第〇一一九話 人助けをして足止めをくう
共和国への旅に出たラゴンたちは、森の中で偶然とどろいた魔法銃の音を聞き、さらわれかけた女性を助ける。それはなんと、この地の領主夫人だった。
「奥様、奥様、大丈夫ですか」
後から追ってきた男たちが、起き上がれない若い女性に気遣って声をかける。どう見ても彼らのほうが深手なのだが、それは上下関係というか、護る者と守られる者の立場であろうから、こちらの口出しすべき話ではない。
「あぁ ── もう大丈夫です。ただ、恐ろしくて足が立ちません。それと、襲われたときかがされた薬がまだ……」
布を解かれて出てきた女性が、頭を抱えてフラフラして立ち上がった。
「奥様、まだお休みになっておられたほうが……」
「いいえ。おそらく私がさらわれたことを、メイドたちがすぐにも近くの屯所に知らせているでしょう。大事にならないうちに、早く戻ってあげなければ……」
領地内で、領主夫人が誘拐されかけたということは、領地における治世の不安に繋がるのだろう。一刻も早く夫人は、自分の無事を周りに知らせたがっている。しかし、お付きの三人の男はみんなかなりのけがを負っており、彼女を連れて戻れそうな様子ではなかった。
「よろしければボクたちが、お手伝いをいたしましょうか」
「ありがとう、でもきみたちみたいな、ひ弱そうな人間に云われてもなぁ」
たしかに夫人は、マーガレッタと同じか、まだ上背があるかと思える大柄な女性で、ラゴンが背負うにはやや大きすぎる気がする。ミツとラゴン二人では、肩を貸すこともままならなさそうだ。
「他にも、ボクの連れがいるんです。おーいハナコ、こっちへ出ておいで」
もちろんハナコはミツの髪の内にいたのだが、慌てて木陰へ飛んで行き、人間に変身してからそっと姿を現した。事情を察してか、いつもより立派な体格になっている。ちなみに、ハナコの特技が剛力であるのは言うまでもない。
「奥様、失礼しますね」
そう言うと夫人をひょいとお姫様抱っこし、スタスタと来た道を戻って行った。お付きの男たちも、けがは負っているが何とか歩けるようで、その後ろを遅ればせながらついて行く。
「 ── ご領主の奥様が領内でこんな目に遭うなんて、いったいどうしたことですか?」
「面目ない。いや、といっても何でさらわれたのか、今のところ我々には分からないのだ。推測だが、奥様の最近お調べになっておられた、闇の組織による仕業だと思っている」
「わかりました。そいつらだと解ったのは弾が飛び出す、あの魔法の武器を持ってたからなんですね」
そう言うとラゴンは、お付きの中でもリーダーっぽい、ホンマと名乗った男から睨まれる。
「よく知っているな、王都から来たんだったか」
「はい先日王都で殿下を狙った事件があったようで、噂ではそんな魔法の道具が使われたと聞いております」
「やけに詳しいな、お前たちはどこかの関係者なのか」
あまりに情報通であると、疑われる元になりやすい。いずれにしろタオはたしか、サイバー子爵という貴族とは、懇意だったと聞いている。この地で申請しろと薦められた免罪符も、王国内で知る人ぞ知る、特殊なものと云われたはずだ。ここはタオの関係者ということで問題ないだろう、と思ったラゴンはとりあえず、免罪符の申請書らしき書類を見せる。これもタオに、特別な推挙のサインを記しておくから、と預かってきたものだった。
「ボクたちはタオさんに頼まれて、トーンディ港まで行こうとしてるところなんです」
「そうかきみたちは、子爵の恩人である、タオの知り合いなのか」
さらにラゴンは、念のためにとタオが一筆書いてくれたモノの一つ、サイバー領関係者に向けた推薦状らしきものを彼らに見せる。封を開けていないが、千里眼で中身は確認した。中には ──
『この者たちはユニトータから、自分たちの命を救ってくれた正義感あふれる強者である。ゆえあって共和国で窮地に陥った友人を救い出すため、新サイバー領の港町から共和国に送り出す。何かあれば、ご助力をお願い申し上げたい』
── といったことが書かれていたはずである。それを読んで、先ほど夫人をさらった男たちがなぜ容易く倒されたか、何もかもわかったようだ。
「そうだったのか、我々は運がいいぞ。急いでいるところを申し訳ないが、ぜひ奥様を、近隣の宿場町までお連れするのを手伝ってほしい」
ラゴンの記憶によれば、今いる地点からもっとも近い宿場町はケーオギであり、徒歩で半日はかかる道のりである。おそらく歩けば、道中で夜になってしまうだろう。しかしけが人と攫われかけてフラフラの女性を、街道でもない人気のない場所に置いて行くのも忍びない。
そんなラゴンの心配をよそに、森を出た辺りまで屯所の衛士たちがやってきていた。彼らの話によると、後から街道見回りの兵隊たちが、荷鹿車を連れて駆けつけると云う。しばらく待つと、話の通り鹿車がやってきた。
ホンマは夫人をさらった男どもが、倒れている場所を兵隊たちに教える。幌の付いた荷鹿車であったが、ラゴンとミツ、ハナコ、そしてけがをしたおつきのものと夫人はそれに乗せられた。すぐには解放されそうにないが、逃げ出しては怪しまれかねない。しばらくは、つきあうことになるのかもと、ややあきらめ気味のラゴンである。
ラゴンたちが鹿車に乗ってしばらくたつと、ようやく落ち着いたデニムが、礼を口にするまで回復したようだ。
「本当にこのたびは、ありがとうございました。私は王国の八貴族の一人、サイバー子爵の正室で、デニムと申します。父はこの国を代表する貴族である公爵、ハーンナン卿ですわ」
やはり似ていると思ったら、クリムの長姉ということらしい。ラーゴは三日前から、父親にも連日会ったばかりである。なるほど、年齢は聞くと失礼にあたるのだろうが、見た目でも十分後妻より年上の娘のいる身というわけだ。
「ラゴンと言います。ちょっとした事情から、国もとは明かせないんですが、ボクと妹は庄屋の庶出の子で、父に許しを得て王都に出てきたんですが ── 。困っていたところを助けていただいた縁がありまして、王都のタオさんという人の組織で働かせてもらっていました」
「妹のミツです。国を離れたのは、わたしの縁談が原因なんです」
それを聞いた夫人やお付きのホンマたちが、じろじろとミツの顔を見直して納得した顔になる。ホンマは大きく頷いた。
「ハナコと申します。その庄屋で雇われ、今は主様 ── 、ぼっちゃんの従者としてついて来ました」
「そうなのですね。私を助けていただいたことについては、主人から相応のお礼をしてもらいますので、ぜひわが領府ヨランへお越しくださいませんでしょうか。話を聞けば父からも、きっと褒美が遣わされると思いますわ」
「そんな、たまたま居合わせただけですから……」
「いえ、主人にとれば妻がさらわれなかったということ以上に、この領地での悪行を膺懲できたことが意義深いのですのよ。ラゴンさんたちの為された正義は、為政者である主人がなすべき務め。それを賛ずるのは、主人の行なうべき責務なのです」
さすがに公爵家の長女である。キャピキャピ末っ娘のクリムと違って、言われることがいちいち筋金入りだ。
「いやそれはわかりましたが、ボクたちはタオさんに頼まれた仕事の途中。あまりゆっくりしていられないので、デニムさんをお送りしたらすぐに、発たせていただきたいと思っております」
「それはいけません。今から宿場に着いたら、もう夜です。今日はそこで一晩泊まっていただき、せめて主人が駆けつけるまでお待ちください。すでに伝令が走っておりますので、明日の朝には必ずお礼を申し上げにやってくるでしょう。お急ぎの身とは思いますが、ぜひ。でなければ、私が怒られてしまいます」
「わかりました。ことがことだけに、事情もご説明しないと不審がられそうですね。じゃあどうせどこかで一泊するつもりでしたから、明日の朝までお待ちいたします」
共和国の状況は気になるが、万が一あちらが逼迫した状況だったとしよう。それを、さきほど王都から出たばかりのラゴンたちが、今晩中に解決してしまったとあっては、人間業でないとバレバレだ。
(─ 今夜一日は、時間稼ぎのつもりでお付き合いすることにしよう)




