第〇一一四話 養蜂場で飼われる悪党
日中なのに、ほとんど通行人を見かけなくなってしまっている街道。
そんなふうにラゴンたちが、別れを惜しんでいた背中のほうから、大勢の男たちの近づいてくるけはいがした。しかも突然その中から、野太い奇声が発せられる。
「おい! あれは、タオじゃないか!」
瞬間、どちらにも緊張が走った。
「あれは、ユニトータのやつらだ」
どうもカミヤには、見覚えのある連中らしい。全部で人相の悪い男ばかり八人いる。ここで出会うということは、西の領地で勢力を拡大するため出かけていたやつらだ。大王都外の領地で、ろくでもない悪事を働くごろつきの一部だろう。おそらく急遽招集命令がかかり、慌てて帰ってきたに違いなかった。
ここでいきなりのバトルになったが、相手には麻薬強化人間もいない、ただの人間ばかりである。しかもまったくの偶然による遭遇戦で、お互い何の用意もしていない。結果ラゴンとミツにかかれば、ちょちょいのちょいで終わってしまった。
幸い街道には他に行きかう人がなく、手に余るほどの相手ではなかったので、もちろん命に関わらない程度に無力化する。
思えば要所に関所もある街道において、彼らはあまりに胡散臭い団体だ。閑散としていたのは、まもなく昼飯時でもあったため、後続の通行人が距離をとった結果かも知れなかった。
総勢八人、倒れた男たちをどうするか悩むが、ここは国王領ではないので、王都へ連れ帰って突き出すわけにもいかない。
新サイバー領の役人に、この男たちの素性を説明するのもかなり面倒だと思われる。いっそのこと、このあたりに捨てておけばいいかと考えた。だがまたここで八つ当たりよろしく、街道で通行人に迷惑をかけられてもいけない。しかたなく鹿車に載せ、養蜂場のある高原球技場のほうに向かう。鹿車が通るのには適した道ではないが、なんとか森林の間道を抜けて行けた。
十分も森を行くと、少し開けたところに養蜂場が見えてくる。タオも養蜂場を見るのは初めてということで、鹿車を止め、世話をさせている二人の女の子に紹介した。ムサシ、コジローと名付けたばかりの、見た目は比較的標準に近いウイプリーだ。クラサビの三倍以上の魔力保持限界を持ち、レベルはまあそこそこだが人間嫌いで好戦的であったため、親衛隊から外れた娘たちである。
「お主らも、時間があればゴルフ場でキャディをしないか?」
「いえ、ここの仕事が忙しいので」
きわめて愛想が悪い。しかしこの仕事は、気に入っているようだった。クラサビによると、自分たちだけに特別に与えられた任務というのが良かったらしい。
「すいません、彼女たちは人嫌いでして、ここで人とかかわらず養蜂がしたいというので」
わざと、他人には聞かせにくい女性特有の事情があるように匂わせる。
「そうかー」
「あっ、そうだ。さっき街道で襲ってきたやつらがいるんだが、こいつらを、ここで預かってくれないかな?」
「けっこうですよ。もし目覚めて元気があったら、ここで働かせてもいいですよね?」
それを聞いて、カミヤが慌てた。
「こいつら、とんでもねえ悪いやつなんだ。あんたに暴力を揮うかも知れない……」
「大丈夫ですよ、彼女もボクたちくらい十分強いですから、しかも隠れていますが、彼女たちを守る味方もいるんです」
そう言いながら、感応通信で『それらしいことをしてみて』と伝えると、二人はそれぞれ手近な木からけっこう太い枝を折る。次いで小枝を払うと、剣のたしなみがあるかのごとく振り回して見せた。タオたちはその剣術紛いよりも、こともなげに折った生木の太さに納得したようだ。
ちなみに『守る味方』は口からでまかせだったが、ある意味真実でもある。おそらくここに彼女たちがいなくなれば、養蜂箱に隠れているメンバーが顔を出し、こいつらの血を吸って隷属させることになるだろう。ウイプリーにとってすでに使役下にある蜂や他の昆虫たちと、今捕らえてきた役に立たない人間たちとはなにほどの違いもない。いや、自分たちが支配しようとしているヒト社会に仇なす者など、認識は害虫以下である。
しかもヴァンパイア化させれば魔族らしい力を発揮し、草原エリアにいるモンスターを狩ってきてくれるはずだ。ウイプリーたちはその血を吸ったり、肉を餌として食べたりできる。可能であれば人間らしく、罠などの利用によってモンスターを捕獲。血抜きもして美味しく料理したものを王都民に供給できたら、くだんの食糧難も少しは解消されるのではないだろうか。
狩りがうまくいくなら、温血獣資源を販売する事業展開も、タオに提案してみようと思う。肉だけでなく、毛皮や牙、爪も売れるかも知れない。人に見られても、魔族がやっているとは判らないよう偽装できるといいのだが。
たしか魔族たちは、そういったモンスターを簡単に狩ってきて、その血を吸い、肉を食べるとも聞いた。クラサビやミツたちは、そんな料理も覚えてきたようだ。もしかしたら人間ではあるが、ユスカリオは料理人としてそういう手伝いをしていた可能性もある。
王城に持ち込めば、彼らの腕で食べつけない哺乳類の肉も絶品の料理、しかも危ぶまれるたんぱく源に代わるのではないかと考えた。あるいはクラサビやミツたちのような、調理場を手伝っていたウイプリーなら、料理法を心得た者もいるかも知れない。
ラーゴの相続者記憶によれば、哺乳類の肉というものはとても美味しかった。牛などは単に焼いて塩コショウだけでも、十分ご馳走だったはずである。
(─ バーベキューだっけなぁ。あっ、ニンニクはウイプリーたちがダメかな?)
タオたちは養蜂担当の二人を連れ、一度高原球技場まで赴いて、従業員たちに面通しをさせると言う。ここでラゴンとミツはタオたちに別れを告げ、そこから街道へ進む道を戻って行った。
「ムサシ、コジローに連絡しておいてよ。他のウイプリーの力を借りてでも、街道をあいつらの仲間が通ったら、残らず捕まえて仕事をさせてやってくれって」
「わかりました」
ミツが連絡を終わると、ヴァンパイア化して僕べに化し、交代に街道の見張りに立たせると返答がある。なるほど、なんとかは使いようだ。これで王都の治安も、しばらくは問題なくなるだろう。後はどこかに潜り込んだ幹部二人の情報も、喫茶店のアンテナに引っかかってくれればいいのだが。
そう思いながら、急に人通りの増えた感のある街道に戻り、ミツと二人、一路トーンディ港へ目指して足を速めるラゴンであった。