生きる
「まあまあまあまあ。
その辺にしときなさいよ。
貴族相手に手を上げて、
未来の自分がどうなるか
分からんほどバカじゃあるまい?」
男は詐欺師に顔を向ける。
その瞳には怒りと、
かすかな迷いと恐怖がある。
詐欺師は男の拳を強引に開かせると、
素早く数枚の銀貨を握らせた。
「ここはこれで収めましょうよ。
お互いのために、ね?」
男は舌打ちをして詐欺師の手を振り払うと、
「そのガキは今回が初めてじゃねぇ。
あんたらが甘やかしたところで、
必ずまたやらかすだろうぜ」
そう吐き捨てて去って行った。
令嬢は振り返り、
うずくまる男児に手を差し伸べる。
「大丈夫?
怪我がないか、
見せてごらんなさい」
令嬢の手が男児に触れた瞬間、
男児の身体がビクッと震え、
這うように令嬢から逃れる。
手の届かぬところまで離れ、
激しい敵意の眼で令嬢を睨みながら、
男児はゆっくりと立ち上がり、
やがて背を向けて走り去った。
その手に、
土にまみれたパンを抱えて。
男児の行動が予想外だったのか、
令嬢がポカンとした顔で
男児の去った方向を見つめる。
踊り子が不満そうに口を尖らせて言った。
「お礼ぐらい言ってくれてもいいのに」
詐欺師は苦笑し、
踊り子をなだめる。
「そう言ってやるなよ。
アイツにとっちゃ、
世界の全てが敵なんだろう。
簡単に他人に心を許すようじゃ、
生きちゃいけないのさ。
感謝なんてのは、
生きることに余裕があって初めてできることだ」
少年は複雑な表情を浮かべ、
わずかに目を伏せた。
「お怪我はありませんか?
お嬢さん」
詐欺師が営業用の笑顔を張り付け、
令嬢に声を掛ける。
勇敢で、気高く、美しい。
流れるように美辞麗句を量産する詐欺師に、
令嬢は戸惑っているようだった。
詐欺師から漏れ出る下心を見かねた踊り子が
口を挟む。
「立ち話もなんだからさ。
どっかに入らない?」
踊り子の視線の先には一軒の酒場がある。
踊り子の意図を察して、
少年は苦笑した。
「おっと、これは気が付きませんで」
詐欺師が芝居がかった仕草で令嬢をエスコートし、
一行は酒場へと入った。




