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第〇一〇八話 夜遊びの効能

 葬儀のあった翌朝、盛り場に出た親衛隊が全員、ラゴンの宿泊するホテルへ帰ってきた。

 別に門限を決めていたわけではないが、ラーゴの関知するところ、日の変わるまでに戻ってきたのはカマール姿の二~三人である。盛り場に出ても、大きな収穫はなかったようだ。しかし帰ってきた()たちは、一様に満足げな顔をしている。血を吸ってきたのかと尋ねると、そうではないらしい。

(─ まあ、ハラスメントになりそうなプライベートな部分は、聞かないでおくことにしようか)


 絶対服従以上の誓いがあるから、ルールは破ってないだろう。千里眼(プレビジオニス)で読み取るのも可能だが、それさえ不要なほどの顔さえまざっている。

 娘たちは、お兄さんやおじさんたちにたいへんモテたけれども、それでもロノウエの情報収集に繋がらなかったようだ。その代わり、ユニトータの下っ端の人間には接触できたらしい。

 やつらは現在もっとも力を入れてきた、領地を王国北西部で構えた五~六ヶ所の貴族領に、腕利き百人近くを派遣していた。聞いたことはないが、派遣先はボリヨク男爵、レカゥラン男爵などといった貴族の領土という。

 ちなみに同じ西部といっても、ケンコシンやユジュフたちは西南部であり、レオルド卿の領地の少し王都よりだ。これをすべて呼び返したようで、そいつらが帰ってくるまでは、おとなしくしているよう通達があったらしい。


 ユニトータの王都内戦力は、高原球技(プラトーシャール)場にいたタオやカミヤ以外のメンバーたちと、互角に戦えるレベルが十人を切ってしまった。この状態で、とても一戦構えるなど不可能という。

 構成員は他にも五十人くらいはいるが、戦闘力の高い者はほとんど、タオの襲撃犯として捕らわれた。

 ただ、高いといっても面接会場だった宿での、乱入者たち程度も含まれる。だから王都内には使いっ走り程度の、戦力にならない者くらいしか残っていないのだ。

 ましてや二つの襲撃で魔法銃のほとんどを持ち出し、それが押収されたらしい。あるいは敵方にわたったため、パワーバランスが一挙に逆転してしまっていた。


「残りの戦力というのは、どこにいるかつかめているの?」

「はい。ただトップの二人だけは、常に場所がつかめないように偽装を行なっているらしく、それだけが判明しませんでした」

「じゃあ、後の八人弱というのは分かるんだ」

「はい。昨夜のうちにみんなで襲って意識を奪い、クミコの一時支配で殿下襲撃の主犯を王都に導いた関係者と、自首させておきました」

「早いね、仕事が。じゃあこれでしばらく、ここは大丈夫かな?」

 単に不道徳な行為による、朝帰りだけではなかったようだ。西の領地に出ている『腕利き』の者たちが、百人ほど帰ってくるというのは気になるものの、そのときは居残り組に働いてもらおう。

 それよりこれから居残り組には、ロノウエ捜索の方針をどうさせたものかが悩ましい。

 あてもなく、そんな情報をどこかに求め、人の口に上るのを傍聴するだけの探索では、なかなかヒットしないだろう。といって能動的に盛り場で聞いて回っても、これといった情報が集まらなかった。


 しかし、昨夜たくさんで人間相手に聞きまわってくれたことが、まったく無駄ではなかったようである。

 たしかに現在、表立って安宿や飲み屋の二階などにたむろする身元不明者の中に、ロノウエの情報は皆無だ。ただ王都の内には何箇所か、浮浪者やホームレスが溜まっている場所がある。

 そこには病気の者や、動けなくなっているものもけっこういるらしい。あるいは身分証も持てず、手配されているなどの理由で聖堂へ行けない者が、密かに集まる場所もどこかに存在すると云う。

 そういったところには、仲間同士顔の知れたものでなければ、入れてもらえない決まりがあるようだ。

 現在の王都の中に、そこまで身を隠さなければならないレジスタンス的な人間が存在する、と云う話も若干不思議ではあった。しかしどんな世界にも日の当たる場所で、大手を振って歩いて行けない人間はいるものだろう。

 とくに王国には奴隷制度がある。奴隷であることを嫌って、どうしても社会の仕組みから外れなければならなかった、そんな人間がいてもおかしくない。

 実際ラゴンたちもそういった農奴のふりをして、タオたちやユニトータにも怪しまれなかったのだから。


「ですから、そういう人たちとのお付き合いの機会が持てる、場所を作ればいいと思うのです」

「それは、どうやって?」

 このような経緯で、喫茶店と似たものを開業しようということに決まった。居残り組の中から王国内にネットワークを作るための、たくさんの人が出入りしてもらう場所だ。

「そうすれば、そんなところにいる人の情報も、自然に入ってくるんじゃないでしょうか?」

 ガクエンサイの出し物のようだが、居残り組で決めたことならラーゴに異存はない。自主性というものにより、事業や作業のモチベーションが高揚すると、相続者(インヘリター)の知識に持っているラーゴ。

 とりあえずタオからお迎えが来たので、居残り組以外は一度カマールになってもらい、借用する事務所のほうへ移動した。迎えてくれたカミヤには、昨日話しておいた田舎から連れてきた娘たちが、早朝すでに揃ったのを見ていささか驚かれる。しかたないので、昨日から王都には入っていた ── と云うことで納得していただきたい。


 事務所に着くと、すっかり昨日の葬儀の後片付けは終わり、さっばりときれいなものだ。一階の事務所部分には、もともとあったであろう事務机なども、まったくなくなってがらんとしていた。

「カミヤさん、ここで茶店を始めてもいいですか」

「茶店っていうと、街道にあるような茶とか飲ませてお代をとる休憩所とかですかい?」

「ああー、そうですね。そんな店です」

「それはラゴンさんに貸したんだから、何をしてもらってもけっこうなんだが。とはいっても、家でも飲めるお茶を、わざわざ金払って飲みに来るやつなんていますかね? それなら、食堂のほうが流行るんじゃないですか? いや、そうはいっても綺麗どころが出迎えてくれるんだな。その顔を見ながらいただけるっていうなら、男どもは喜ぶかも知れねえ。一応タオさんには、話しておきますよ」


 徴税の関係で、商売をするには届け出がいるらしく、その代表者は身分証を持った男でなければならないと云われた。正式な王都民の保証人も必要らしいが、そんなものは任せてくれと胸をたたく。それさえ整えば代表者は、昨日身分証をもらったばかりのラゴンでも問題ないようだ。

 すぐに、自分がサインした関係書式を届けると告げた後、カミヤは王都内での居場所を書き残す。続いて居残り組の面々へひとりずつ、 ── 幼女のヤヨイにまで ── 丁寧にあいさつを交わすと、感心しながら帰って行った。

 カミヤの反応から、この世界の、しかも王都で喫茶店が繁盛することは、望み薄だろうと感じる。そこでラーゴは、カミヤの言葉尻と既成知識から、さらに一ひねりを思いついた。



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