表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/116

第〇一〇三話 真王リリアンルーン◆聖霊からの助勢賦与

 国内とはいえ、敵地同然の地へミリンが出征する。それは真王リリアンルーンにとって国歩国運にかかわると同時に、かけがえのない娘の命がかかった大決断には違いない。

 心を安らかにするため、再度礼拝室に足を運ぶ。見れば、聖火の色が赤く変わっていた。


「おや、珍しいこと」

 聖霊のほうから真王に連絡を取りたいというのは、即位以来そう何度もあった記憶がない。しかし先ほどの話を聞く限りでは、聖霊オフィサーとの連絡が取れたかも知れないと、さっそく呼び出し時の決まりごとを繰り返す。

「脈の母神、ガニメデの意志によって選ばれし真王の名において呼びかける。聖霊ノーム、折衝申請の真意をお尋ねします」

 待っていたように、間髪を入れず返事は戻ってくる。

「聖霊チーフゴースト、盟約により呼び出しを請う。なお我とともに盟友クロスも、召喚の符丁を詠唱賜りたい」

 二名の呼び出しというのも異例だと感じる真王。だが、かつてなかったわけではない。

「了解しました。 ── 脈の母神、ガニメデの意志によって選ばれし王の名によりて召喚する。聖霊主(サンガスデイ)チーフゴースト、そしてクロス、御前(おんまえ)へ」


 たちまち聖杯の前にチーフゴーストと、そのいでたちから巫女か聖女に見える子供が一人現れた。クリムよりさらに幼い見た目は、およそ十歳にも満たない少女だ。真王の姿を見ると、彼女の体には大きすぎる聖衣の裾をつまみ、ひざまずいて臣下の礼をとる。聖霊は盟約により、そのような態度は見せたりしないので、そうでないのがわかった。

「なんと人の子が?」

 坑道(ジェノモケイヴ)から伴ってくるのは聖霊しかいないという、真王の固定観念があればこその驚きだ。

「さよう、クロスと云う。わが盟友にして、王盟(モナーシン)の所望である、王国勇者様の使者だ」

「王国勇者殿の使者ですと? この子が?」

王盟(モナーシン)の推察通り、王国勇者とはかの御方が、世を忍ぶ仮の姿であった。また我ら聖霊ことごとく、御方に魂の誓いを結び、この度聖霊のドミニオンマスターにご就任いただけておる。ゆえあって王盟(モナーシン)への謁見は辞退されたが、王盟(モナーシン)への助勢賦与の証しとして助手クロスどのを遣わされた」

 『助勢賦与』という言葉を、上から目線であるように感じた真王。だが聖霊が魂の誓いを結び、ドミニオンマスターに据えた関係を聞く限り、それは聖霊の立場からの言葉であろうと黙諾する。

「こちらが先ほど話されていた、『渇仰されておられる助手』と言われたかたですか」

「さよう、御方がドミニオンマスターの地位につかれた今、クロスどのは同じマスターを持つ盟友となる。そこで我ら聖霊は王国勇者殿と王盟(モナーシン)の連絡役として、クロスどのを推挙させていただくが如何か」

「それは願ってもありません。私の近くにいていただけるのですね」

 それを聞き、顔を上げた聖少女クロスは、はじめて口を開いた。神々しくも美しい整った幼顔に、かつてだれにも奪われたことはないであろう、不自然にまでも清らかな唇が動く。まさにそこから漏れ出るのは、天使のような声だ。


「真王陛下に申し上げます。わが主様の命により、お近くに侍らせていただく件、お許したまわれますでしょうか」

「それはこちらから依頼したかったこと。よろしくお願いしますよ」

 王の傍に侍るには、あまりに可憐な少女と言えよう。だがマーガレッタの後釜という事情も考慮して、さぞかし見栄え重視だけで選ばれた聖少女であろうと納得した。

「わたくしは神の道のことしか存じ上げません。ですが主様への連絡役にあわせ、全力を持って王盟(モナーシン)の衛護にあたりたく、刻苦精励をもって精進させていただきます」

「まあ。あなたのような、小さき子に守っていただくのですか……」

 主様とやらから命じられたのかも知れないが、それはいくらなんでもおよび難い、と真王は思う。

「お許しをいただければ、神より与えられたわたくしの力を使ってよいか、主様に確認を取らせていただきます」

「クロスどのは、痴れ者のドワーフを、一撃でいなせるほどの強者(つわもの)である」

 ドワーフは人より大きく、手先は器用だがかなりの力持ちということで知られる(しゅ)だ。それをいなせるとは、おそらく舌戦の上における話であろうが、なんとも気丈な聖少女だと感心した。

 そのとき、顔の前で虫を払うようにクロス本人の手が動く。なにかいるのだろうかと、訝しく思う真王。

「わかりました。でもわたくしの身は、密かに守るものがいるのですよ。よもやあなたの手を借りることはないと思いますが、そのお気遣い感謝します。よろしくお願いしましょう」

 クロスは拝命したとばかりに、無言のまま顔を伏せた。だが一瞬、その表情に引っ掛かりが見えたのは、何やら思うところがあるのかも知れない。


「ではこれで、王盟(モナーシン)からの依頼は果たした。クロスどのは城内の聖堂にて勤められたいと望んでおられる。我らとしても、坑道(ジェノモケイヴ)につながった聖堂内にいていただけるというのはありがたい。また、勤め以外は坑道(ジェノモケイヴ)のほうで暮らしていただいていいと思っているが、いずれも王盟(モナーシン)に一任し、我らはこれで失礼する」

「検討しておきましょう。ところで、聖霊主(サンガスデイ)チーフゴースト。私はしばらく、彼女とお話をさせていただいても、よろしいでしょうか」

 チーフゴーストとクロスが顔を合わせ、頷くとチーフゴーストが答えを返す。

「問題ないと言われている。では先に、我だけを戻されたい」

「チーフゴースト、今回のこと深く感謝いたします」


 真王が呪文を唱えると聖霊主(サンガスデイ)の姿は消え、後に一人残ったクロスに真王は声をかける。

「ではこちらへ、クロス ……」

「ただのクロスで、十分にございます。本日より、僕べの一人としてお扱いください」

「わかりました。ではこちらへクロス、あなたには聞いて欲しいことがあります」

 クロスを立たせると、本当に美しい。幼いながら、その神々しさはまぶしいようだ。真王は聖霊の推挙もあってなんらの疑いも持たず、先ほど(らい)レオルド卿と話していたテーブルに座らせる。そして今までミリンと交わした国状、レオルド卿と話し合った決断をクロスにも詳しく伝えた。


「クロスはどう思いますか?」

 すると真意が伝わらなかったのか、真王が尋ねたかったミリンの決断や、勇者(ブレイバリーズ)への『お慕い』についてではない。別の着眼点からの意見が帰ってくる。

「恐れながら陛下、わたくしは今日の襲撃を聞いて、殿下の身近にも間者がいるかも知れないと感じました。なぜあの場所、ああした時間が分かったか、不思議に思っております。たとえば麻薬を使うことで、人間はどんなふうにも操作可能なのでしょうか?」

 それは、こちらの気を許した者の中に内通者(スパイ)がいたから、ミリンがあのような襲われ方をしたという示唆であった。

「わかりません。でも、たしかに見落としておりました。ミリンが城外へ出ると言ったのは、今朝突然のことです。それも昨夜、ミリンの筆頭メイドだった五女を連れ帰った公爵が、明日にも娘を連れて自領へ戻ると知ったから。その前から何かの準備を施して狙ってきたとしても、あのタイミングはあまりにも用意周到すぎると感じられますね」

 メイドであったグラリスの引退は、知られていた情報だろう。しかし彼女を里に連れ帰る予定は、対魔王軍(ディアポロリウム)戦で居残った公爵が評議に登城したため、急に持ち上がった話だ。

 前夜にミリンは、自分たちと打ち合わせにかまけて、就寝時間がはなはだ遅れた。朝になってグラリスが見えなくなっていたのに気づき、これに逢うため公爵邸へ行きたいと表明したのは、たしかに突然である。

 本件の経緯の中に、そもそも公爵自体、本日は王都郊外で最後の予定が入っていたという報告があった。それがミリンの訪問の知らせを受け、予定を変更して待機してもらえたようだ。

 ミリン訪問の知らせが来たときも、侯爵本人が在邸だったのは、評判の悪い侍妾がグズグズと引き留めたかららしい。つまり間に合ったのが奇跡的な偶然、と小耳に挟んでいる。

 しかも昨夜、ティーブレイクでの公爵との会話を打ち切ってなければ、ミリンも昨夜のうちにグラリスの予定を感知しただろう。そうなれば眠気に襲われる前に本人を呼び出して最後の挨拶も済ませ、本日の外出はなかった可能性もあった。

 明日にも里帰りしてしまうはずの公爵令嬢グラリス。彼女とミリンが、昨夜挨拶していないと知る者は、あの場に残った自分と夫レオルド卿、そして公爵と当のグラリスくらいだろう。あるいはそのうちのだれかが、漏らしたかも知れない周囲の者、ごく一部に限られた。

 しかもそんなグラリスは、アンフィシアターのテロ事件を聞いてすぐに公爵とともに登城し、ミリンが心配でまだ下城していないと聞き及んでいる。


「すでに殿下の周囲は、情報の上でも危うい状況と考えて、間違いございませんでしょう」

「そんなミリンを、外に出しても大丈夫でしょうか?」

「もちろん、そのときは主様が万全を期し、殿下の御身を擁護されるとおっしゃっております」

 そこまでミリンを気遣ってくれる『主様』の意図はどこにあるのか、真王としてはもっとも気になるところだがここはぐっとこらえた。

 聖霊があれほどの信頼を寄せる偉人であり、ミリンまたは関係者に対する『つきあい』だけで、これほど尽くしてもらえているのだ。その下心を勘ぐるのは、あまりにも失礼に当たる。

「もしミリンが王城から離れるなら、城内の最精鋭戦力をつけてやるつもりです。そのときは、この城内が手薄となるでしょう。クロス、私を守ってくれますか?」

「もちろん、主様に代わってお仕えします」

 先ほどの『全力を持って、衛護申しあげる』発言に調子を合わせただけの ── 巧言だった。だがそれにも、再び自信たっぷりの答えが返ってくる。ミリンはもちろん、クリムよりもまだ一~二歳幼く見える聖女。そんなクロスに期待できるのは、闇の組織より魔のものでも侵入したときの、アラーム程度と思われた。

「聖霊たちはあなた方 ── クロスとあなたの主殿に、絶大な信頼を寄せております。私もクロスとお話しして、それもわかるようには思うのですが ── 。ところでクロスは、先ほどから何をしているのですか?」


 たしかチーフゴーストがまだいたころからだ。自分の身を守ると宣言して以来、クロスは時々飛んで来た虫を払うかのように、顔の前で手を動かしている。それが今、頻繁になった。

「いえ、とくに何もないのですが。ちょっと……」

「虫でもいるのですか? 私には見えませんが」

 その声に呼応したようにクロスは人差し指と中指を親指でパチンとはじく。すると真王の後ろにすっと影鍬(かげくわ)のカゲイが姿を現し、急にクロスの奇妙な動作が止んだ。

「なにごとです、カゲイ? 上奏を、許可します」

「影の禁に真王陛下の允許を賜り、謹んでご奏上を申し上げまする。お騒がせ申しあげ、たいへん申し訳ございませぬ。その新参者が、子供の分際で王の身を守るなどと、暴言を吐いたためデコピン代わりに、オデコへ礫を飛ばしました。だが悉く止められ、ついムキになって本気の礫を放っていたのでございますが……」

「それもすべて、クロスに止められたのですね」

 なるほど、先ほど最初に虫を払うようにした後、『手を借りることはない』と断った言葉に、承服し兼ねた様子を見せた理由(わけ)が分かる。自分に礫すら当てられない影鍬(かげくわ)に守りきれるのか不安だ、という意図も推察できた。


「面目次第もございません。この上は里に戻って修行をやり直し……」

 影鍬(かげくわ)カゲイのショックはわかるが、相手はわずか十歳ほどの身。それでもこれだけ立派に自分を守り抜くと、国王へ直接宣言できる強者(つわもの)である。

 ドワーフをいなしたというのも、決して口先のことではないのかも知れない。今は、カゲイも同じ思いであろうが、真王もクロスの実力を侮っていたと反省する。

 聖霊を経由し教会勢力(カルタシーズ)とのコネで仕入れた情報があるのだろうか。そこからマーガレッタの後釜として、さぞかし配下の中でもトップレベルの者を遣わせられたもの、と確信した。


「よろしいのではないでしょうか。クロスはハナカゲやヒカゲが勝てない敵を、ひとりで殲滅した王国勇者殿の使者というのですから」

「そうでござり申した。職務上知り得た秘密は、忘れるよう務めておりますゆえ」

 つまらない嘘を言う、おそらくそれは知っていて腕を試したかったのだろう。いや確認したかったのは、本人がドワーフをいなしたというほうとも思えた。だがカゲイがその腕を認めたとなれば、自分の傍に置く説明を至高評議(カウンシル)で行なうにも問題はなさそうだ。

「でも私を守るという言葉には、反応せざるを得なかったのですね」

「お恥ずかしい限りでございまする。さらに精進をいたします。クロスどのには、失礼を申し上げ奉った。心強きお味方。これからも陛下の身辺警衛に、ご協力を嘆願申し上げる」

「若輩のわたくしを、そこまで認めていただき感謝いたします。皆様にも、神のご加護のあらんことを」

 幼いクロスのなんともしっかりした言葉。それを聞き真王は、『神より遣わされた聖女』とは、まさにこの娘を指して言うのだろうと感銘する。


 そしてこうした気高い者たちが、『魂の誓い』により多数傅いているという神格的隠君子、王国勇者にますますの信頼をおくのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ