第〇一一一話 自分の血は花の蜜?
自前の血液がない魔族は、魔力保持限界以上の魔力摂取に限度がある。
一方ヒト種は、そもそも自身を魔力の大きな受け皿にできない。そのため血液には、食物を体内に取り込んだ結果、接種できなかった魔力が漏出したものではないか。
魔法道具でいう魔力圧縮瓶に代わって、飲食物を消化、変換し、肺部分で血による貯蔵を行なうラゴンと似ている。
(─ もしかすると、自分の魔力いっぱい血液も、同じようなシステムじゃないんだろうか?)
だが人間は血液総量に関係なく、魔力を保持できるキャパは一定で、しかもきわめて小さい。それと比較して、自分の血液に感じられる魔力は、無限に近いようにも言われていた。
この違いはおそらくだが、血液自体の性能差によるものだろう。しかも自分の場合、摂取した食物意外にも聖泉の領域に居るせいで、クロス同様そこから吸収できる恩恵も大きいと思っている。
さもなければ、この無限のエネルギーが体内から自然に湧いた話になり、魔族や他の生体が示す、自然の理との辻褄が合わない。
一方、人間が過剰に摂取した魔力はどこへ行くのか。それについて明確な記述をした文献は見あたらないものの、そういった生命の神秘を研究してきたらしき、魔法使いの手による暗号書籍があった。人間業では読解不能なせいで、レオルド卿は目を通せてはないと見える資料だ。
そうした魔力は無駄に年中、妊娠も種付けも可能な状態といえる人間種が、新しい生命を創造するためいわば浪費されている。そんな結論を出したようだ。つまり、排卵や射精、妊娠や授乳などを指すのだろう。
ただしヒト種の場合、新たな生命はまっさらな状態で生まれてくるもの。だから技術や技能を身につけるために常時魔力は使われ、同時に補充もなされるという仮説も見られ、いずれも間違いとは言い切れない。ラーゴの感などつたない経験からの類推とはいえ、両説正しい可能性もあるだろう。
(─ 人間は血液に漏れ出たものは使う術がないが、魔族の自分は、一旦漏れ出した魔力を戻して使えるってわけだ。それにしても血液の性能差で、魔力保持限界が無限に思えるほど、なんてあり得るのか?)
あるいは、血中のなんらかの成分に変わるとか、取り込まれて凝縮されるということも考えられた。考えてみれば自分の総血液量など知れたものなのだ。それこそが自分をして、美味しい冷血獣と呼ばせる所以なのかも知れない。そもそも自分が美味しいと言われるのも、ウイプリーたちから美味しい血と喜ばれるのも、根っこは同じところであるような気がしてきた。
(─ そういえば、高カロリー、高コレステロールって、美味しさの代名詞だったような……)
そう考えた瞬間、相続者の記憶からミツツボアリなどといわれる蟻の存在が想起される。現地の人間はそれをおやつにする、などという恐ろしい話まで出てきたため、背筋が寒くなり速攻、忘却の彼方に追いやっておくラーゴ。
だがこれらの情報をまとめた結果から、その元となっている花の蜜を吸収することで、十分生命維持ができるのではないかと結論づけた。
「花の蜜って、吸ったことある?」
「もちろん大好きです。魔力補給もできるし。だけどカマールでは、他の虫に負けてしまいます」
聞いたほうが早かった。ともあれ、隊長しゃべりの赤ん坊というのは、どうも違和感がぬぐえない。
それはさておき、虫の生態について書かれた文献にカマール ── ラーゴの相続者記憶における蚊 ── の記述もほどなく見つかる。蚊は常に人の血だけに頼るのではなく、通常は花の蜜を吸って生存する、という内容だった。
「じゃあ多少の魔力を維持しているウイプリーが、今のカマールの姿ではない一回り大きな蜂。ミツバチやスズメバチなんかに憑依し、それらに効率よく花の蜜を回収させるんだ。そして溜めたものからカマール姿で蜜のエネルギーを吸い上げる、というのはどうかな?」
「それはいいお考えです。主様、頭が柔らかいですね!」
いわば、カマールによる養蜂だ。なんなら面接で失格とした、今の親衛隊のグループ二人を中心に、それを世話させてやるのもいいかも知れない。
人のいないところに虫だけで、養蜂をやっているというのはあまりにも不自然だ。たしか6341と5460だったので、さしずめムサシとコジローとでも名付けるとしよう。
彼女らは人間嫌いだったので親衛隊から外したが、仲間同士における協調性その他に問題はなかったはずだ。変身できるくらいには、ミツから魔力を分けてもらってもいいだろうか。
村から出てきた数人の娘たちが、蜂箱の世話や集められた蜜の採取だけをやっているふうに装えば、決して奇異に見えない。幸い近くの緩衝地帯には、高原球技場を経営するタオの組織があった。
タオに了解を取れば、高原球技場の続きでちょっとした養蜂ができる。エリア全体の管理を任されているらしいから、どこからも文句は出ないはずだ。タオもよほどの問題がない以上、自分の頼みなら聞いてくれるに違いない。
そう思い立ったら吉日で、喫茶店計画は居残り組に任せ、早速養蜂のための蜂箱などを作成することにした。材料はたくさん原生林にあるのだから加工する道具、たとえばノコギリとかカナヅチとか釘が必要だろう。親衛隊にお金を渡し、適当な店で購入すればいい。
養蜂の知識がないと思ったので、レオルド卿からコピーしてきたデータを本型の見やすいものに複写する。一里眼メガネを貸して何人かに読んでもらうことにした。
葬式の後、事件を避けるためタオがいる場所は分からないと聞いたが、間接的でもいいから許可は必要だ。
『田舎で蜂を飼い、蜜を集めるのを得意とする娘たちが、緩衝地帯の端でやってみたいと希望している』
そんな内容を持たせ、先ほどあいさつしたばかりのヤスコが、ひと走りカミヤにお願いしに行くと、大きな問題は無く了解いただけた。
ヤスコにこうした連絡係を行なわせることで、居残り組の代表なのだという意識をお互いに抱いてもらいたい。そのためにもミツやラゴン、そしてラーゴとともにいるクラサビのチームとは別にしているのだから。
そんなヤスコが仕入れて来た話によると、どうもあのあたり全体が、タオの管理地というわけではないようだ。こうなると、人間社会からは無用の長物である草原地帯エリアが、手つかずの宝の山に変わるかもとか思う。一方タオから、くれぐれもモンスターにだけは気をつけろ、という助言ももらった。
そう決まれば『善は急げ』。手の空いている者で早速道具を森に運び、ウイプリーたちが過ごしやすそうな場所を決める。そのあたりで伐採された木から、板や柱などが切り出され、箱だけは作らせた。内部の細い細工は、クレイに頼んで使いやすく作り込んでもらう。
夜になったらクラサビに出向いて指示をさせ、そちらのほうに移住してくれるよう指示すればいい。これはクラサビへ、ラーゴから伝達だ。
「じゃあウイプリーたちには蜂の巣を探させ、メンバーの中から憑依の能力がある者を選抜。女王蜂に憑依させ引っ越ししてもらって。蜂であれば、ミツバチでもスズメバチでも構わないから」
「じゃあその娘たちには、少しミツから魔力をわけてもらいますね」
クラサビも手際がいい。種族間感応通信で連絡をとりあい、どんどん計画が進行して行った。
資料によると虫は花の蜜だけではなく、木の汁や葉を食べて育つ、他の幼虫の唾液からも集められるらしい。これでカマールたちが命をかけてやっていた生命維持活動も、安全に行なうことが可能になる。
花の蜜などがどれほど魔力を含んでいるのか分からないが、収集する能力は格段に上がるため、その結果次第で方向修正だ。
万が一、ウイプリーたちの一部にでも、変身可能なほどの魔力が蓄えられ、人型になれれば吸血できる量も変わる。罠などでモンスターを狩るのも、おそらく不自然には見えまい。たとえ魔力が薄いといっても人間姿でなら、血や肉もそれなりの量を吸収することができ、安定的なエネルギー補給環境も整うだろう。
とはいえ、あまり元気になってもらっても今のところ使い道がない。『さあ、がんばって人類を支配するぞ』と言われても、それはそれで困るのだ。できれば元気の出づらい範囲にとどめてもらっておき、飢えない程度で存在し続けてもらえるのを、祈るばかりである。
(─ といっても、なかなかバランスのいいところでは止まらないだろうなぁ)
その日の夜遅く、緩衝地帯で作られたテーブルや椅子が、元事務所の住み処に密かに運び込まれてきていた。