第〇一〇四話 アネクドート マフィアのナンバーワン キャプテン=ノターリン
ノターリンはマフィア・マウントースシンジケートの、スリートップと呼ばれる頂点の一人であり獣人だ。事実上ノターリンはスリートップのうち最高位にある。他の二人アサハカリアン、チャイマスクを従属させ、組織の頂点に君臨していた。
「早急に、幹部を召集セーヨ。召集可能日時が決まったら、すぐに知らせるノーダ」
獣人特有の訛りで、非戦闘系ソルジャー・ショッキーヤに幹部会議の招集を急がせる。
ユニトータのような、二次組織の一つや二つどうということはない。問題なのは組織の力が、たかだか一国の王女の護衛を敗れなかった事実だ。
いかにデバチーンの頭が緩く、棒を振る力が強いだけで成り上がった人間で、いなくなった事故が喜ばしい程度の幹部だったとしても。要は王国がマフィアを退けたと、尾鰭が付いて広まってしまうのが不具合なのだ。
そんな事態になれば、現在わが組織とせめぎあっている、他の国家勢力に不要な勢いがつく。マフィアは恐れるに足らずといった風潮が流れることで、すべての計画の進行が足踏みさせられるかも知れない。同時に征服済みの国家からも、不要な反撃の可能性を彷彿とさせてしまうだろう。
数少ない、王国への出入り口であるボコボの港。これが魔王島からの勢力圏内にあったため、今まで王国への侵攻は後回しにされてきたのだが、教会軍によって魔王は倒された。
いよいよわが組織により、北ハルンの地全土へその触手を大きく伸ばす、好機が到来したにもかかわらずだ。
あの方も、この日のために様々な布石を打ってきている。他国において、急を要し行なわれている浸食以外は、その手を止めさせてもかまわない。
今こそ北ハルン王国への攻略作戦を一気に進めなければ、現トップ層への不満が募ることも危惧された。そうでなくとも組織内は、上に立つ者の足下をさらってやろうと、狙っている輩ばかりなのだ。
( ── しかし、魔族は始末が悪いノーダ)
ノターリンは考える。獣人は、魔族と相性が良くない。
まだ脆弱でも人間に、立ち向かわせたほうがましだとノターリンは考えている。
これは獣人と、人間の基本的能力の差に帰するものだ。獣人は基本的能力が高い分、魔法や脈などの不思議力を頼まない。そうした歴史しか持たないので、脈に頼った戦い方を発展させてこなかった。
危険に対する察知能力が鋭いため、魔脈を備える魔王が宿りつく土地に、国を築いたりはしないだろう。
もし規模の小さいハザードがあるのも気付かず、たとえ領土内に魔王が蘇っても、まだまだ無力な間に滅ぼしてしまうのが族長だ。その程度のことができないなら、とても族長としては認められない。
こうして獣人という標準的な戦闘能力が高い中で、さらに自分のように優秀な個体が生まれ、自分同様に成功した。
しかし、間抜けな人間は平気で魔脈を含む、または隣接した領域を国と成す。そして百年に一度蘇る魔王を退治してきた。だが標準レベルが断然低いため、戦うにも魔法や脈の力で補強する。
あるいは圧倒的な力を授かって生まれた変異、超人や、勇者に頼ったりすることも必要だ。それらは魔族の力を上回り、魔王だけに効果を持つ攻撃力も備えていた。
(いや、獣人といっても例外もいるノーダ)
大雑把に言って獣人は家族や仲間、あるいは義理人情を重要視する精神的にひ弱な種と、そうでないまともな獣人に分けて良い。前者は家族や仲間の助け合いを基盤として、族が集まり国を作る人間と似たような集団といえよう。ここには勇者と呼ばれる存在も見受けられた。
本来いう獣人種は、組織のトップスリーこそまさに代表的なのだが、家族も種族もすべて敵と見なすものだ。そして殺るかやられるかという力のぶつかり合いで、互いを征して行く。
(その中には唯一例外もいるが、あれはそもそも獣人とはいえん。龍人などというのは規格外なノーダ)
過去にはほぼ単騎で、無軌道に暴走する魔神をも屠った龍人は、地上最強とまでいわれながら、絶滅の危機に瀕しているらしい。かなり長い間に渡ってその種の活躍は確認されておらず、おかげで自分たちの仕事も難なく進められてきた。
人間やひ弱な獣人と比べると、弱い者にありがちな特殊な力を求めてこなかった本来の獣人たち。その結果国のような組織を作らず、魔法や魔族に対抗するいびつな能力というものを持たない。それらを必要とせず戦いぬき、勝利を得てきたからだろう。
同時にそういったものに頼る闘い方を、弱い者がやることと蔑んでもきた。この結果と言えるものの、王国においては魔王の滅んだ今も、王国には魔の力が潜んでいる匂いがする。
一般的に人であれ獣人であれ、王族という存在はその種の力では到底立ち向かえないところで、同程度に脈の力の行使が可能だ。
それらは種族の生活の維持、魔族や天災、異常気象など、発揮されるよう進化してきた。戦争や野盗の撲滅、内乱やテロなど、種の本来の力で解決できることには、積極的に利用されていない。
王国側の発表を拾った報告から、デバチーンを倒したと考えられるマーガレッタという女騎士がいる。その者こそ、特別な力を備えて生まれた勇者と呼ばれる種類ではないだろうか。あるいは生まれつきの特殊能力を持つという、生来固有能力持ちかも知れない。
これもほとんど、無能な人間にこそ多く見られる特徴であり、獣人にとっては魔族同様厄介なシロモノと言えた。
(そうなると強制排除部隊だけでは、すぐに動かせる駒が少なすぎる。最近支配下に置いた精神的にひ弱な獣人の国から、殺傷能力の高い生来固有能力が、備わった猛者を誑かしてきた。王家やそいつらの親族を質にして、襲わせるのが手っ取り早いかも知れん)
ノターリンの組織に対し、麻薬強化人間や魔法武器などを提供してきてくれた、いわば黒幕。その御方が北ハルン王国攻略のためだけにと、特に念入りに手回しされてきた。そういった画策の中には、王国や王家を叩き潰してしまうほどの劇薬も含んでいるのだ。
それではせっかくマフィアが王国を食い物にできたとしても、旨味は無いではないか。かつてそうした具申は行なったものの、国が潰れたからといって国民がいなくなるわけではない、と一蹴されている。
(あの気の弱い獣人の国にも、そんな手回しがなされたノーダ。報告によると、すでに王女襲撃の後詰めの策として、うまくだましたツワモノどもをこちらへ向かわせているはず ───)
それほどあの方は、王国への怨念を持ってきたのだ。使わない手はないだろう。今は獣人のトップ幹部には手を出させず、まずは組織外の力や、人間種の生来固有能力持ち。さらには強制排除部隊を活用していこうと企てるノターリンであった。
第二章 旅支度篇




