第〇一〇九話 メイド喫茶構想
「じゃあさ。こんなのどうかな?」
この世界では、貴族や王族などが普通の暮らしとして、躾の行き届いたメイドを雇い、身の回りの世話などをさせている。だがもちろんそれは一部の上層階級に鎮座する人間にのみ許されており、およそ一般国民にとっては高嶺の花の生活であろう。
そこで、そういった生活を味わったことがない人間でも、いっときメイドに傅かれる生活が、味わえる場所を提供するというのはどうか。
「つまりメイド茶屋なのですね、主様」
あるいは貴族や金持ちの商人に対して、悪い感情を抱いている平民であれば寄り付かないだろう。しかし、できるかぎり高級感を出さなければ、普段そのサービスを受けられる貴族や、金持ちは利用する気が起こるまい。つまり顧客層は絞り込めるはずだ。
反体制側の人間なら、そういった環境への忌避感を持つ一方で、ほのかなあこがれを抱く者もいるのではないか。
裏街道を歩まなければならない人間のすべてが、その店に来てもらわなければならないわけではなかった。そういったグループの中にひとりでも、立ち寄ってくれる人間を見出せば、最低の情報が拾えるはずだ。
そこまで説明したラーゴは、ウイプリー親衛隊たちに尋ねる。
「もしかして、みんなはメイドの経験とかあるかなあ?」
すると意外にも、魔王城で何人かがメイドとして働いていたとわかった。しかしナツミやクレナイ、ナズムといったラーゴとともに旅立つ予定にした娘ばかり。
なので早速、それら経験者によるメイド教室が始まる。そのままでは平民社会になじみにくそうなので、ラゴンからもう一ひねり、と提案した。
もちろん、ネタはラーゴの既成知識によるモノだ。
「ご主人様、お帰りなさいませ!」
「ご主人様、いってらっしゃいませ!」
事務所の中で、そんな元気のいいあいさつの練習が繰り返される。喫茶のメニューもそれらしいものをラーゴが提案し、ミツが料理を作れるよう、みんなに教えてくれると云う。
(─ クラサビも来たいだろうな)
親衛隊たちで、そうやって呼び込んだお客様にする作り話を考えてもらった。
こういう仕事はもっぱらクロスが得意という声があがったため、感応通信で相談すると、すぐにも妙案が返ってきたようだ。
「こういうのはどうかな? 『自分たちは田舎から、食い扶持がなくて離村してきた。けれど、先に王都に住むところとかを探しに出た、ひいおじいさんがちょうど魔族の侵攻にあったらしい。巻き込まれ、それ以来行方不明になっている』っていうの」
「人間の年寄りなら、絶対死んでそうね」
「瀕死の状態なら、ふつう聖堂とかへ転がり込むんじゃない? ロノウエさまは行かないと思うけど」
「じゃあ、『ひいおじいさんは王国の出身でなく、宗教も違うので、王国の聖堂のお世話にはならないだろう』って言えば?」
もっともらしく細かい話を作って行き、ロノウエの消息情報の収集に意欲を燃やす親衛隊たちの自主性を感じ、ラーゴは明るい未来を感じた。
さて、すぐにもラゴンには卵を携え、共和国へ行かせようと考える。あちらで卵の引き受け手を探すのに、必要な時間がわからないからだ。もしも共和国にも赤い竜の伝説が轟いていれば、帝国まで足を伸ばさなければならない。
そしてミリンが旅立つまでには、以前に考えたとおり、親衛隊を三つのグループに分ける必要が感じられる。そのときラゴンかラーゴと一緒に行くグループについては、おそらく魔力供給に困らないだろう。
だが王都ではラゴンが抜けた後、すぐにも魔力補給ルートが途絶えるという問題があった。今のところ、ラーゴが連れて行かれる可能性もかなり高いと思える。
(─ いや、同行できなきゃ、見知らぬ地にいるミリンとラゴン。たえず遠隔透視というのは面倒極まりない。なんとかしなければ ───)
そうなれば、活動エネルギーに窮するのは、居残り組に決定だ。ラゴンとミツから旅立つ直前に補給するだけでは、十分でないかも知れない。あまり気が進まないところだが、飢えることのないよう縛りを緩めておく必要はあるだろう。
王都に残して行く居残り組は、クロスを別と考え、偽りの命のナミ(二十二)、強靭のヤスコ(二十三)、テレパスのナオコ(十九)、一時支配のクミコ(十七)、短時間復帰のハツナ(十四)、眷族召喚のヤヨイ(九)だ。
彼女たちには申し訳ないが、おそらくここでたいした魔力は使わない予定である。つまり、消滅の危険はないはずなのだ。
残して行くお金で、食料からのエネルギー補給のみに勤めてもらいたい。だがヴァンパイア化させない範囲で、ある程度の規制緩和はやむを得ないだろう。具体的には、喫茶店などに来る無駄に血の気の余ったお客から、余分な血液を頂戴させてもらうなどで収めてほしいものだ。
とはいっても、こういうことに関してはブレーキの利きが甘い気のする娘たち。吸血鬼がいるといった、噂が立つような行動だけは避けてもらえるよう、くれぐれもお願いしておくべきだろう。
ついでにラゴンは、自分から親衛隊各自に連絡方法がない不自由さについて、ナオコに相談した。
「今のところナオコを通じて、親衛隊員はボクに連絡を取ることができてるよね」
「はい。正確に言えば、ラーゴさまに連絡できます」
「そして一度つながったら、その通信をどちらかが故意に切断しなければ、ずっと話していられるんだけど。ボクからは繋げないという不便さが残るんだよね」
「わたしに申し付けていただいたら、全員でも、個別でもつなげて差し上げられるんですけどねぇ」
もちろんそれはわかっている。だがそのためには常にナオコをラーゴの耳内か、ラゴンの髪にスタンバイさせておかなければならず、聖域に入るのは難しい。こちらからナオコへ確実に連絡できる方法を、検討しなければならないだろう。
(─ そういえば自分の鱗がついた芝球を使って、ドワーフのメソポタに連絡が取れたっけ?)
あの芝球自体になんらかの能力があるとは思えない。自分の鱗自体、ありかを探すだけでなく、声を届ける能力も持つようだ。今まで苦労してきた、ラーゴから親衛隊たちへの連絡を、自由にできる可能性がある。
「じゃあ、ナオコがこれをつけててよ」
ナオコには、鱗をひとつ預け、耳たぶに貼り付けてもらうことにした。耳につけると、なんとなくおしゃれな片耳ピアスのようである。これでいざというときにはラーゴやラゴンのほうから、連絡も出来るはずだ。個別の種族間感応通信だけでなく、グループ単位の強制接続も対応できるようになった。念のため、ずっと人間の姿でいる予定のミツにもつけてもらう。
「いいなぁー」
うらやましがる声が上がるものの、全員に二十三枚の鱗を渡して、ラーゴのほうでどの鱗がだれというのを管理するのは面倒といえる。それにラーゴやラゴンに同行する予定で、カマールに転身する可能性が多い娘たちにとって、鱗一枚は大きな荷物に過ぎるはずだ。そのように説き伏せて、却下させてもらった。