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第〇一一七話 アネクドート クロス◆影鍬の疑問

 真王からの親任を賜り、そのお声がかりで大司祭の許しを得たクロスは、今日から中庭の聖堂で毎日勤めることに決まった。正式に陛下の傍に侍るのは、城内の重鎮による評議を経た後になるようだ。


(殿下の出立はまだ先だけど、ミツたちは行ってしまったようね)


 クロスは基本的に一人なので、取り残されないように、仲間の状況の確認は怠らない。仲間たちもそれは解っており、細かく情報を送ってくれる。最後はハッチから、西のツール大橋で悪者狩り、八匹ゲットと連絡をもらっていた。


 これでしばらくは、何も目立った仕事がないだろうと一息つくクロス。しかしそんなふうに気を抜いたのもつかの間、影鍬(かげくわ)リーダーのカゲイがやってきた。まずカゲイが口にしたのは、クロスも言われて思い出したようなことへの礼である。

 それは真王陛下とクロスの前で、カゲイが初めて姿を見せた際の話だ。あのとき、クロスはいつまでたっても止まらないカゲイの攻撃に閉口していた。しかも、真王からの指摘もあったため、飛んできたつぶてを二つ、カゲイが潜むおよその場所に、これを終わらせんと打ち返したのである。

 まさか跳ね返されると思っていなかったカゲイは、戻ってきたつぶての一つが見事命中し、姿を現したわけだ。そのときクロスから、あえてそこは指摘しなかった配慮に対する謝辞を表したかったらしい。影鍬(かげくわ)のプライドというのは、なかなか高いのだと認識した。


 会見の名目は陛下護衛の影鍬(かげくわ)の紹介という触れ込みだったが、実態はそれでは済まないようだ。

 クロスの実力を認めたカゲイからは、今後陛下を護衛する際の注意事項などについて、まず説明が行なわれる。たとえば聖堂内において、護衛はいかなる場合も王陛下の前を歩まないという王国伝統があるなど、おおまかなルールが伝えられた。


(それでは、国王陛下を護り切れないじゃない)


 別に国王が死んだら死んだで、後継者はラーゴにべったりの王女様が決まっているのだ。さっさと戴冠させて国王に据え、その後ラーゴの力で隷属させるなり、操るなりすればいいのだろう。とは思うが、先々も脈のメンテを担当させる国王に、魔の強制力を及ぼすわけには行かないのかも知れない。


(そういう意図で、隷属や魅了を使われていない節があるわね)


 そこで自分たち魔族(ディアボロス)が、王国の社会になくてはならないものとして、たとえ国王でも排除できない抜けない楔になることが必要なのだ。その一つとして、クロスは国王に不可欠の盾であり壁でなければならない。

 これはいつか、直談判で ── 教会(エクレジア)だろうが、たとえサラマンドラ神であっても笠に着て ── 、自分だけは前に立たせてもらう許しを得ようと、記憶域にメモするクロス。


 続いて影鍬(かげくわ)の紹介は非番の者から始まり、全員こぞって現場を長く離れるわけにはいかないため、入れ替わりやってきては戻っていく。それでも挨拶だけと言うことですぐに終わると思われたが、彼女らを返した後もカゲイは帰らない。どうやら気にかかっていた疑問を、クロスに尋ねたいようだった。


「クロスどのにお伺いしたい」

「何でしょうか」

「拙者の手の者によると王国勇者殿は、王国の伝説と伝わる展示室に飾られたそれと同じ、鎧と剣を身につけられて登場されたと聞いておりまする。これは、どうした仕儀なのでござろうか」


 いまいち要領を得ない疑義とはいえ、クロスはそれについて、何も情報をもたない。しかし自分は、王国勇者の使者を名乗る立場だ。主人が身につけて出てきた武具(アルミス)の由来を、知らないというわけにもいかないのだろう。ここはとぼけて、言い逃れるのが得策と考えた。


「王国の勇者様、だからではございませんでしょうか」

「しかしあの展示室に飾られたものといっても、そもそも真実伝説の鎧や剣ではありませぬ。知ってござろうが、王都内の聖堂にかけられた『伝説の勇者』と、名付けられた絵画がござる。これに描かれた勇者(ブレイバリーズ)の姿を見て、後の芸術家がそれらしく造形したのが、展示室に飾られている鎧や剣でありますれば。実際にあのような武具(アルミス)を使って戦ったという記録ではない、ただの想像の産物から作られたものなのでありまする」

「なるほど。そういういわくのある、名作だったのですね」


 クロスにもなんとなく、全体像が見え始める。つまり実際確たる物証のないところから、再現されたものを使っておいて、王国勇者と言うのはおかしいだろうということだ。さらにカゲイが口上を垂れた。

「拙者の手の者から王国勇者殿の武具(アルミス)は、それと寸分違わぬ鎧と剣だったと報告されておりまする。わが手の者は内偵や観察・報告が主たる任務でござれば。やつらが寸分違わずというなら、真に同じものだったとしか思えませぬ。そのせいで支配人ゴールが疑われたのでござれど、そもそもあれは武器として役に立たぬため、それとてもありえぬのでござった」


 面倒な状況ながら、言い訳メーカーの異名をとるクロスの脳内コンピューターは、この瞬時の間に言い逃れる術を模索し終える。

「では、そうだったのでしょう」

「そうだとは?」

「つまり、王国建国時に伝説の勇者が身につけておられた鎧や剣は、本当にその展示室に飾られている剣や鎧と、まったく同じものだったのかも知れないということです」


 しばらく考え込むカゲイ。


「そんな不思議があるのだろうか?」

「ときに名工と言われる人は神がかり的な力を身につけ、見てもいない本物を伝説の話の中から見出して作ったり、あるいは描いたりしてしまう。そのような奇跡が起こると、耳にされたことはありませんか」


 自信を持っていうと、本当にそんな逸話が伝えられているようにも思えてくるが、すべて今考え付いた、口から出まかせだ。



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