第〇一二〇話 失言で縁談を薦められるオートマトン
デニムはようやく安心した様子で、落ち着いて色々な話を始めた。とても話好きな人らしい。
「あまり大きな声では申せませんが、こうなってしまっては、隠していてもしかたありませんわね」 一呼吸おいて、デニムは覚悟をしたように続ける。「 ── 私を今日襲ったのは、おそらく王国もその侵食を受けつつある、国際的地下組織の手の者に違いないでしょう。私は国内の貴族の夫人たちに広いネットワークを持っており、彼女たちから普通には聞こえてこない、各領地の事情なども伺うことができるのです」
「それはすごいですね」
「たいしたものではありません。その中心は、妹たちなのですから。実のところ、中にはすでに地下組織が深く入り込み、貴族の領地の村で恐ろしい薬を栽培している、そんな地方もあると云う噂すら聞き及んでおります。それを夫に報告したところ、まずは父の耳にも伝えておくべきと言われ、先日その問題を相談したばかりでした。どこからか私がこのような話を探っていると、地下組織が突き止めたのでございましょう。今日ここから近い宿場町に、領地内の富裕層が集まる集会がありましたので、出席しようと出てきたところをさらわれたのです」
なるほど。すでにデニム本人も含め、六人の貴族夫人の姉妹情報網があり、さらにその親族といったつながりも考えれば、トータルの情報網はたいしたものだろう。マフィアかユニトータが、そんなデニムの動きに目を付けても、決して不自然ではない。
「そうだったのですか。ボクたちも多分、その件のからみから、タオさんの依頼で旅に出たところでした。お話にあった国内組織の黒幕、国際シンジケートのマフィアが進駐して居座る、共和国の港町で物騒な目に遭っているらしいお友だちを、救い出しに行く道中なのです」
「まあ、なんて危険なお仕事でしょう。先程私、見てはおりませんでしたが、放り出されてから解放された時間を思えば、そんなにあなたたちはお強いということなのですね」
「元農奴ですから」
力こぶを作るようなポーズで腕まくりしたミツは、このフレーズがとても気に入っているようだ。ミツの中では農奴というのは、どんなに強くたくましい種族なのだろう。
「奥様 ── デニムさまのそういう動きは、どれくらいの方がご存じなのでしょうか」
「当家では主人と執事長、そしてここへ来る際にホンマ隊長に少しお話したくらいです。後は父くらいでしょうか」
「公爵には、いつそのお話を?」
「王都に父が来ていたころで、一週間近く前の話ですわ」
「そのとき、王都では二人だけでご相談を?」
「はい。あっ、でも ── 父の側近が一人、出入りはしておりましたが」
「もしかして、女性ですか?」
「はいー。でもなにか?」
「 ── いえ、女性は話好きですからね」
ラーゴの質問から、その際のことを思い出そうとしたデニムの記憶イメージに、見覚えのある女の顔が登場する。ミリンのときと同じく、アーニャがそばにいたらしい。
先入観かも知れないが、どうもその辺りはけっこう怪しく感じられる。アーニャの意識を透視していればよかったのだが、領地に戻った今となっては、公爵の様子を見ることすら容易でなかった。まだまだ千里眼を使いこなすには、鍛錬が必要のようだ。
「そして彼らにさらわれ、連れて行かれるときに、あの男たちが話していたのですが……」
「どんなことですか?」
「とにかく私を、山の上にある隠れ家に連れて行くと云う話でしたわ。その隠れ家には、他にも囚われた方がいるようですの。しかもそちらの御方は、どこかの国の非常に重要な人物なので、マフィアから殺さぬように預かっていると ── 。そういう話をしておりましたわ」
そんな大事な話を、敵である夫人に教えたのだろうかと、疑問に思ってデニムの意識を読んでみる。クロスと違って、たいへん心根の素直な人のようで、話している内容がありのまま、表面心理にも想起されてきた。この人は、きっと信頼できる人だと思える。
(─ 魔族のクロスと比較するのが、どうかと思うけどね)
経緯のほうはどうやら、夫人をさらったはいいものの、ホンマたちに追われ、振り切れないまま隠れ家まで戻ってよいのかと、揉めている話の中に出てきた内容のようだ。山頂湖近くまで行ったら仲間を呼んで、追っ手は一人残らず鏖殺してしまおうとか、デニムはまだ生かしておかなければならない。隠れ家に閉じ込めている、南の国の重要人物と同様、大事な人質だ ── とか言う会話を盗み聞いて、冷静に分析した成果ということが窺えた。
あの状態でパニックにもならず、豪胆な女性だと感心する。
(─ 待てよ、そこまで冷静に周囲の話を察知できたなら、クオレに記憶操作の指示をしてたとか、聞かれたんじゃないのか?)
だが、デニムの意識を読む限り、そんな疑心は欠片も持っていないようだ。たしかにあのときはミツたちも、後続のホンマたちに気遣って、ひそひそ話状態だったからだろう。
「それはたいへんですね。でもまだ、生かしておかなければならない、ということなら、とりあえず今すぐにどうこうするものではないと思います。ただ早急に助け出さないと今日の失敗が伝わり、今残った人間たちがその人を連れ出し、早々に逃げ出してしまうかも知れませんしね」
「なかなかそこでしか、預かれないように話していたのですけれど ── 。ではこの内容はなるべく伏せておき、明日にでも山狩りをして見つけましょう」
「ボクもその場所に、ちょっと心当たりがあるかも知れませんので、明日領主様がいらっしゃったら、山狩りへ向かわれる方々と相談してみたいと思います」
「そうですか。では比較的早く、発見できるかも知れませんわね。どうか、よろしくお願いしますわ」
横から聞いていた、ミツが尋ねてくる。
{主様、もう何かお心当たりがあるのですか?}
{そうじゃないよ。今晩にでもその心当たりを、作りに行こうと思ってるだけ}
{なるほど、そういう話だったのですね}
「ところで ── デニムさんはハーンナン公爵を、お父様と言われましたよね? じゃあクリム ── さんの、お姉さんということですか?」
「あら、あなたクリムを知っているの?」
まずい。デニムがクリムに似ていたから、うっかり世間話のつもりで振った話だが、クリムは何年もお城勤めだ。どこで知り合ったかと言われても、クリムが出入りするところに心当たりがない。ここはまた、即席の作り話だ。
「あーいえ。クリムさんはボクを知らないはずですが、以前王城に連れて行かれたときお見かけして、とてもかわいい人だなと思ったんです。人に聞いたら『公爵のお嬢様で、お前なんかの手の届く人じゃないよ』って言われました。たしか公爵様ってこの国に、お一人しかいらっしゃいませんでしたよね」
これならクリムが、自分を知らなくても問題ない。即席の作り話にしては、ラゴンがドヤ顔でないか、心配なほど完璧だ。
最近、ロノウエ探しのアンダーカバーとか、ミツとラゴンの兄妹の生い立ち物語創作、といった仕事にまみれていたせいだろうか。うそ話作りが得意技になってしまったようにさえ思える。
「まあ、どうでしょう? 父はあの娘にきっと家を継がせるつもりですからね。あなたのような強くて賢い正義感あふれる方なら、父は身分なんてどうかして、婿に欲しいと言うのではないでしょうか。私の嫁ぐときもそうだったですし」
「えっ? 婿って……」
「なんなら私のほうから、お口添えいたしてもよろしくてよ。父が気に入ってくれれば、クリムは私から説得 ── いえ、ご紹介しましょう。ちょうど年恰好もいいじゃないですか。ねえミツさん、お兄様が貴族になるのは嫌ですかしら?」
そう来るとは思わなかった。お上手にしても大胆な発言だ。急にふられたミツは、当惑して答える。
「えー、兄が雲の上のヒトになると ── 、それはちょっと困ります」
「まあ。そうすればあなたも、公爵の妹君と呼ばれますのに」
デニム夫人は、初めて声を上げて笑う。それは冗談だと黙殺することにし、これ以上口を滑らさないよう、ここの話はミツとハナコ、そして自律ラゴンに任せてラーゴは意識を王城に戻すのだった。
(─ クロスの頼まれごとも、さっさと片づけておかないとね)