試練~女王の場合~
――カツーン
硬質な靴音が自身を追い越し、
はるか先へと流れていく。
無明の闇は自分の指先さえ
見ることを許してはくれない。
風の流れる方向だけが
女王に進むべき道を示していた。
本当に先に進んでいるのか、
それともただ足踏みをしているだけなのか、
それさえも定かならぬまま、
女王は必死に足を踏み出していた。
すぐ隣にいるはずの
詐欺師の気配だけが
女王を支えている。
――カツーン
詐欺師の靴音が女王のそれと重なり、
闇の中に反響する。
かすかに呼吸が聞こえる。
鼓動が、聞こえる。
今、
隣にいる。
――カツ
不自然に靴音が途切れ、
女王はハッと息を飲み
足を止めた。
隣にいたはずの気配が
消えた。
女王の身体がかすかに震え始める。
『その後、
お姫様と騎士は
どうなったの?』
遠くから
幼い子供の声が聞こえる。
『騎士は生涯お姫様に仕え、
よくお姫様を助け、
国をよりよく
豊かにしたそうですよ』
子供に応える
青年の声が聞こえた。
今よりも
少し若い声。
『結婚しないの?』
子供が不満そうに口を尖らせる。
そう、
そのとき彼女は口を尖らせ、
青年は困ったように頭を掻いていた。
闇の中に自ら光を放って、
一人の少女の姿が浮かび上がる。
それはまだ幼き日に、
何も知らず笑っていられた
女王自身の姿だった。
青年の困った様子が気に入ったのか、
屈託ない笑顔を浮かべて
少女の姿は闇に溶けるように消えた。
『わたくしを、守って。
わたくしの騎士よ』
再び少女の声が闇に響き、
淡い輝きと共に姿を現す。
少女の目は心細げに震えていた。
少女の不安をかき消すように
青年は『もちろん』と微笑んだはずだ。
女王が唇を噛んだ。
少女の輪郭がぼやけ、
再び闇に消える。
『どうしていなくなったの?』
また現れた少女は
両目いっぱいに涙を溜め、
スカートを握り締めていた。
女王は固く目を閉じる。
どうしていなくなったの?
それは再会してなお
問うことのできなかった言葉だった。
嫌いになった。
愛想が尽きた。
守る価値がなくなった。
もしそうはっきりと言われたら――
『もう守ってくれないの?』
「そうだ!」
女王はたまりかねたように
強い苛立ちを叫んだ。
少女が女王に顔を向ける。
『どうして?』
「守られることを当たり前と
甘えていたからだ!
守られるにふさわしい価値を
示すことを怠ったからだ!
自分では何もせず、
ただ望むだけだったから!!」
『むりだよ。
わたしにはなにもできない』
「それが甘えだと言っているんだ!!」
女王は身を乗り出し、
叩きつけるように言葉を放つ。
「自分の無力に甘え、
お前は何もしてこなかった!
彼はいつでも助けてくれると、
バカみたいに!
だから見捨てられた!
当然だ!
何の価値もないものを守る愚か者など
この世にはいない!」
『でも、
まもってくれるって
いったよ?』
「その言葉に縋りついた怠惰の結果がこれだ!
約束は無条件に守られるわけではない。
彼はこの国の姫を守ると言ったのだ!
この国の姫にふさわしい価値を示してこそ、
約束は守られる!」
少女は口を閉ざし
うつむいた。
目に溜めた涙がこぼれ落ちる。
女王はなお
激しく少女を睨んでいた。
「私はこの国の王だ!
たとえ飾り物と言われようと、
私にはこの国を導く義務がある!
私は国をまとめねばならぬ!
私は魔物どもを退けねばならぬ!
私は民に幸福をもたらさねばならぬ!
そうでなければ――」
女王の目から一筋の涙がこぼれる。
「――私は、また、失ってしまう――」
少女は顔を上げ
女王を見つめる。
そして少女は、
哀しげな表情を残して
闇に消えた。
あふれる涙を拭いもせず、
女王は少女の消えた闇を
睨み続けていた。




