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第〇一一三話 代理人形王都を離れる

 タオはラゴンに、小さい革袋を差し出して言う。


「旅には金がいる。どうか、これを持って行って欲しい」


 袋には、公金貨がいっぱい詰まっている。公金貨は通常の金貨十枚分からの値打ちがある上、携帯するだけで身分保障にもなり、国外でも利用可能な兌換貨幣らしい。開けなくても額は千里眼(プレビジオニス)で感知できた。だがデータベースに照らすとこれだけの枚数で、平民一人贅沢しなければ、一生食べて行けるだけのお金だと分かる。


「そんなには要らないですよ。半分は、自分の都合で行くんですし」

「いや、漁船が国境を越えるということは、 ── 実のところ建前にすぎんとはいえ ── 国禁を破らなければならん。そんな簡単には引き受けてくれんのじゃ。しかも海のモンスターを振り切る力も、撃退する装備もない漁船には命がけの仕事だ。はした金で受けてくれるやつはだれもいないじゃろう」


 命を懸けるのだから、それ相応の金でないと動いてもらえないのはわかった。残した家族に置いていく ── 生命保険金といったところだろうか。だがここまで詳しく聞いてタオには申し訳ないが、ラゴンたちは船に乗るつもりなど毛頭ない。

 港から共和国にある目的地の方向さえ判ればよいのだ。後はミツたちウイプリーの基本能力である『飛行』を使って真っ直ぐ飛んで行っても、だれにも気づかれないと踏んでいる。いや、そんな回り道をしなくても、草原エリア(ゲバラゾーネ)を越えて一直線のほうが、岸から見咎められる心配も要らない。

 まあ、とにかく飛び立つところさえ見つからなければ、海上ならモンスター以外には、視認される心配もないのだから。



 善は急げとばかり、相談が終わってすぐ二人は出発することにした。タオがせめてサイバー街道の起点まで、鹿車(かしゃ)に乗せて送ってくれると云う。街道の起点になる、大王都と新サイバー領を隔てた谷には、関所はないが大きく立派な橋がかかっているようだ。そこは地図で見る限り、高原球技(プラトーシャール)場から、それほど距離も無いように思えた。


 タオが鹿車(かしゃ)をとりに戻っている間、ラーゴのほうは朝ごはんの片づけも終わった飼育小屋から、レオルド卿の邸宅に飛んだ。もちろん両足蛇(ディポディーズ)のお母さんに、これから出掛けることを告げるためである。

 持ち込むのは、あらかじめクレイに粘土細工で用意させておいた、両足蛇(ディポディーズ)の赤ちゃん入りの偽装卵。これと赤い両足蛇クリムゾンディポディーズの赤ん坊が入っている卵を、取り替えさせてもらっておいた。いつまでたっても孵化しなければ、獣医の手などによって卵は破られよう。中から出てくるのは息をしていない、赤ちゃん両足蛇(ディポディーズ)の粘土細工だ。

 今はまだ卵の状態だからと、物扱いで申し訳ないが、とりあえず聖霊の金庫にしまっておく。海を渡って共和国に着けば、ラゴンが卵を取り出し、赤い両足蛇クリムゾンディポディーズでもかわいがってくれる、飼い主を見つけてお譲りしたい。

 これで、旅の準備は万端だ。


 ラゴンは、二階で話を聞いていただろう動物操作のハイジ(六)、隷属のハッチ(十)、高速移動のハヤミ(八)、粘土細工のクレイ(五)、時間遅延のヤヤ(十一)、剛力のハナコ(二十一)、記憶操作のクオレ(十六)に出発を告げた。もちろんカマール姿のままであり、ミツの後ろ髪に隠れてもらう。 忘れないようコウモリも、籠に入れて一緒につれて行かなければならない。

 ミツが胸元を大きく開いて、他のメンバーにたっぷり魔力を与えていた。もうこの授乳風景は見慣れてしまったし、ミツのほうも気にかけてないようだが、布で覆ってしてもいいのではないかと思う。授乳が終わったころ、ちょうど事務所前に止まる鹿車(かしゃ)はタオのものだ。


 鹿車(かしゃ)で王都の城壁から出た後、ほぼ一時間かけて国王領を離れると新サイバー領に入る。さらにしばらく走ると大河を超えるツール大橋に着いた。すでに関所は過ぎてしまったので、街道の要所とはいえ、このあたりに兵士は配置されていない。

 ここまでの街道にも、たまに大きな鹿車(かしゃ)で荷物を運ぶ商売人などとすれ違う程度。ひっきりなしに人が通るというわけではないようである。そんな疑問を口にすると、タオも首をひねるが ──。

『ちょうど昼飯時間に近い。王都までまだ距離があるため腹ごしらえがてら、この辺りまでに一休みする旅人が多いせいだろう』

 そんなふうに推察しているようだ。


 周りを見わたすと、ここはやはり高原球技(プラトーシャール)場の北にそびえる、テンポ山脈の麓から伸びてきた原生林の端にあたるらしい。少し足を踏み入れれば、エリートたちが養蜂を開始した場所が、すぐそこに見えそうだ。ついにここで、タオとはお別れとなる。タオの姿が王都のほうに消えたら、少しエリートたちの様子を見に行ってみたい、とラーゴは思った。


 鹿車(かしゃ)を降りたタオが、ラゴンとミツとの別れを惜しみ、すでに昼前ということでタオは用意していたらしい弁当を二つ手渡して言う。あの時間で、画期的な手回しの良さだ。


「本当に、気をつけて行くんじゃぞ。危なくなったら、いつでも戻ってきてくれ。くれぐれも無理はするな」

「大丈夫ですよ。新年までには必ず無事、お友だちを連れて帰ってきますから」


 そろそろ十二月も三週目に入るはず。そう思って言った言葉だが、タオの心の中で『ほぼ四週間かかる ── たしかにそれくらいだろう』と浮かんでいた。あわててクラサビに尋ねると、一ヶ月は四十日もあるという。なるほど、一年が十二ヶ月なのは変わらない代わりに、一ヶ月の日数がラーゴの考えるより三分の一長い。だがそれでちょうど、タオが納得する期間に合致したようだ。


「ラゴンたちが言うと、本当にそんなことができそうな気がするから不思議じゃ」



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