幸福値
初めての投稿になります。
よろしくお願いします。
1
「ついに完成したぞ」
白髭を蓄え白衣を着た、いかにも博士といった感のある男が感慨の呟きを漏らした。博士の目の前の机には、一つの腕時計のようなものが大事そうに置かれていた。
「一体何が完成したのですか?」
博士の助手が不満そうに尋ねた。
「何ヶ月も実験室に閉じ篭りで何をしてたんです?助手の私に何も言わないで。心配したじゃないですか」
「いや、悪かった。つい夢中になってな。しかし、その甲斐あってこれが完成したのだ。これは社会を根本から変える発明品だぞ。まさに世紀の大発明なのだ」
そこまで言われて助手は興味を持ったのか、博士の手元をしげしげと眺める。一見すると少し大きいが、ただの腕時計に見える。デジタル数値が示されるタイプのようだ。しかし、今は何も表示されていない。
「一体何なんですか、それは?」
「うむ、今見せてやろう」
そう言うと、博士はおもむろにその装置を腕に装着した。すると、今まで何も映していなかった画面に四桁の数値が表示された。0751とある。
「これはな、人の幸せを計る装置なのだ。人間がどれだけの幸福を感じているか、明確な数字として弾き出すのだ」
「はぁ」
助手はそう言われてもピンとこないようだった。これが世紀の発明品だとはまだ信じていない様子だ。
「この数字、これを幸福値と呼ぶが、幸福値が高いほど幸せな状態で、ゼロが基準値、マイナスになるほど不幸な状態にあるという訳だ。私の今の幸福値は〇七五一。かなり幸福な状態であると言えるだろう。長年の研究が実を結んだのだから当然だ」
博士は確かに幸せそうに見えた。
「私にも貸してもらっていいですか?」
助手は博士から装置を手渡されると、早速手首にはめてみた。すると、幸福値は-0042だった。
「お前は少し不幸を感じているな。最近、何かあったのではないか?」
博士がそう尋ねると、助手は頷きながら答えた。
「はい、確かに昨日の夜に恋人と喧嘩をしたばかりです。しかし、まさか…」
助手はようやくこの装置の価値に気づいたようだった。
「一体どのようにして幸福を計っているのです?」
博士は笑いながら答えた。
「人間は生き続けている限り、常に魂を燃やし続けている。幸福なとき魂は熱く燃え上がり、不幸な時は弱まる。そこに私は目をつけた。その魂の燃焼を測定したのだ。分かりやすく言えば、生命力やオーラ、あるいは気というものをこの装置は計ることができるということだ」
「一体構造はどうなっているのですか?」
助手がさらに質問すると、博士は首を振りながら言った。
「それは残念ながら教えられぬ。私の発明だからな。構造も私だけの秘密なのだ。中身を知ろうとして分解しても無駄だ。分解をしようとすると、自動的に機能が破壊される構造になっているからな」
それを聞いて助手は残念に思った。ぜひどんな構造になっているか知りたかったのだ。分解してでも知りたかったが、博士がこう言う以上やはり無理なのだろう。
しかし、彼はすぐに気を取り直し、博士に賞賛の眼差しを向けた。
「しかし、すごいですよ博士。これは確かに歴史に名を残す大発明です。すぐに特許を取り、発売するべきです」
「うむ、私もそう思ってな。実は名前ももう決めてあるのだ」
「なんていう名前ですか?」
博士はもったいぶりながらその世紀の発明の名を口にした。
「ハッピーメーターという」
2
ハッピーメーターは発売されると同時に、世界中で大流行となった。
ラジオ、テレビ、広告というあらゆるメディアがこぞってハッピーメーターを取り上げた。そうして幸福計という名のその装置は瞬く間に全世界の人々の手に渡ったのだ。それは前代未聞の勢いであり、売り上げの金額を見た博士は幸福値0944を記録し気絶したという。
歴史を振り返れば、人類は常に幸福を求めてきた。より良い食事、より良い住宅、より良いファッション。そして、愛情、友情、家族を求めてきた。欲望に動かされ犯罪や戦争も起こった。しかし、それらの根本には全て幸せの追求という行動原理があった。そうして人間は社会と文明を発達させ、生活水準を上げ、進化してきたのだ。つまり、人間の行動基準には全て幸福が関わってくる。
その幸福を計ることができるというハッピーメーターが売れないわけがなかった。ハッピーメーターは売れに売れた。国によっては国民に無料で提供するところもあり、また、無料配布する民間支援団体があちこちに無数にできた。そういった社会全体の動きによって間もなく、先進国、発達途上国を問わず、ハッピーメーターの普及率は人口の九九パーセントを超えた。
ハッピーメーターによって人類は今まで漠然としていた行動原理に、ついに明確な形を与えることができたのだ。つまり、人類の目標はハッピーメーターの数値を上げることであるという完全なる一点に。
人々の生活はあっという間に幸福値に左右されるようになった。多くの幸せはお金によってもたらされるので、人々の勤勉意欲は向上した。怠ける幸福は意外にも低いということが実証されたからだ。
働いたお金を人々は惜しげもなく使うようになった。何と言っても自分の幸せに繋がるのだ。店側も「これを買えば幸福値五〇アップ間違いなし」、「あなたの幸福値を上げます」と言った広告をするようになった。さらに、幸福値保証を売りにして、幸福値が上がらなかったら返金も可能な店も出てきた。
人々の会話にも幸福値が毎回のように話題に上る。
「あの店の美容院は幸福値が30も上がるんですって」
「まぁ、本当?この間私が行った店は幸福値が15も下がったのよ。今度そちらの店に行ってみるわ」
また、人間関係も幸福値に左右された。幸福値の高い者は同じくらいの数値の人間同士で集まり、幸福値の低い集団を見て、
「あいつらはなんて不幸なんだろう」
と笑い、満足感を得た。
また、幸福値の低い集団は、
「あいつの幸福値知ってるか?また下がったらしいぜ」
と、幸福値の高い人が不幸になるのを見て楽しんだ。
ハッピーメーターによって、人を見る目が変わっても来た。
幸福値の高い人は「幸せな人間に悪人は少ない」と言う理由で信頼されるのだ。犯罪者や悪人は心の余裕がなく、満足するということがないからだ。会社は幸福値の高い人間を採用しようとしたし、いい会社の定義が幸福値の平均が高いことだと認識されるようになった。
また、美男子や美女が必ずしも幸福だとは限らないことが明らかになった。むしろ、不細工のほうが自分を知り、高望みをしないだけ幸福値が高い場合もあるようだ。それは外見ばかりを気にしてきた人間の歴史を大きく変える流れであった。
意外にも障害者の人々の幸福値が高いことも分かった。それは、体の不自由な分人々の優しさに接し、
「ありがとう」
という感謝の気持ちが生活に溢れているからだった。
このようにして、ハッピーメーターの流通が世界の価値観を一変してしまったのだ。各国の政府は、自国の国民の幸福値をいかにして上げるかという難題に苦心するようになった。なぜなら、国の幸福値が低いと国民が他国に流れ出してしまうからだ。今まで多くの政治家は国民を顧みなかったが、国が成り立つのは人民あってこそだということを思い知らされた。
3
恋愛にもハッピーメーターは深く関係して来た。
人々は、この人と付き合うと私の幸福値はあがるのかしら?といったことを考えるようになったのだ。また、セックスの良し悪しまでもが幸福値によって計れるようになった。これは男にとっては恐怖だった。大抵の場合、女は演技をしているからだ。
ハッピーメーターが発売され、日本の全ての人が持つようになって間もなくの頃、一組の男女がいた。二人は恋人と言える関係になってまだ月日が浅かった。そして、どちらかと言えば男の方が女に惚れていた。彼は美人で賢い彼女を持てたことでとても幸せだった。もちろん幸福値は大幅に上昇した。
一方、女はもっと素晴らしい男性こそ自分にふさわしいのではないかと考えていた。と言うのも、その男と付き合いだしても彼女のハッピーメータの反応は思ったほど良くない。反対に、自分を嘆き、哀れみ、満たされない状況に腹を立てるため不幸になったとも思えるのだ。女はそこで男にこう言った。
「ねぇ、あなたはとても優しいし、真面目で誠実だわ。でも、私は幸せを感じていないみたいなの。あなたと付き合いだしても幸福値が上がらないのよ」
男は驚いた。
「えっ、なんだって。そんなはずないよ。もしかしたら、君のハッピーメーターの故障じゃないのかい?」
「違うの。壊れてなんかいないわ」
女はいかにも悲しそうな瞳で男を見つめた。男はその視線に嫌な予感を覚える。
「考えたんだけど、私たち少し距離を置いたほうが良くないかしら。考える時間が欲しいの」
「そんなことを言わないでくれ。何を考えるっていうんだ?きっと君の幸福値を上げて見せるから、別れるなんて言わないでくれ」
「別れるなんて言ってないわ。ただ、私は時間が欲しいだけなの」
「僕には君が離れていくなんて耐えられないよ。一体どうすればいいんだ?」
女はそこで考え込むと、一つのアイデアが浮かんできた。
「それじゃあ、私の幸福値を500上げてくれたら結婚してもいいわ」
「本当か?」
「ええ」
二人は約束を交わすと、彼女の言う通りしばらく距離を置くことにした。
それから男は彼女の幸福値を上がられるよう、努力を惜しまなかった。
まず経済的に裕福でなくてはならない。男は大企業に就職し必死に働いた。
頼りがいがなくてはならない。男は語学、経済学、歴史、政治、あらゆる分野の知識を吸収した。同時に体を鍛え、強靭な肉体を作り上げた。
楽しませなければならない。男はユーモアを学び、ファッションを勉強した。
もともと素質があり、生真面目な性格であったから男のそうした努力はやがて実を結び、誰もが尊敬し憧れる様な存在になった。
「もう彼女の約束を果たせるのではないだろうか」
男はそう考えて彼女の元へ向かう決心をした。
彼は彼女の家を訪れ、そしてついに二人は再び出会った。
「やあ、迎えに来たよ」
突然の男の訪問に彼女は驚いた。また、以前の彼とは様子が違い、とても立派になっていることにまた驚いた。こんなにも私のために努力してくれたなんて。彼女は嬉しさで一杯になった。
「まぁ、やっと来てくれたのね。ずっと待っていたのよ」
彼女はそう言うと素晴らしく立派になった男に抱きついた。その時の彼女の幸福値は、感激と興奮で確かに500以上の上昇を見せていた。男は約束を果たすことができたのだ。
しかし、男はこう思っていた。あんなに夢中になっていた彼女なのに、どうしてか今はなんとも思わないぞ。どうやら、俺は立派になりすぎて求めるものが高くなってしまったようだ。彼女では俺に釣り合わないんじゃないだろうか。見ろ、幸福値が上がっていないじゃないか。
女はそうとは知らず、改めて恋に落ちた男の顔を見つめた。
「私たちやっと結婚できるのね」
そう言われて男は答えた。
「考えたんだが、もう少し僕らには考える時間が必要なんじゃないだろうか。僕のハッピーメーターはあまり反応してないからね。君が僕の幸福値を500上げられるなら結婚しよう」
4
ハッピーメーターが世界に普及して間もなく、博士はまた新たな発明品を開発した。それは宇宙に浮かぶ衛星から人々の幸福値を計測できるというものだった。これによって、地球上の全ての人の幸福値が分かるようになったのだ。
その発明品に伴って、幸せのランキングが作成された。といっても、公表されるわけではなく、申し込んだ本人のみ自分の幸福値が現在地球上で何番目なのか知ることができるシステムだ。
この幸せランキングに世界中の人間が一喜一憂した。自分がいまどれくらい幸せなのか、どれくらい不幸なのかが順位で分かるのだ。誰もが無関心ではいられず、このシステムも世界中に広まった。
幸せランキングが開発されてから時が流れ、ここに世界で二番目に幸せな男がいた。
彼は二番目に相応しく、自分の人生に満足していた。使っても使ってもなくなることの無い富、世界を思い通りにする権力、美しい妻と愛しい家族。これ以上ないと言うくらいに満ち足りた生活だ。
男は幸せだった。ただ一つ、自分より幸せな人間がいるという事実以外は。
彼は考える。一体なぜ私は一位ではないのだろう?私は不満など一つもない。私以上に幸福な人間など本当に存在するのだろうか?
男のその疑問は日々大きくなっていった。どうしても理由が分からないのだ。
そして、ついに彼は決断した。世界で一番幸せな人物を探し出すことを。
幸せのランキングは、博士の会社が作成しており、管理システムは極秘とされている。しかし、男は持ち前の権力と富を使ってその秘密を知ることができた。やはり思い通りにならないことは一つもないのだ。
そして、彼は地球上で最も幸せな人間を知った。
その人物はとある島国の山奥に住んでいるようだ。その国は文明も発達しており世界的にも幸福値の高い国だった。だが自分以上に幸福そうな人物など今まで聞いたこともなかった。
男は早速その人物を訪問することにした。一体どのような人物なのか。余程の変わり者か、気が狂っているか、あるいは世界と決別し自分の世界に篭っているのか。男にはやはり想像がつかなかった。
彼は車で山奥を進むとやがて家が見えてきた。その家は木造建築でさほど大きくもなく、貧相な様子だった。ここに世界一幸福な人間が住んでいるとはとても信じられない。
だが間違いなくここに自分よりも幸せな人物がいるのだ。
「では、確かめるとするか」
彼は車から降り、家の扉をたたいた。さすがの彼も緊張して来た。すると、
「はい」
と声がして、扉が開いた。意外にもそこにいたのは、まだ若い青年だった。整った顔をしており、誠実そうな雰囲気をしている。
「何か御用でしょうか?」
調査ではこの山奥に住む人間はこの人物以外にいなかった。間違いなくこの青年が世界で一番幸せな人間なのだ。
しかし、男は簡単には信じられなかった。想像では、山奥の豪邸に住む中年のイメージだったのだ。それが、出てきたのが裕福そうにも見えない青年だったのである。拍子抜けしたと言っていい。本当にこの若者が自分よりも幸福値が高いと言うのか?男は疑い始めた。
「突然訪ねて来て申し訳ない。あなたに質問が会って来たのだ」
「はぁ、何でしょうか?」
男は無駄を省き、単刀直入に聞く事にした。
「うむ、あなたが世界で一番幸福値の高い人間か?」
この時ばかりは男も固唾を呑んで若者の返事を待った。しかし、
「幸福値?なんですか、それは?」
青年は訳が分からないという表情で尋ね返してきた。
「貴様、私を馬鹿にしているのか」
男は侮辱されたと感じた。この時代に生きる者でハッピーメーターを知らない人間などいるはずないのだ。
「いえ、本当に分からないんです。一体何なんですか?」
「なんだと?幸福値を知らないと言うのか?」
青年は首を傾げるばかりだ。男が青年の腕に目をやると、確かにハッピーメーターはない。
「そんな馬鹿な…。世界で一番幸せな男がハッピーメーターの存在を知らないとは」
「あの、ハッピーメーターってなんですか?」
愕然とする男に青年は尋ねた。男はハッピーメーターの機能と、それが社会にどれだけの影響力を持っているのか、そして 男が青年を訪れた理由を語った。
「なるほど、ようやく話が呑み込めましたよ。僕の知らない間にそんなことがあったんですね」
「しかし、おかしい。ハッピーメーターを未だ知らない人間がいるとは信じられない。どんな発展途上国や未開の地にもハッピーメーターは配布されたはずだ」
男が混乱した声を出すのとは対照的に、青年はあっけからんと言うのだった。
「ああ、それはですね。僕は最近まで記憶喪失だったんですよ。それでそんな機械が出回ってるなんて知らなかったというわけで。しかし、面白いですね。ハッピーメーターを知らないという一点において、僕の幸福値が誰よりも高く、世界で一番幸せだったなんて」
完
幸福値いかがでしたでしょうか?
感想・ご意見など頂けたら幸いです。
また、最後のオチに関しては自分でもこれで良かったのかよく分かりません。
ただ、私の想像力ではこれが限界でした。
みなさんだったらどんなオチにするでしょう?
そんなご意見も頂けたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。