第〇一一〇話 草原地帯における魔族延命の件
さて王都内に拠点ができあがり、次に心配になるのは緩衝地帯において、生命維持のため体制を整えようと画策するエリートたちだ。
彼らは今でも、昼間の太陽に当たっただけで、致命的なダメージを受けるほど魔力が枯渇している。そのため自力では、生命を維持する方法が構築できるか心配だった。
ここでタオからもらった地図をラゴンに広げさせ、それを見ながらしばし考えるラーゴ。
現在、エリートたちがいる緩衝地帯の向こうには、草原エリアがある。そこにはモンスターが住んでおり、夜の間、ウイプリーたちはそのモンスターたちに近づいて血を吸う。魔力は薄いうえに、蚊の姿で吸える量などしれたものらしいが、もっぱらそれだけで生き延びたのだと言っていた。
しかしモンスターといえども、自分から吸血していくカマールを見逃してくれる、心の広いやつばかりではないはずだ。しっぽや足で払われたり、あるいは寝返りに巻き込まれたりするだけでも、魔力不足のカマールでは簡単に潰されてしまう。そのため無駄に命を落とした者も多いと聞いた。
たとえ魔族といえども、親衛隊メンバーの兄弟や仲間たちであり、潰れてどんどん数が減ってしまうのは忍びない。
もう彼らが王国を襲う心配はないが、いつか自分のために働いてくれることもあるだろう。絶対服従の対象がラーゴだと、信じられている今のうちに恩も売っていくべきだ。そしてそのときは気持ちよく動いてもらえるよう、関係構築に務めておきたい。
親衛隊活動に何も参加できず余っている、赤ん坊姿のナゴミに相談に乗ってもらうことにした。
地図を見る限り、草原エリアと緩衝地帯の間に、原生林または森林のようなものが認められる。
「ナゴミは、緩衝地帯へ行ったことあるのかな?」
「もちろん、ありまちゅよ。モンスターの血を吸いに」
しゃべり方は赤ちゃんなのだが、驚いたことに男の子の声、しかもこれは自分のだと思う声で返ってきた。
「主様、ナゴミは赤ん坊なので自分の声を持たないんです」
喫茶店を計画中の、よくナゴミを抱っこしているナツミが気づいてそう教えてくれる。
「だからボクの声なの?」
「ナゴミの能力のひとつに声色というのがあるのです、一度聞いた声ならだれの声でもしゃべることができるんですよ」
「そうなんだ、じゃあだれか他の人の声で……」 と言ったら、全員の視線が集まった。ここでクラサビとかミツなどとメンバーをひとり指定すると、えこひいきになってしまいそうだ。ついでにその能力を活用するテストも、やってみようと思って提案する。「じゃあちょっとナゴミに見て欲しいものがあるんだ」
そう言って千里眼の能力でナゴミの視野を取得すると、そこにミリンの部屋をつないで見せた。
「わあっ、すごいっ」
ナゴミにも透視能力はある。だがウイプリーの能力では、壁の向こうとかではないまったく別の場所を見たり、それを他人に見せたりすることはできないらしい。
ところでミリンは運よく、マーガレッタと話している。遠征についての打ち合わせのようだ。
「見えてる二人 ── 、両方の声を聴いて」
またいつか大事な局面で利用する機会もあるだろうから、この際ナゴミに二人の声を覚えてもらうことにする。そして千里眼の能力を切ると、どちらかの声で話してもらえるようお願いした。
「こちらのほうの声でよろしいでちゅか?」
マーガレッタの声だ。いつも軍隊調でしゃべっているマーガレッタが、急に赤ん坊のしゃべり方となると、これはこれでまた魅力的かも知れない。
「うん、いいよ。じゃあしばらく、その声でしゃべってね」
だが能力が声色というだけあって、ほどなくしゃべり方までマーガレッタになった。
まあ、実際使うことを思うとこのほうがいいだろう。親衛隊たちはどうなるのかと静かに見守っていたようだ。しかし自分たちに関係ない話だとわかると、またメイドレッスンや喫茶店立ち上げの相談に戻って行く。
「緩衝地帯の近くに、森林が広がってたよね?」
「はい林も見えましたし、ちょっと原生林のような深い森も。それは草原エリアの内にもたくさんありますよ」
「その中でなら、日中でもウイプリーたちは活動できるのかな?」
「活動はできますけど、何をさせますか? モンスターの血を吸うだけなら、夜でもいいと思いますが」
それでは昼間に暇と力を持て余して、ろくなことにはならないような予感が走る。近くに高原球技場があるから、キャディとして働いてもらってもいい。
だが六千もいたら順繰りに回しても、高原球技場全体は美女で埋め尽くされてしまうだろう。くわえて今のところ、人間に好感を抱いている者の割合が、それほど多いとは思えない。
ラーゴは、この世界のことでなにか、ウイプリーのエネルギーを確保する方法がないか、ラゴンの十字架型記憶鉱物に答えを求めた。するとレオルド卿から黙ってコピーさせてもらった資料 ── 記憶鉱物に取り込んだ、書籍データのひとつに次の記述を発見する。
『草原地帯には多くの草花が生息、それは森林の中にまで広がり、蜂などの昆虫がその花などから蜜を吸収、養分とする』
また別の資料に『生物は脈から与えられたエネルギーを自分の血液や養分に変え、生命を維持する機構も装備』とも書かれていた。エネルギー、すなわち魔力というわけではないものの、それがこの世界での生命学なのであろう。
これを親衛隊に説明してみた。つまり現在ウイプリーたちは、人間の血液を魔力の素としている。その人間は生命エネルギーを、そもそも脈から吸い上げた植物や動物を食物として摂取、消化して吸収するものだ。
しかしクラサビ同様、余剰魔力は体内に蓄積することができない。そのため余らせた魔力が、行き場をなくした蓄積場所として、血液へ流れ出たと考えられた。




