クロス専用の武器だよ}
やけに大きいという以外、とくに何も変わったところがない十字架であるが、たしかにこれくらいの武器であれば、二日で作ってこられてもおかしくはない。十字架は二本の角材が十字に組まれた上、面取りされ持ちやすいように加工されていた。しかもその太さはちょうど剣などの束の太さよりやや細く、十字になった上部を掴んで振り回せば、短剣代わりくらいには使えるだろう。そんな必要性からか、十字架のもっとも下にあたる部分は鋭く鋭角にカットされている。さらに十字架の足先に当たる部分には丸い穴が開いており、直径三ミリほどの空洞が奥のほうまであった。大きすぎる十字架の、軽量化のためかも知れない。
{これはね、十字架の上の部分を持って逆に構え、呪文の詠唱なしで伸長率を指定して『伸びろ』と考えるだけで、下側部分が長くなるんだ。でもこの延伸金属だけど、尖った部分の強度には限界があるから、これ自体の先端に結界を張らないといけない。そこは自動にしておいたから、クロスはとくに意識せず使ってくれたらいいよ。ただ、魔力源を真王様につなぐのは忘れないで。『エナジーコネクト 真王』の呪文を無詠唱で大丈夫。あっ、その場所なら『真王』を『聖泉』とすればいけると思う}
そう、ただの短剣ではないのだ。自分は王都へもどってきてしまっていて見られなかったものの、主様が高原球技場で襲われたとき使ったという、主様お気に入りの伸び縮みする武器と同じ機能を有するもの。いささか機能がしょぼいとはいえ、それを下賜されるとはちょっとした感激だ。
{はい、わかりました。ありがとうございます。ではこれで真王様を ───}
お礼を言いかけると、主様がクロスの言葉を遮った。
{いや、ごめん、まだあるんだ}
{はい?}
{まずは目眩まし機能で、相手が魔族でもなければ撃退効果まではないんだけど、この『ジーザスフラッシュ』の原理は簡単で、十字架表面にいくつか埋め込まれた金属に単に魔力を流し込むと、その金属分子を超励起状態にしてこれがすべて光に変換される。すると可視光線とマイクロ波の干渉によって目が眩むほどに発光し、しかも通常光だけでは出せない魔族への忌避効果を ───}
(え? え? これって ── ?)
そんな説明が半時間以上続き、即席で用意されたとは思えない多彩な武器であったことを、クロスがすべて理解するのにはかなりの時間を要した。
{ ── 、というくらいがざっとこの武器の能力ってところかな?}
{あー、主様}
{うん、何か他にも希望はある? ああ、普通の飾りの十字架とかに比べると少し重かったよね}
{いいえ。ウイプリーにとってこんなものは、ナイフとフォークほどの差でしかありません。そうではなくて、わたくしもそんなにたくさんを、一度では覚えきれないと思います。また、後で思い出せないところを聞いてもよろしいでしょうか?}
{もちろんいいよ。ごめん。あのメソポタっていうドワーフに作らせたら、入れ込んじゃったらしく、納品が今朝になってね。その後ボクがいろいろいじったもんだから、今頃までかかっちゃった。まあ彼も二日徹夜して作ってくれたんで、文句は言えないけど。でも、今すぐ全部試しておけば、きっと忘れないよ}
{は、はい ───}
いや、もうすでに目眩ましジーザスフラッシュの次が出てこない。一つずつゆっくり思い出してみようと思うが、ここで使うには問題の大きい威力のものもあったはずだ。これだけの多機能で複雑な呪文体系を半日で解析、改造できたのは、以前からラゴンに作りこんでいた複号と、ドキュメント化するツールがうまく動いたからだ。 ── などと説明されるものの、なんのことか物知りクロスにもさっぱりわからなかった。
{あー、でも最後の二つはそこでは試さないでね}
いや、危険度の高いものはもっとなかったか。きっと半分は、大人しい聖霊が逃げだしそうだ。
{わ……わかりました、主様。わたくし、がんばります。本当にありがとうございました!}
{念のためボクの鱗を一枚貼っておいたけど、剥がさないで。じゃあがんばってね、真王様のことよろしく}
それを最後に主様からの連絡が切れる。
そしてこの数分後、坑道における十字架使用を、聖霊から禁止されるクロスであった。




