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第〇一〇二話 真王リリアンルーン◆次代王の決意と両親の思い

 真王リリアンルーン陛下に対し、王国勇者に助けられた話が一段落したミリンは、レオルド卿から聞いた内容を話してきかせる。

「ここからの話は、決して夢物語にございませんのよ」

「まあ、怖い顔」

 ちゃかしたのが失礼なほど真顔なミリンの心配は、前回会議で話題に上がった王国の問題、その中でも闇の組織の台頭についてだ。麻薬を持ち込まれた国がどのような事態になって行くか。そしてそれに抵抗した為政者(プリンセブス)が、マフィアの手によって排除されることもあると話す。


 今回、マフィアの暗殺部隊がミリンを亡き者にせんと、大々的に事件(こと)を起こした。これは王国に手を伸ばしてきたマフィアが、自分たちの邪魔になれば容赦しない。

 そういう見せしめを、まずミリンの血で示すために行なったものと見ていいだろう。それを阻まれたマフィアは、これからも執拗に、また徹底してミリンの命を狙うはずだ。

 たとえすぐには似たような事件を起こさなくとも、毒物を使った暗殺や、事故に見せかける可能性もある。自然にマフィアが崩壊したり、王国をあきらめるはずはないのだから。そういう椿事でも起きない以上、ミリンは一生自分の命が狙われていると、怯えながら生きて行かなければならない。

 もちろん王座を継ぐと自覚したときから、そうした道であるのを薄々理解させてはきた。とはいえ明確に自分の命を狙ってくる、見えない敵の暗躍には、年頃の娘の神経をすり減らしてしまうのだ。しかも自分だけではなく身の回りの、力ない者を危険に晒す心配もある。それが一番、王の座に就いたミリンを屈服させるには効果的かも知れない。

 本日マフィアを撃退した勢いに乗り、幸い国内に(とど)まる大陸一の勇者(ブレイバリーズ)ゴードフロイと教会軍(カルタジニアス)の協力を得て戦うことは可能だ。今なら水際でマフィアを食い止め、そいつらの手足として働く、国内組織をも壊滅させられるだろう。その上で国内の治安を安定させ、二度とそうした輩が入ってこないよう官民一体となって、不逞の輩を排除しなければならない。それができなければ、王国の未来もないと思えた。


 そう真王に説明し終わると、自分の決意で言葉を結ぶミリン。

「マフィアの下部組織、ユニトータの勢力下におかれているという、ボコボの港の治安を回復するため、現地に赴きたいと思いますわ」

「ミリン、あなた……」

 その言葉が示唆する未来に待つのは、闇の組織との全面対決だ。

 真王は、今日のところ考えさせてほしいと言い、ミリンに部屋へ戻って休むよう告げる。

「今日は疲れたでしょうしね。 ── あっ、それとミリン」

「何でしょうか、陛下」

「その……あなた、もしかして……」

「なんですか、真王陛下らしくもない。はっきりおっしゃってくださいませ」

「あなた、お慕いする御方でもできたんじゃないかと思って」

「オシタイ ─── 好きな方ですか?」 いささか驚いた声を上げるミリン。娘の一瞬の躊躇に、これは図星なのだろうか、と真王は気をもむ。「そうですね、今日一番の働きをしたラーゴがますます大好きになりましたわ」

 そう言えば、ラーゴを守るために勇気が出たとか言っていたような覚えがあった。こちらの気も知らず、顔も見たことがないらしい王国勇者というならまだしも、トカゲではおとぎ話にもならない。もうこの話は終わりにし、衛士を呼んで従えさせ、自室へ引き取らせる。


 もちろん今日の事件から、秘密裏に王家暗殺を(くわだ)ててきた、マフィアの恐ろしさは理解しているつもりの真王。たとえゴードフロイの軍がいかに強かろうと、卑劣なやつらの魔手から、ミリンを完全に守りきれるのか。おそらく敵は、今回自分たちが退けられたことを、痛恨の極みと思っているに違いない。

 すでにミリンの急報を聞きつけ、王城にレオルド卿も飛んできた。彼の言では、今までマフィアの暗殺がこれほど大々的に行なわれ、そして失敗した例などかつて覚えがないと云う。

 ミリンの身が無事であることも含め、たしかにマフィアの攻勢に対する王国の反撃として、素晴らしい成果ではあった。

 しかし、敵の立場に立って現状を見るならどうか。世界中に暗躍、あるいは今なお多くの場所で、汚い手を伸ばし続けるマフィア。やつらにとってこの失敗は、闇の社会における活動の妨げになるものと捉えるだろう。

 おそらく今回の事件の失敗を、塗り替えるほどのマフィアの力を見せつけるため、全力挙げてかかってくると考えてよい。具体的には、多くの兵に守られている万全の王女ミリンを抹殺するような、未来の王国に輝く希望の滅尽といったあたりだろうか。

 そのためにはどんな手段を使って襲ってくるか、真王には予想すらできなかった。であるからこそ国力を充実させ、王国全体の力でマフィアを国外へ追放。同時に手足となっている国内組織ユニトータを、完膚なきまでに壊滅させない限り、ミリンの命は風前の灯といえよう。それは理解できる。座して待つのは、死を意味すると真王も十分わかっていた。


「聞いていらしたのでしょう? あなたはどう思われますか」

 娘の急報を受け、飛び込んできて以来ずっと別室で、下からの報告などに耳を傾けていたミリンの父、レオルド卿に声をかける。

「僕は反対だよ。当たり前じゃないかね。かわいい(むすめ)を、モンスターの闊歩する草原エリア(ゲバラゾーネ)へ置いてくる親がどこにいる?」

 真王は、レオルド卿が潜んでいた別間に入って行く。

「でも、あなたもわかっておいででしょう? このまま放置してもミリンは……」

「たしかにここにいても、ずっと狙われ続けるかも知れないよね。しかし、ボコボの港はきわめて危険だ。あそこと密接な関係にある共和国のモーイツ港では、完全にマフィアが街を乗っ取ってしまったと云う噂も聞こえてきた。ミリンが行くとわかったら、そこにどんな手練れを用意するのも容易(たやす)いんだよ。やつらは軍ではないんだ。しかも市民の暮らす街の中、はたしてゴードフロイの軍で戦えるんだろうか」

「それには私も、疑問があります」

 苦戦どころか、市民と悪漢の違いすらわからない。善良な市民の中にも、すでに闇の組織の支配する社会へ取り込まれてしまった者もあろう。さらには麻薬などで人知れず、魂を売った者も混ざっているかも知れないのだ。

 勇者(ブレイバリーズ)やマーガレッタはともかく、そういった嗜みのないミリンなど、寝首を掻かれるおそれはゼロではないと思われた。大きな戦いで一本取っても、小手先の一服を盛られただけでこちらの大敗は確定する。

 無辜の市民が生活する都市から、一人残らず悪漢だけを見つけ出して成敗するなど、神の手でもなければ不可能なのは間違いない。


「今日の事件でも、王国勇者だったか ── その者の働きがなかったら、ミリンの命は消されてしまったのだろう? いや、ミリンだけではない。ミリンの周りに侍る、すべての者の命が危険にさらされているんだよ。我々が戦ったことのない、武器や手段を弄して襲って来るんだ」

 父としてのレオルド卿の気持ちは痛いほどわかるが、ミリンはもともと王として生まれた子である。

「それでもあの子は行くつもりです。ここに留まっては、勝機がないと信じて」

 そんなことは、レオルド卿も理解できたものと分かっていた。それが王として生まれた、娘の決心と言っていい。しばらく考えた卿は、真王に尋ねてくる。

「少なくとも、マーガレッタをつけてやることはできないか? 僕も、できる限りの支援をしよう。今王都にいるものに限りはあるが……」

 もちろんレオルド卿とても、敵の標的になりうるのだ。しかも王都の所用が終わった卿は、まもなく地元に帰省するだろう。地領を維持する、貴族の義務としての帰郷と、娘の命。どちらが大事かといえば言うまでもない。

「もちろんそうしたいところですが、王城の守りはどう致しましょう。後顧に憂いがあると知れば、ミリンも心配を抱いて出ることになります」

影鍬(かげくわ)の総動員によってきみを守らせ、後は近衛隊に任せるしかない。今の王国にとって、ミリンは消してはならない希望の光だ」

「たしかにそうですね、わかりました」


 夫婦ともに、娘の門出を決意し腹がくくれると、レオルド卿は忙しく立ち去っていく。すぐにも、ミリン支援の選抜を行なうためだ。

 卿の腹心のうちマーガレッタやゴードフロイなどにも、匹敵するような能力者をあげるなら、真王の知る範囲では術者に違いない。レオルド卿は魔術師と言っているが、実際のところ教会(エクレジア)に気遣って、王侯貴族なら雇わない魔法使いである。



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