第〇一一六話 飛行してきた正義の味方
現在、正面にはミ・ヨケン山脈のもっとも高い部分がそびえ、少しずつ近づいて来る。ラーゴの相続者記憶では真正面ではないが、空からこのように飛翔して、下界を見た記憶のあることに気付いた。想起するのは空飛ぶ乗り物 ── ヒコウキに乗って見えた風景だ。
そのときラーゴは、相続者記憶と空からの景観に違和感を覚える。何かと言えば、遠景だった。この世界の地面は平たく、地平線や水平線がない。高く舞い上がれば、地図通りの地面が三百六十度に展開し、遙か彼方まで地上が広がっているのがわかる。これならGPSや羅針盤がなくとも、飛んで行き先を見失う心配は皆無だ。
一方近景はラーゴの相続者記憶と大差無い。すでにミ・ヨケン山地の麓の森が、眼下に広がっていた。
「もう人影もないから、高度を落とそうか?」
そのほうが、速度をより感じられるからだ。時速百キロメートル近くは出ているのだろう。だいたい結界は情報隠蔽タイプを使うのだから、見えないような上空まで上がることはなかったのだ。街道から、随分内側に入ったところに広がる森林の先には、高い山がそびえたつ。ラーゴは千里眼で俯瞰するのとは違う、この遊覧飛行を満喫したい。
そんな遊園地のアトラクションのような、初めての高速飛行を感覚だけでも楽しんでいたとき、ミツがスピードを緩めた。突然ラゴンに声をかける。
「主様。左前方にとても悪いオーラを、出している人間が複数、認められます」
云われたとおり、たしかに森の中の間道に悪意を持ち、大きな荷物を抱えた男五人程が、走って行くのを発見した。左側前方に、数百メートルも離れていない。その後ろには、ラゴンからいうと左手後方を追いかけてくる、悪いオーラを感じ取れない数人の男たち。だがけがもしているようで、どんどん離されて行く。
「ミツ、ちょっと止まって」
するとその追われている一人が、追ってくる男たちに向かって立ち止まったかと思うと、『パン』と聞いたことのある音が響いた。
「主様あの音は ── !」
「そうだね。とにかく地上に降りよう」
二つの集団の、おそらく進行方向に当たる森の間道脇に着陸する。案の定五人の男が、大きな荷物を抱えたまま走ってきた。
「なんだ、おめえらは」
「あなたたちこそ、その荷物は何なんですか」
「うるせえ! お前にそんなこと、説明する義理もねえや。やっちまえ!」
三人ほどが魔法銃を持っており、ラゴンに対して放ってくる。もう面倒と思い、結界だけでそれを跳ね返した。
「おっ、おめえら、森のバケモンか!」
まずい。あまりに不自然な光景を、しっかり目撃されている。後で記憶消去決定だ。ということになると、その作業の時間も考えて、後続の男たちが来るまでに急いで片付けなければならなくなった。
「いいえ。でもきっと、あなたたちの敵ですよね。悪いことをしているあなたたちの……」
「なにおう。正義の味方気取りやがって、やっちま……」
魔法銃が効かないと知った男たちは、それぞれ短剣や山刀など接近戦用の獲物を抜いて襲い掛かって来ようとする。だが一呼吸早く、ミツは取り出した手持ちの芝球を三つ、次々と前に来た男たちに投げつけていた。
見た目は空中にポンと言った感じの、お手玉の投げ方にしか見えない。だがそれは急に推進力でも得たかのように、男たちの顔面向かって飛ぶ。三人の額に当たったボールは男たちを倒して跳ね上がり、空中に舞い上がった。
そのうち二つは意志を持った生き物のように、そこからまた方向を変える。そして後ろで一つの荷物を二人で抱えている、男たちの土手っ腹に直撃。思わず二人が放りだした荷物は、ミツのサイキックによるテレキネシスが空中に留め、衝撃を与えないよう地面に下ろす。
さすがに今のは、タオたちの目があるところで使えない技だが、こういうときのために練習して温存していたに違いない。最後の二人は気絶する直前、目の表情から麻薬強化人間と見えた。こいつらだけは念のために結界によって一部の骨をくくりつけ、自由には身動きがとれないようにしておく。
「見事だ、ミツ」
敵は最期の言葉に『正義の味方』と言い遺したが、こちらは魔族御一行様だ。決して人間にとって正義の味方というわけではないと、内心ラーゴは笑ってしまった。
ユニトータやマフィアがやってきたことは王国の治安を乱したり、国民に害をなしたりと、確かに正義と相反する行動かもしれない。とはいえ自分たちは、それが最終的にラーゴのペット生活を脅かすものだから、潰していっているだけである。たまたまそいつらのフラグが『悪意』だったから、そういう ── 悪事を行なう者と戦う ── 立場にいるに過ぎないのだ。
ところで、ミツの髪の後ろから、やや不満そうな小さな声が聞こえてきた。
「なんだ、また出番無しね」
「ごめんね、後ろからも人が来てたから。でも急いでクオレ、さっきやられた記憶を、この男たちから消しておいて」
ミツまでもが、小さな声で返している。その理由は、クオレが作業を終わらせる前にわかった。後ろから追ってきた男たちの声が、そろそろ近づいていたからだ。
「奥様、どちらにいらっしゃいますか?」
「さっきの音は何だ!」
「また銃声が鳴りました! 奥様、大丈夫ですか!」
そんな声を発する男たちは、魔法銃に撃たれたけがを、おして追ってきたに違いない。クオレがそそくさと作業を終わらせ、カマールに戻ったのを見て、ミツは声をあげる。
「こっちですよー」
「奥様 ── ?」
よく見れば、悪漢たちが抱えてきた大きな荷物というのは、布でグルグル巻きにされた女性のようだ。すでに悪漢たちが地面に放り出した荷物からは、少し白い足元が見えている。
「だれだ、そこにいるのは」
「皆さんが追って来られた、悪いやつらがここで伸びています。ボクたちはたまたまこのあたりで木の実を取ってた者で。突然現れたこいつたちに襲われて、思わず抵抗したらあっさり倒れてしまったんです」
ようやく顔の見えた三人が、けがをかばいながら慌てて近づいてきた。危険がなくなったと知ってやや落ち着いたようだが、荷物のごとく運ばれていた人のところへ駆けつけて、巻かれた布をほどきはじめる。
「なんだ、この森近くの村の者か。我々は、当地の領主で八貴族筆頭、サイバー子爵にお仕えする家臣であり、小官が本日護衛の責任者の任をたまわったホンマと云う。サイバー夫人デニムさまが街道で襲われてさらわれたのを、ここまで追ってきたのだ」
「サイバー子爵 ── の夫人?」
まずは保護対象の無事が確認できたようで、介抱は他の二人に任せ、リーダーらしき男ホンマが説明を始めた。なんと助けたのは、この地の領主夫人らしい。
「しかし、でかしたぞ。子爵様にお伝えすれば、お前たちがびっくりするような立派なご褒美がいただけるだろう。して、どこの村のものだ」
そう言いながらも万が一のことを考えてか、けがの体をおして、倒れた悪漢たちを近くの木に縛りつけようとがんばっている。見かねてラゴンたちも、彼らを手助けした。
「いえ、ボクたちは近くの村のものではありません。旅をしている途中食べものがなくなり、木の実を取ろうとここまで入ってきたのです。でもなかなか冬のことで、食べられるものが見当たらず……」
「そりゃそうだ、こんな時期に木が実をつけるわけがない。お前たち都市のもんだな、そんなことも知らぬとは」
「そうなんですね、ハハハ」
少し軽率な言い方だが、自分たちの護衛対象を助けてくれた相手に対し、決してバカにした言い方ではない。かわいいやつだ、という感じだった。




