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風の賢者

 光が晴れ、

 詐欺師はかざした手を降ろした。

 風が背後から奥に向かって

 穏やかに流れている。

 詐欺師は巨大な広間の入り口にいた。

 壁は自ずから光を放ち

 広間を淡く照らす。

 彼の足元に

 女王が横たわっている。


「おい!」


 詐欺師は慌てて女王を抱き起こした。

 吐息と体温を感じ、

 詐欺師は思わず安堵のため息を吐く。


『案ずるな。

 眠っているだけだ』


 広間の奥にわだかまる異形の気配が

 どこか歪な揺らぎを伴う声を上げた。

 詐欺師が声の主に目を向ける。

 そこには巨体をやや窮屈そうに丸めた、

 鮮やかな翡翠色の鱗を持つ竜の姿があった。


「あなたが、

 風竜王か?」


 詐欺師が張りつめた声で問う。

 どこか苦笑気味に竜が答える。


『そう固くなるな。

 取って食おうというわけではない』


 思いのほか砕けた竜の様子に

 詐欺師は拍子抜けしたような顔になった。

 威厳も威圧的な雰囲気もない、

 妙な人間臭さのようなものを感じる。

 しかし風の塔にいる以上、

 この竜が風竜王であることに間違いはなかろう。

 詐欺師は表情を引き締めた。


「試練はどうなった?

 彼女は『風の賢者』になったのか?」


 女王は深い眠りの中にあり、

 目を覚ます気配もない。

 風竜王は器用に前足であごを撫で、

 ふむ、と唸った。


『実を言うとな、

 どちらでもよいのだ』


 詐欺師は眉をひそめる。

 風竜王は気にするふうもなく話を続けた。


『結局のところ、

 儂が気に入るかどうか、

 だからな。

 その娘を嫌う理由も無し、

 加護が欲しいと言うなら

 与えて構わん、

 のだがなぁ』


 風竜王は思案げに中空を見つめる。

 詐欺師は次の言葉を待った。


『その娘が加護を得れば、

 魔物を退け

 能く国を治めるであろうよ。

 だがそれは

 娘の心を縛る鎖ともなろう。

 国をまとめねばならぬ。

 民を導かねばならぬ。

 ならぬならぬと

 自らを追い詰める、

 そういう危うさを持っている。

 加護を与えた娘が

 不幸になってしまうのは

 少々忍びない』


 詐欺師は腕の中の女王を見る。

 かつて周囲に甘えていた末姫が、

 ずいぶんと頼ることが下手になった。

 彼女が風の賢者になり、

 その力と立場に

 押しつぶされてしまう姿は

 容易に想像できることだった。

 風竜王は

 彷徨わせていた視線を詐欺師に向け、

 おもむろに言った。


『お主がやらんか?』

「は?」


 風竜王の軽い提案に

 詐欺師は思わず甲高い声を上げる。

 風竜王はもっともらしい顔を作ってうなずいた。


『お主が風の賢者となり

 その娘を助ければよい。

 剣の誓いを果たすは今ぞ、

 彼女の騎士よ』


 詐欺師の顔が引きつる。

 闇の中での出来事が試練なら、

 風竜王は全て知っているのだろう。

 詐欺師は風竜王を睨んだ。


「断ると言ったら?」

『その娘に加護を与えるだけよ。

 今この国に

 風の賢者は必要ゆえに』


 詐欺師はギリリと奥歯を噛む。


「四元の一つを司る偉大な竜王が

 卑小な人間を脅すかよ」


 風竜王の目が楽しげに笑う。


『脅すとは人聞きの悪い。

 最後はお主の選択よ』


 詐欺師は風竜王を睨む目に力を込めた。

 風竜王は平然と詐欺師を見返している。

 両者はしばし視線を交わし、

 詐欺師は大きく息を吐いてうなだれた。


「……わかった。

 やってやるよ、

 風の賢者を」


 風竜王は満足そうにうなずく。


『風は自由に吹くものだ。

 義務や責任に縛られては

 流れも澱むというものよ』

「脅しておいて

 よく言う」


 詐欺師は呆れ顔で風竜王を見る。

 風竜王はにやりと口の端を上げた。


『何に囚われるか、

 それを選ぶこともまた

 自由なのだよ、

 人間』


 風竜王の瞳が妖しい光を帯びる。

 風が、強く吹いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉『何に囚われるか、それを選ぶこともまた自由なのだよ、人間』  ああ! 重い! 何とも重いです! 
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