表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/289

 夜、

 詐欺師は女王の私室に召され、

 渋い顔をしていた。

 私室の入り口には

 見覚えのある顔が

 影のように控えている。

 かつての部下、

 無口だが信頼に足る男だ。

 数年ぶりの再会にもかかわらず、

 男はピクリとも表情を動かさない。


「強引な方法で連行したことは

 謝罪します。

 副長は、

 ああいう人だから」


 玉座にあるときとよりも

 幾分柔らかい口調で

 女王は軽く頭を下げた。

 詐欺師の渋面の理由を

 誤解しているのだろう。

 詐欺師を詐欺に掛けた将のことを

 女王が副長と呼んだことに、

 詐欺師は苦笑いを浮かべた。

 その目を懐かしさがかすめる。

 詐欺師は首を横に振った。


「女王の地位にある者が

 簡単に頭を下げるものではありません」


 よそよそしい建前は

 女王の不興を買ったようだ。


「他人行儀だわ」

「他人ですよ。

 元々ね」


 詐欺師は上辺だけの微笑みを浮かべ、

 女王は不満げに口を閉ざした。

 王女と王室警護隊長。

 女王と詐欺師。

 二人の関係を表す言葉に

 感情を伴うものはない。


「ご用件を」


 詐欺師は事務的に促す。

 女王は軽く息を吐き、

 真剣な表情を詐欺師に向けた。


「戻ってきてもらいたいの。

 我が国はあなたに

 将軍の地位を与える用意がある」


 詐欺師は答えない。

 女王は続ける。


「予言の勇者の従者だったことは

 むしろ好条件だわ。

 予言の勇者の噂は

 この国にも広く伝わっている。

 反対する者もいるでしょうけど、

 民に支持が得られれば

 押し切ることは可能よ」

「お断り申し上げる」


 熱を帯びかけた女王の言葉を

 詐欺師は冷たく切り捨てた。

 深く傷ついたというように

 女王の表情が凍る。


「……どうして?」


 女王が問う。


「出奔した騎士に

 望むべくもない待遇でしょう!?

 いったい何の不満があるというの!」


 その表情が怒りに染まる。

 詐欺師は無言だった。


「父が死に、

 この国はバラバラになった!

 皆は保身ばかりで、

 誰もこの国のことを考えない!

 私が即位したのも

 諸侯が互いに牽制し合った結果よ!

 分裂を回避するためのお飾り。

 でも、

 それでも!」


 女王は詐欺師を鋭くにらんだ。

 すべては詐欺師のせいだと

 言わんばかりに。


「私はこの国を導かねばならない!」


 そこまで言って

 女王は大きく息を吸い、

 深く吐き出して感情を整えた。


「……味方が必要なの。

 実力を備え、

 信頼できる味方が。

 国をまとめ、

 魔物を打ち払うために、

 貴方の力を貸してほしい。

 どうか、

 お願い」


 懇願するように

 女王は詐欺師を見つめる。

 しかし詐欺師の表情は動かない。


「お断り申し上げる」


 女王の顔は蒼く、

 その身体が小さく震えた。

 かすれる声で女王はつぶやく。


「……私はもう、

 貴方が剣を捧げる価値のない

 人間なの?」

「そうじゃない」

「だったら!」


 強く拳を握り、

 女王は叩きつけるように叫んだ。


「貴方がいなくなって、

 私が、

 どれほど――」


 女王の両目から

 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 地位も責任も剥がれ落ちたその表情は、

 かつて詐欺師が剣を捧げた

 一人の少女のそれであった。

 詐欺師は冷酷なほどに

 無表情に告げた。


「悪いが、

 女の涙に動揺するほど若くないのさ。

 用件がそれだけならば

 これで失礼する」


 形式的に会釈し、

 詐欺師は女王に背を向けた。

 女王は涙を拭うこともなく

 詐欺師の背をにらみつける。

 部屋を出ようとする詐欺師に

 護衛の騎士が声を掛ける。


「陛下を責めるは筋違いというもの」


 詐欺師は足を止めて答える。


「女王が国そのものなら、

 同じことだ」


 騎士は

 呆れとも嘆きとも咎めともつかぬ口調で

 独り言のようにつぶやいた。


「貴方は潔癖に過ぎる」

「お前たちが柔軟過ぎるだけさ」


 軽い口調とは裏腹な

 冷たい眼差しで、

 詐欺師は部屋を後にした。

 女王の押し殺した嗚咽を、

 詐欺師の閉めた扉が遮り、

 詐欺師の靴音だけが廊下に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ