第〇一一八話 アネクドート クロス◆口は災いの元
クロスの特殊能力は聖的耐性と思われているが、実は自らを聖的忌避から、そして己れの魔族性を他者に対してごまかし、詐称する能力である。もちろん魔核に結界を張ってこそいるが、己れに魔族の自覚を持ちながら、こんな聖泉の忌避だらけの空間に身を置くなど、クラサビのような超鈍感星人でもなければありえない。だから口から出まかせ、他人の丸め混みは能力に裏打ちされた得意中の得意分野なのだ。
「たしかにそう言われてみれば、そんな気がしてきた。ならば、王国勇者殿はやはり……」
「だからと言って、必ずしも主様が建国時に伝説となった方である、と申し上げたつもりはありません。わが主様はもっともその場に相応しいものと思われ、あの鎧を自らご用意なさったと聞いております」
「しかしかの鎧を、もしもすでに見ていらっしゃったというなら、それは王国展示室に入ったことのある、この国でも限られた御方と云う話になってしまおうな」
言質を取られるところだった。理由はわからないが、カゲイの目的は王国勇者になりうる人材の限定だ。すでにクロスは、親衛隊としてラーゴの命を受けてから、しゃべりすぎで不要な情報漏洩をやってしまっている。
(口は災いの元だわ。主様の評判を上げようと、聖霊にも自分たちが最初に貰った血液について、『僕べのために血を流すこともいとわない』などと宣伝したら、しっかり真王陛下にも聞こえてしまうし ───)
ラーゴを魔族だとは知らない聖霊と国王であればこそセーフだったが、魔王の跡継ぎ ── つまり高位の魔族であるから従属したい、と考える者の耳に届いたらアウトな話だ。
うっかりクラサビは、なんとかラゴンの血液の出所を隠したつもりだろうが、頭脳明晰のクロスにかかれば、その元などすぐ見当はついていた。
王国で巨大な魔力入り血液の持ち主などと言ったら、王族と魔法使いくらいであろう。だがあれほどの単位魔力を体内脈に備えており、聖泉の忌避の臭いも感じない血液を有するなどといえば、血の流れる魔王の存在を疑うしかない。ラーゴには確認していないが、坑道に送り込まれたとき耳穴に入ったら、もらった血液と同じ臭いがしたのだ。
これは、主様を低級魔族と気づかれたくないため、クラサビが魔力変換のトロさを生かして、長い針を使ってあの人形の身体に移し替えてきたのだろう、とピンときた。きっとクラサビも、クロスがとある蔵書庫から見つけた、『醜い魔族の仔』というお話を、聞いて知っていたにちがいない。
それが親衛隊全員、魔族最高の誓いを捧げることになってしまう。もうたとえ主様が、蛙女に産ませたオタマジャクシであっても、いまさらあれは撤回できはしない。だからあそこで公表しても良かったのではないか、とクロスは思っていた。
(まあそこまでの機転を、クラサビに求めるのはかわいそうか。いやいやそんな話より、これ以上おしゃべりが過ぎての失敗を重ねたら、言い訳メーカーの名が泣くわ!)
こんなことで『うっかりクロス』などというあだ名がついては目も当てられない。
「いえわたくし、何も見たとは申し上げておりません。あそこで戦うのにもっともふさわしい、武具と判断されたのだと思っていました。あるいはお手持ちの中で、きわめてお気に召したものなのかも知れませんが」
クロスは思う。多分、大人向けのものではサイズが合わなかったというのが、あれを選んだ理由ではないのだろうか。しかし、それは言ってはいけない気がした。
「たしかに、真実はそうなのかも知れぬが。たまたま本当に、瓜二つの鎧と剣もお持ちだったとしましょう。しかしその戦い方にも、大きな疑問が残っておるのでござる」
「そうなのですか?」
「実は伝説によると……」
── 王女マリンバ二世を狙う、魔族とその使い魔五匹が、王女の命を奪わんと現れたシーン。
── 矢のように放たれる毒牙によって護衛のものが次々と倒され、残存兵力が近衛隊長と剣士の二人だった状況。
── 王女マリンバ二世があわやというとき、敵に抗して剣を振りかざすと勇者が天から現れ、割って入った絶妙のタイミング。
── 魔族の胸に大穴を開けた稲妻剣・ライティンブレードと、獲物を変更することなく、使い魔たちを切り倒した剃刀剣・シャープソード。
── 最後に残った使い魔の一匹が雨のように浴びせた毒牙を、神の鎧で跳ね返した結末。
それらすべてが今回の事件の顛末と酷似している上に、展示室とまったく同様の鎧と剣を使った勇者登場には、偶然の一致と思えないものを感じるというわけだ。ここを追求したいのは、カゲイ自身の興味本位っぽい。
それを聞かされても、クロスは単なる偶然が重なったとしか思えなかったが、 ── 深淵なるお考えをお持ちだったとでも言うのだろうか?
「そうかも知れませんが、そもそも相手は魔族ではありませんし、殿下襲撃は敵勢の計画したことでしょう。主様のお考えのうちではないですし、もちろんわたくしにも分かりかねます」
「そりゃそうでありましょうな ── 。いや、邪魔をした」
実際生き残ったのも影鍬二人と軍の司令官を含む三人。最後の刺客を仕留めたのもマーガレッタ隊長であるとか、完全に一致するところはわずかなのだ。なのに殿下からあまりに酷似点ばかり吹聴されたため、しっかり惑わされてしまったなどと、ブツブツ言いながら去って行く。
本当は、まもなく殿下が旅立たれるということで、王城に残るクロスと雑談し、親交を深めたいだけなのかも知れなかった。




