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第〇一一二話 裏の顔役が準備した餞別


 翌朝 ── タオやミリンが襲われて二日目の朝、共和国へ渡る準備が整ったラゴンから、タオに会いたいとカミヤに連絡をとった。

 昨日、居残り組の身の振り方と、緩衝地帯(ボーダーズ)にいる六千のウイプリー延命計画を整えたので、いつでも旅立てるからだ。

 昨夜のうちにイスとテーブルを準備し、今日から喫茶店を開業しようという、元事務所の一階にタオがやってくる。ラゴンとミツが出迎えると、王都から海境を渡って共和国に至る陸路と海路全体が一望できる、詳しい地図を用意してもらえたらしい。


挿絵(By みてみん)


 それによると、ここから共和国に面した海まで最短距離で出ようとすれば、王都の真北に広がる草原地帯(ゲバラゾーネ)がその往来を阻んでいた。正式な共和国への渡航は、王家管轄の飛び領地にあるボコボの港街から、出国するルートが普通という。その他の海岸都市の前には、海のモンスターのいる大海が広がっており危険だからだ。

 ボコボから共和国のモーイツまでのルートだけが、点在する島に守られ、海のモンスターの近寄らない水域となっていた。いわば唯一の安全航路らしい。たとえボコボの港から出航しなくとも、対岸の共和国に渡るにはその島伝いの航路をとるのが定法である。

 王都からボコボの港へは、北の草原地帯(ゲバラゾーネ)の手前にある山脈を迂回し、東回りで山の麓を進むのがもっとも確実な近道と考えられた。ヤーマト大河の水系を行く、まっすぐに広い一本道。それはまさに王都に攻め込んだ魔族(ディアボロス)が通り、魔王を殲滅したゴードフロイの軍が、帰ってきた道でもある最短ルートとなる。

 すでにラゴンは、記憶鉱物(ライブラリーメタル)を装備して、ラーゴが口に出さず思考するだけでも、流暢にしゃべれるように進化した。だがタオの前では恥ずかしいので、首から提げた装飾系十字架は、服の下に隠している。


「タオさん。こっちからでも行けますよね」

 ラゴンは地図を見て、ボコボの港への東ルートを使わず、草原エリア(ゲバラゾーネ)を避けた西回りで海まで出たいと提案した。実のところは、舟に乗ることなどなく、真っ直ぐ飛んで行こうと考えている。実際は人目に立たず行けそうなら、草原エリア(ゲバラゾーネ)を避ける必要も無い。島や定期船の通るルートでは、地上から目立つからだ。

「あえて、ユニトータとの遭遇戦になる可能性を避けたいというわけだな。色々問題はあるが、この現状では賢い選択だ」

 タオも一応の理解を示した。

 地図を見る限り、王国側の漁村トーンディ港から、共和国の港町モーイツまで三百キロメートル程度だろう。

 本当ならボコボの港に立ち寄り、ユニトータを先に殲滅してもいい。だが、やつらももちろんコウモリのような、連絡手段は持っているはずだ。前もって共和国の港町にはびこる敵たちに警戒させることになるに違いない。

 あるいはすでに拉致されているかも知れない、タオの友人たちの命を脅かしたりしてはたいへんである。共和国の港町に、平穏な状態を取り戻すのが急務なのだ。そうでなければ、安心して卵の行く先を決定することもできはしない。

 そのためには共和国の港街へ、ある程度秘密裏に侵入する。街をできる限り戦火にみまわさせず、平和をとりもどさなければならないと考えた。

 まさか海の上を飛んで行くとは思っていないタオは、西周りでトーンディの港町へ出て舟を探せばいいと云う。それに載せてもらって陸伝いにボコボ近くまで西進し、安全な共和国への回遊ルートで渡航する方法をラゴンたちに提案してくれた。

「真っ直ぐ行くのが危険なのは、大海に出れば海のモンスターに襲われて、命を落とす危険性が高いからじゃ。運良くモンスターが現れなくても漁村で手当がつく程度の船では、大海を渡りきることが難しいはずだからのう」

  ── と、助言をくれる。海が苦手なので、心配もひとしおなのだろう。


 西にある漁港に行くまでの、タオの計画はこうだ。まず王都から西へ出ると、すぐに新サイバー子爵領に入る。

 サイバー子爵は八貴族(オクタジェヌス)に数えられるもっとも新興の貴族であり、真王のおぼえもめでたいと聞かされた。今の領地に変わってきてから日は浅いが、治世も安定しており、とくに街道沿いは安全らしい。

 タオもサイバー子爵には面識があり、彼の名前で領地を通過するための免罪符、特別通行証を発行してもらえるようだ。

 ちなみに八貴族(オクタジェヌス)とは、至高評議(カウンシル)に出席できる真王の信任厚い貴族に与えられる称号である。これはラゴンに備えたデータベースが教えてくれた。だが、特別通行証の必要な意味は分からない。

「免罪符、というのは?」

「知る人ぞ知るモノでな。関所を通り、あるいは船を出してもらう場合に、不審がられることがないから、持っていれば提示したらいいものじゃ。宿場にある役所でスムーズに出るよう、子爵や宿場町の有力者あてに手紙も書いておこう」

「ありがとうございます」

 それが有効なのは、 ── 本当に、歩きの旅なら数日だが ── わずか一時間程度のことだろう。せっかく手間をかけてもらったのに申し訳ないが、もらう必要はないかも知れない。

 トーンディの港町までは草原地帯(ゲバラゾーネ)の西に広がる森林と、ミ・ヨケン山地を迂回する形で回り道にはなる。早飛脚が昼夜ぶっ通しでまる一日以上。丈夫な早鹿を潰すつもりで乗り継いでも、昼間だけなら三日間の行程を行かねばならない。およそ二百キロメートルの街道となるようだ。


「徒歩で行くというなら、五日間必要じゃろうなぁ。あのコウモリなら、空を飛んで一日あまりで行けるんだがな。いや真っ直ぐであれば、山地を飛び越えて半日前後だろう」

「でも早飛脚は、一日で行くんじゃないんですか?」

「あれはひとりで走るんじゃない。宿場ごとで届ける人間が何人も交代するんじゃ。休みなしで走ったら人間は死んでしまうぞ」

「船に乗ってから休めますよね」

「その前に死んじまうぞ。間にある四つの宿場町に、泊まって行くのが普通じゃ」

「それで五日かかるんですね」

「危険もあるが、緩衝地帯(ボーダーズ)の山林を抜けて近道する『オクリ』が使う道なら一日方早く付けるだろう。とはいえ、山林の中での野宿はあまり薦められんしな。グールメンか儂たちで、送って行ってやれればいいんじゃが、事前の準備なしに頼むわけにはいかん。王都に残っているユニトータはわずかになったが、西に散った者たちを結集させつつあると云う噂も聞く。また、ちょうど集毛期でな」

「なんですか? 集毛期って」

「あー、お主らのほうには、近くに草原エリア(ゲバラゾーネ)がないんだな? まあ、そんなまともな仕事じゃない。草原エリア(ゲバラゾーネ)に隣接しているところでは、モンスターの換毛期に生え変わって巣に落ちた、抜け毛がいい商売になってな。それを儂らのようなはぐれ者が、草原エリア(ゲバラゾーネ)に入って命がけで回収してくる仕事があるんじゃ。巨子山羊(カズリオーナク)の毛とかは、最高に高く売れる。まあ毛は春のほうが良質じゃが、今の時期は秋に抜けた毛を回収に行くのにいいんだ」

 隣のミツに巨子山羊(カズリオーナク)とはなにかと思って顔を見ると、意識は読まれていたらしくイメージを思い浮かべてくれている。大きさが桁違いだが、これは間違いなくヤギだ。


「なぜですか?」

「ちょうど冬眠期に入って、動かなくなるやつらがでるからじゃ。北ハルンのもっとも北部にあたる草原地帯(ゲバラゾーネ)では、南下あたりのものよりずっと多くの温血獣(ホモサーム)が冬眠する。狙うのはネムリ巨小玉鼠(クルイーサ)巨大熊(メドベージ)巨大蝙蝠(オオコウモリ)といったところだ」

 ミツに問い合わせると、巨大熊(メドベージ)は熊、ネムリ巨小玉鼠(クルイーサ)はたぶんヤマネとわかった。巨大蝙蝠(オオコウモリ)は同じコウモリでも、連絡用に使う種類とはまったく大きさが違うらしい。

「なるほど。冬眠しそうな種類ですね」

巨小玉鼠(クルイーサ)なんていうのは、巨人族も畑を荒らしに来た個体なら捕らえて育てて毛皮の材料にする。しかし人間には、何人もかかって巨大兎(ザーイツ)が取れたら上等じゃな」

 巨小玉鼠(クルイーサ)は家畜用に利用される、巨尖鼠(ソリチダ)などよりずいぶん大きいらしく、巨大兎(ザーイツ)はうさぎだ。とにかくでかいので、人間には捕獲は無理だろう。

 ウイプリーたちが、血液採取ついでに集めさせてもいいのにと思っていたら、ミツからタオにひと言かけて、話を前に進めようとする。

「お忙しいのですから、しかたありません」

 気持ちでは、『そっちのほうが早く着くので』と思っているのも分かった。


 タオが示した行程では、まずサイバー街道に入って、徒歩で四時間ほどのところにケーオギと言う宿場町がある。お薦めは領府ヨランにもっとも近い、大きなショカソンという宿場町だが、ケーオギからさらに五時間歩いた地点だ。

「一日でそこまでつければよいが、冬の日暮れは早い。ここで落ち着くのはあまりにもったいないんじゃが、日が暮れては道もわからなくなるだろうしなぁ」



 タオは昼ごろ出発してケーオギに宿泊し、次の日もゆっくり出て、五時間で着くショカソンに泊まる行程を勧めた。そこからは、人の脚で八時間近く行かなければ宿場町がない。三つ目の宿場シンガックに泊まり、さらに一日ガクシュの宿場町に宿泊、もう一日歩いてようやくトーンディの港町である。通算、計画通りにトーンディ港まで行くためには、五日間かかるというわけだ。

 それぞれの宿場町にある、タオの顔が利く宿屋も紹介された。とくにショカソンの宿場町には、もっとも大きな宿屋をやっているタオの友人グールメンがいる。彼は街の有力者というだけでなく、サイバー子爵にも一目おかれた領地内の顔役でもあるらしい。さしずめ地元を拠点に、街道で幅を利かせている同業者といったところだ。

 自分の名前を出せば、かなり美味いものを食わせてくれると、タオは胸を叩いたが、そのあたりの宿場には、立ち寄らず進みたい。

(─ そんな、ゆっくりしている暇はないだろうな)

 とは思うものの、ミツが愛敬をふりまく。

「じゃあ、楽しみにしています」


 ここからボコボの港の近くまで船で行き、共和国までたどり着こうと思うなら三日以上の船の旅となる。しかも国境の大海を渡りきる、かなりしっかりした速い漁船に乗れての話だ。推進力のある軍艦などと違って、手漕ぎの船ではそれが限界だと云う。

 海が苦手なタオは、残念ながら漁港における渡し船までのあても無いらしい。かろうじて港町で海産市の管理をする、顔役サヴァヨミの名前を教わった。

(─ おそらくその人にも、お会いする機会すらなさそうだな。申し訳ない)


「都合、共和国に着くのは、早くてもおよそ八日後になろう」

「もっと、急いで行って見せますよ」

「あまり無理はするなよ、途中でへばってしまうぞ」

「農奴ですから」

 ミツの口癖に、足腰は鍛えているという意味だとタオは思ったようだが、たぶんたいした意味はないはずだった。



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