譲歩
豹人は少年の前に進み出ると、
膝をつき頭を垂れた。
「虫のよい話と承知しているが、
そこを推して申し上げる。
この御方は我らにとっても
大切なのだ」
背後に控える魔物たちも
それぞれに身を伏せ、
あるいは頭を下げている。
魔物も誰かを『大切』に思うのだと
そう告げられたことは、
少年を動揺させているようだった。
豹人は床に目を落としたまま
言葉を続ける。
「我らの支配が理不尽でなかったことは
その男が証明してくれよう。
本来我らが刃を交える必要はなかったはずだ。
まして今回のそちらの勝利、
薄氷を踏むが如きものと理解しているのだろう?」
詐欺師がわずかに苦笑いを浮かべる。
もう一度戦えば勝てない、
それをはっきりと自覚しているのだ。
少年は強く剣を握り締め、
奥歯を噛んで、
絞り出すように言った。
「……夜が明ける前に町を出ろ。
それが最大限の譲歩だ」
「いけません!」
少年の言葉を
令嬢が強い口調で遮る。
「ここで彼らを逃せば、
予言の勇者は
魔物の支配を容認したと
捉えられかねない!
魔物は斬らねばなりません!」
悲鳴に似た令嬢の声を
しかし少年は無視して、
黒騎士や豹人から目を逸らした。
「行け!
こちらの気が変わらぬうちに!」
令嬢が顔を白くして
唇を噛む。
黒騎士は立ち上がり、
少年に言った。
「感謝する、
とは言うまい。
その代わり、
夜明けまでの撤退を
約束しよう」
黒騎士が少年たちに背を向け
部屋の入り口に向かって歩き出す。
豹人が切り落とされた黒騎士の右腕を拾い、
後に続いた。
ふと黒騎士が足を止める。
「最後の連携、
見事だった」
詐欺師は肩をすくめた。
「大技を使う体力が
残ってなかっただけさ」
楽しげに笑い声を上げ、
黒騎士は部屋を後にした。
潮が引くように
魔物たちの気配が消える。
己の判断は正しかったのか、
少年の顔に葛藤が浮かぶ。
令嬢は消えた黒騎士の背を
苦々しくにらんでいた。




