令嬢
若い男はパン屋からの帰りであり、
男児はその男からパンを盗んで逃げた。
男は逃げる男児に追いつき、
襟首をつかんで持ち上げると、
勢いよく地面に叩きつけた。
そして、
痛みに呻く男児に蹴りを入れようとしたところで、
それを令嬢に阻まれた。
男は苛立ちを隠そうともせず、
男児を睨みつけながら令嬢に言った。
「あんたは盗人をかばうのか?
このガキは俺からパンを盗みやがったんだぞ?」
令嬢は首を横に振り、静かに答える。
「罪にはそれにふさわしい罰があります。
相手が罪を犯したからといって、
何をしても良いわけではありません」
男は地面に唾を吐くと、
怒りの眼差しを令嬢に向けた。
「正義ゴッコはヨソでやりな。
あんたみたいないいご身分の人間にゃわかんねぇだろう。
パンひとつ盗まれただけで、
庶民の生活がどれだけ苦しくなるかなんて」
令嬢は気丈に男の眼を見つめ返している。
「身分がどうであろうと、
富裕であっても困窮していたとしても、
人が人として守らねばならぬ倫に変わりはありませんわ」
男は苛立たし気に息を吐くと、
「そこをどけ」
低く物騒な響きを帯びた声を令嬢に放った。
しかし令嬢は頑なに首を振る。
頭に血が上ったか、
男は右手を振り上げて叫んだ。
「痛い目に遭いてぇか!」
男の拳が令嬢に向かって振り下ろされる。
そして、令嬢の頬をその拳が捉える、その寸前。
詐欺師の手が男の手首をつかんだ。




