前夜
夜は更け、
空を無数の星が覆う。
武人の城にはややそぐわぬ、
彩り鮮やかな庭園の隅で、
王子は独り震えていた。
令嬢は普段と変わらぬ様子で
王子に近付く。
「こんなところにいらっしゃったのですね」
令嬢を見上げ、
青白い顔で王子は言った。
「だ、誰にも言わないでくれ!」
令嬢は否定も肯定もせず、
静かに問うた。
「おそろしいのですか?」
「おそろしいとも!」
間髪を入れず王子は答える。
瞳は不安に揺れ、
声はかすれていた。
「私は戦いにはまるで向かん!
剣の才も用兵の知識もない!
こんな私が王になって
うまくいくはずがなかろう!」
王子は頭を抱えてうつむく。
「……王になれば、
私は兵たちに命じなければならん。
戦えと。
殺せと。
勝利のために命を捨てよと。
だが、
私の采配で勝利など掴めるのか?
意味のない死を
皆に強いるだけではないのか?
何よりおそろしいのは、
兵を、
民を、
無駄死にさせることだ!」
王子は我が身の消えよとばかりに
身体を丸め縮めている。
令嬢は無表情に王子を見下ろした。
「王家の血とはそういうもの」
刃で切りつけるように
令嬢は王子に凍てつく言葉を放つ。
「王とは民の屍の上に立つ者。
無数の命を踏み越えて顧みぬ者。
自らの描く未来のために、
他者の犠牲を厭わぬ者。
王の成功の報酬は王の輝き。
王の失敗の代償は民の破滅。
望むと望まざるとに
関わらず」
令嬢は懐から短剣を取り出し、
王子の前に放った。
短剣が地面に落ちる鈍い音に、
王子は縮こまったまま
びくりと身体を震わせた。
「血は呪いよ。
その血のある限り、
お前は王にならねばならぬ。
それを拒むと言うなら、
その短剣で自らの喉を突くがいい」
王子は青白く怯えながら
顔を上げて令嬢を見る。
令嬢は何の感情もなく
王子を見据えている。
王子は地面に横たわる短剣を
カタカタと震える手に取った。
鞘を払われた短剣の刃が
月光を反射する。
王子がゴクリと唾を飲み込み、
刃を自らの喉に押し当て、
そして――
「……うぅ……」
王子の目から大粒の涙がこぼれる。
短剣が手から滑り落ち、
地面に乾いた音を立てた。
王子は自らの肩を抱き、
大声で泣いている。
令嬢の顔に、
かすかな憐憫と同情が浮かんだ。
「今はお泣きなさい。
明日からは
涙を見せるなど
許されぬのだから」




