第〇一〇六話 聖脈を操る魔族
{じゃあ魔力も続かないし、結界もそれほど大きなもの、張れないんだよね}
{そんなことはございません。もちろん一度に張れる結界の大きさは、限界があるはずですわ。でもわたくし、ここへ来てから気づいたのですが、魔脈直近と同様、脈の力を使い放題なんです。能動的な補給はまったく必要ないでしょう}
クロスによると、自分の体内に溜めた魔力量を越える、規模や強度の結界は張れない。だがその都度、聖脈からの補給があって枯渇することはないという。
{あーそうだね、ペスペクティーバが言ってた。魔脈も龍脈も、結局は同じなんだって。だからクロスのように龍脈に耐性があるなら、魔力補充は必要ないってことだよね}
{そんなはずはないんですけどね。おかしいですわー}
{そうなの?}
{でもそれは寂しい話ですね。ラゴンさまからの血液補給は、なかなかエキサイティングですのに}
こいつも、聖女で中坊低学年の見かけにかかわらず、隅に置けないやつだとラーゴは感じた。もちろん中学生の女の子あたりだと、そういう話にも好奇心を抱き始め、進んだ娘ならキスくらいには興味を持って当然か。── とは思うものの、冷静に考えると彼女たちの年齢は見かけだけであり、実際には全員同い年なのだ。
だが中身がどうあれ、見た目少女以下の娘たちを『女』と見るとモラハラっぽい。いや、それではロリコンのそしりも免れないので、この話は聞かなかったことにして流させてもらう。
{そうか、使い放題なんだ ───}
{ただ、本来魔族に聖脈は、利用できないはずなのですけどね}
クロスの知るところによれば、魔族は基本的に聖脈からのエネルギー補給など、できない理だそうだ。
しかし未だかつてない魔族、ガレノスの跡継ぎが誕生。次代の魔王は、いままでの魔族をはるかにしのぐ、残虐かつ獰猛な個体と言われていたらしい。だがそれを聞いたラーゴは思う。
(─ 『残虐かつ獰猛な個体』? ── それが本気で信じられてたら、自分じゃないってバレバレだよね)
なにより魔族の最大の弱点と呼ばれてきた、聖脈の発現である『聖泉から湧き出る聖水』に抵抗力を持つだけではなかった。無尽蔵とも言える聖脈を、魔脈のように取り込んで利用できると云う噂すら、まことしやかに流れてきたという。
だからこそ、教会勢力はやっきになってガレノス殲滅にかかったに違いない。
なるほど、実際聖能力耐性というなら、クロスのような存在がいただろう。クラサビだって結界さえ張れば、聖泉の忌避をブロックできる。
ミツは王都包囲戦のとき、結界が破られて大けがをしたらしいものの、基本的にはそれでガードは十分と踏んでいたように聞いた。そういう魔族であっても、いままで聖脈から、魔力を受け入れられた者はなかったようだ。
{え、それなのに?}
{ただ今は、主様が聖脈の管理者である聖霊のマスターであり、その聖霊がわたくしを盟友と認証してもらっている。それでなんとか利用できるのではないでしょうか。いえ、これは主様がオフィサーのときでもオーケイでしたから、あるいはあの噂が本当だったのかも}
その噂は自分の情報ではないので、間違っても後者だけは心配ない。それよりも、魔族は今までこんなに、聖泉の奥深く居つかせてもらったなど、かつて例がなかっただけではないのだろうか。近づかなければ取り込めないのだから。
つまり食わず嫌いというやつではないかと考えた。
{でも聖泉から離れてしまえば、その魔力も使えないっていうことになるよね}
{いいえ。基本その力を使うのは、真王をお守りする際だけになりますので大丈夫でございますよ}
{どうして?}
{真王ご自身が体内に脈をお持ちですので、それを使わせていただきます。人の身でございますから聖脈とは違って、無尽蔵とはいきません。それでも普段から備える魔力保持量は、ミツより多いのではないでしょうか。なにより質がとても良さそうですし、使用してもこの国の中であれば、ほどなく元通りに戻るように聞いておりますから}
ということは、つまりラーゴも聖域に連れ込まれて以来、真王やクロスと同じように脈の魔力を吸い込んでいるのかも知れない。
{ミツよりも? じゃあすごいことできるんじゃないの}
{とは申しましても人の身ですので、魔法道具のエネルギーぐらいにしかなりません。また国主ですので、雨乞いとか地質改良のような魔術を、行使できるとは聞いたことはあります。おそらく管理する龍脈のメンテナンスに、もっぱらお使いなのではないかと。後は一時、龍脈が滞った場所でのバックアップなどでしょうか?}
なるほど。魔力さえあれば、何でもできるというルールではないようだ。たしかに自分だって血中に保持する魔力量は、聖霊たちによると莫大なものを持つらしい。
しかし利用方法がないから人にあげるとか、魔法道具を動かすくらいにしか利用できていない、というのと同様の話だ。
{でも、どうして真王の脈が使えるの?}
{それについて、同じように拝借できるのは、陛下とお会いしたとき確認しました。でもこの理由について、わたくしが真王陛下から護衛職と認めていただいたからなのか、それとも聖脈とつながっているからなのか。そのあたり定かでありません}
なるほど、そういうものなのだろうと一応納得した。どんな魔法道具でも、魔力に不自由はしないということだ。
{じゃあちょっと考えてみるから、しばらく待っててくれる?}
{はい。いずれにしても殿下の出征までは機会がないと思いますので、それまでにご検討いただければ}
そんな簡単になんとかなるとも思えなかったが、とりあえず連絡を切って考えるラーゴであった。




