第〇一〇七話 名工の息子への依頼
ラーゴはクロスから突然、武器の調達を依頼された。
お金はあるからどこかで買ってきてもいいが、そう簡単に武器なんて売ってくれるのだろうか?
そもそも自分 ── もといラゴンだって、まともな武器など持ちあわせない。たまたま使えたから打撃匙という、伸び縮みするゴルフクラブに似た魔法道具を使っているくらいで、武器と言うにはお粗末だ。
あるいは農奴姿のラゴンが常備するのは、多少分不相応かも知れないが、さすがに咎め立てされるほどのものでもない。その割に、結界の防御力を付与してあるおかげとはいうものの、破壊力や攻撃力で、十分な性能を保持している。
そんなことに頭を巡らせるうち、ラーゴは思い付いた。
(─ なければ作るっていうのも、ありじゃないか?)
これは毎度おなじみ、相続者ラーゴの本来的性格に起因するところの、トンでも発想である。
そもそも聖霊ルートでやらなければならないお仕事なのだから、聖霊に頼めばなんとかしてくれるだろうか。あるいはモノづくりならクロスに一発ギャフンと言わされた、例のドワーフに依頼してもいいかも知れない。
などと考えながら、ラーゴは名工と言われるドワーフがどこかにいないかと、タオからもらった打撃匙にその銘を探してみる。
さすがに名のあるものだけに、ちゃんと製作者の銘が刻まれていた。千里眼を働かせると、ジュフラテスと読める。
(─ これって、どこかで聞いたことのある名前だ)
ちゃんと記憶してはなかったが、おそらくあのドワーフの自己紹介だ。メソポタの父やその師匠の名前をずらずらと述べた中に、紛れて挙げられた名前ではないか、と思い出すラーゴ。
こだわるわけではないが、クロスの持ち物なら今度こそ十字架だろう。特別十字架に対する忌避はないと、クロス本人も自己申告していたはずだ。
メソポタには、何かお土産でも買った後に連絡すればいいと思ったが、旅行に行ってのお楽しみと伝えるついでにお願いしよう。早速自分のウロコがついた芝球を検索し、ほどなく千里眼がその芝球を見つけた。
聖霊の金庫を透視したとき同様、まわりの風景が見える。どうやらドワーフの工房、あるいは作業場と言われるところらしい。
暗い作業場の中、手元だけを魔法灯火で照らし、何やら一生懸命金属の加工をしているメソポタが視界に入った。魔法灯火には魔力源が必要だが ── と詳しく見る。すると、作業場には聖脈が引き込まれた細い管が伸びてきており、魔力に変えて貯める装置がつながったのも見つけた。これを他の加工道具の動力源にもしているらしい。
ラーゴはテレパシーを送るときのように、自分の鱗へ意識を集中して発声してみた。
「こんにちは」
「ハハー! その声は聖霊のオフィサーさま ── いえ、ドミニオンマスターさま」
声が届いたようだ。彼にしてみると、ゴルフボールから声が聞こえるのだろう。芝球に向かい、必死で頭を下げている。
「ごめんね、急に。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
「ど、どうぞ、なんなりとお聞きくださいませぇー」
平身低頭状態だ。まだ怖がったままらしい。ラーゴは何もしていないのに、部下の責任というものを大きく感じる。
「実は、ジュフラテスって人を知ってるかなと思って」
「ハハー。それはわが父、名工と謳われたドワーフの名でございます」
「やっぱりそうだよね。実はその人が作った、打撃匙っていうのをひとつ持ってるんだ」
打撃匙の名を聞くと、メソポタは小さな眼を見開いて、驚きを隠しきれない様子であった。
「おーおーおー。それは父が得意としておりました延伸金属で伸び縮みする、スティックのようなものではございませんか?」
「そうそう。これでさあ、芝球っていうボールを打つんだよ」
「それは最初に父が考案し、実用化にこぎつけたアイテムで、今は模造の汎用品が量産されてございます。昨今は長さの伸びすぎることもございません。初心者でも十前後のパターンだけで、長さとロフトを自動的にセットしてくれるタイプが出回っているそうでして。ですから以前のようにいちいち利用者が、細かく長さとロフトを考えなくてもよくなってまいりました。よってその道具はもはや時代おくれと言われ、高原球技場で歴史的な展示品として、飾られる程度の骨董品でございましょう。とてもマスターさまにお褒めいただけるほど、有用なものではございません」
「そうかな? すごく役に立ってるんだけど」
もちろん、それはヤヤたちの時間操作と、結界があってこそだが。
「おお、そうでございますか! そんなふうにおっしゃっていただけるのは、マスターさまだけでございましょう。ありがとうございます、父も草葉の陰で、涙を流して喜びに打ち震えているに違いございません」
「お父さん、亡くなられたんだ。残念だな、頼みたいことがあったんだけど」
父親を評価したせいか、テンションが高いメソポタ。
「なんでございましょうか? 残念ながら、それと同じものはもはやここにはありません。いまや手に入れることも困難でしょう。ですが欲しいと言われれば、自分も技術は持ち合わせております。幼いころより、一からの製作を繰り返し手伝わされましたので、今でも作るのに困ることはございません」
「そうなの? メソポタさん、これと同じもの作れるんだ!」
「もちろんでございます。自分のドワーフとしての第一歩は、すべてそこを起点に始まったのですから。片手で鼻をつまんでいても作れるというのは、まさにこのことでございましょう」
そんな言い方は知らないが、彼の常識において、物事を簡単にできるたとえらしいのは察知できた。
「じゃあさぁ。また無理を言うんだけど」
「はい……」
無理を言いつけられるのは、もう慣れっこだと言わんばかりの態度である。
「また十字架なんだけど、今度は延伸金属で作ってくれない? 武器にしたいんだけど」
メソポタが『武器』と聞いた瞬間、なにか琴線に触れるものがあったように感じた。いきなり声が、アップテンポになる。
「単なる十字架だけでございましょうか? 伸びて大きくなれば、よろしいだけでございますか? なんなら、ペスペクティーバさまが愛用されている、雷光電撃を放つ道具や、最近流行りの銃弾が飛び出す細工は如何でしょう。魔族相手でもなければただのこけおどしながら、聖なる光であたりを包み込むものも作れますが」
どうも自分の専門ではないものの、作りたくてしょうがなかったような反応が返ってきた。しかも使うのはメソポタが得意とする道具にありがちな、魔力が大量消費されてしまう欠点を気にしない、ラーゴ自身だと思っている。
クロスも脈だより、真王だよりなら魔力消費は問題ないと聞いたので、ここは誤解してもらったままでいい。放っておいても、聖霊ルートなどでクロスに持たせたということは、すぐにもバレるだろう。それに坑道に武器を持ち込む以上、お断りもしなければならない。
「そんな色々できるんだ」
「この際ですから、全部入れてしまいましょうか? 戦いに用いるなら、ペスペクティーバさまの力を借りれば、相手の力量 ── 残存魔力を測る一里眼もつけましょう」
「いいね、できるの」
「もちろんでございます。自分はそういう、新奇の技術を研究するのが趣味のドワーフでございますれば。新しい魔法道具が出るたび、それを作ったドワーフなどから、なんとかして現物を調達してきました。どのような作りになっているのか、自分で作れるのかなど、追求しなければ気が済まない質でございまして」
「すごいね、ちょっと尊敬しちゃった。今度旅行に行くことになるんだけど、そのときいいお酒があったら届けるから、楽しみにしてて」
土産の酒は、王都に帰ってから渡すか、クロス・聖霊経由で渡せるだろうと思っていた。だが自室に脈が引き込まれた環境なら、貯金箱と同じ要領で直接届けるのにも問題はないだろう、と安請け合いするラーゴ。
そのとき、すでに早口になっていたメソポタが、『酒』という言葉を聞いて、さらに飛び上がらんばかりに喜々とした態度へ豹変する。
「酒、でございますか! 酒は大好きでございます! 酒であれば何だとか、かにだとかは申しません。度数が強ければ強いほどいいとか、芳醇な味わいが好きだとか。あるいは濃厚な香りがするほうがよろしいとかいったわがままは決して申しませんので」
全然言っているが、本人に悪気はなさそうなので、さらっと流して聞いておいた。ペットのラーゴには無理でも、ラゴンの旅ならどこかで酒くらい買えるだろう。
「いいのがあったらね」
「では早速、その十字架の作成に取り掛からせていただきましょう。実は銃弾が飛び出すというものには、ひとつ試してみたいアイディアがあるのです。これはラーゴさまのような無尽蔵に近い魔力をお持ちの方以外には、使えない代物でございまして……」
話を聞いてみると、さすがに研究家であるドワーフらしい、火薬を不要とした斬新なアイディアであった。
ひとつひとつは、この世界の錬金術師がすでに実現している技術だという。簡単に言うと、気中の水分から水素を取り出し、空気を分離した窒素、酸素も使ってアンモニアを作る。これを元にして、白金などの触媒利用により硝酸を合成。再度アンモニアと反応させて、硝酸アンモニウムを生み出せるそうだ。
(─ おすとわると? はーばーぼっしゅ? 何か勉強した気がするなあ)
これに分離した酸素をくわえて瞬間的に圧縮し、断熱圧縮の熱で点火、爆発させる。製造はワンユニットの魔法回路で行なわれ、これらを実現するには多大なエネルギーが必要という。だがラーゴの魔力保持量なら問題ないらしい。
クロスも、聖脈や真王の脈を使うと言っていたので、魔力不足には陥らないだろう。
「えーそうなんだ。それじゃあさあ、ついでに後もうひとつお願いしてもいいかな……」




