8話 ちーちゃんのこだわり
回るお寿司で昼食を楽しんだ廣瀬家と早風家。その後カフェでお茶でもするという流れになったが、ちーちゃんが家でゲームをしたいと言ったので、親チームがカフェ、子チームは帰宅という流れになった。
「朋矢、着替えたら来て」
「了解」
ちーちゃんの家の前で別れると、僕は自分の家に戻って私服に着替える。上は白のTシャツに紺のチェックの上着、下は青のジーンズを履いてちーちゃんの家に向かう。
普段はチャイムを押してから入るんだけど、おじさんとおばさんがいないのは分かっているし、僕はそのまま玄関のドアを開けて中に入った。
「ちーちゃん! 2階に上がるよ!」
どこに居ても聞こえるように声を掛けてから、玄関からすぐ側にある階段を上がっていく。上り終えるとそこには3つの部屋とトイレがあり、階段上がってすぐ右手がちーちゃんの部屋だ。
「ちーちゃん、入るよ?」
コンコンとノックをしてから、鍵の掛かっていないドアを開ける。
7畳ほどの少し広い部屋。入ってすぐ左手にはクローゼットがあり、右側に部屋は広がっている。奥にあるベッドには僕がゲームセンターで取ったぬいぐるみが置いてあって賑やかになっていた。
「こっち来て」
正面に『VICTORY』と書かれた水色のTシャツにホットパンツという、相変わらず隙が多い部屋着を身につけるちーちゃん。僕はさすがに慣れてしまったけど、この姿で外に出ようものなら全力で止めなければいけない。多分今日は外に出る気はないのだろうけど。
ちーちゃんはテレビの前に置かれたゲーム機を準備してから、僕をクッションの上に座るよう指示してきた。
言われた通りにクッションの上であぐらをかくと、ちーちゃんはさも当然のように僕の上に腰を掛けて寄りかかってきた。
「ちーちゃん? このままやるの?」
「ん」
急に体重を掛けられてよろけそうになったが、腰を深く沈めてなんとか立て直す僕。背中越しとはいえちーちゃんの感触が伝わってきて、少し動揺してしまう。今更だけど、僕とちーちゃんの座高差がなきゃ、顎をまともに下げられないところだった。
対するちーちゃんは既にテレビ画面に夢中のようで、楽しそうにコントローラを握っていた。
「タイムトリガー?」
「ん」
画面にはちーちゃんが今熱中しているタイムトリガーの映像が流れている。ちーちゃんは主人公の幼なじみである発明家のキャラが好きで、イベントでパーティに入れられない時以外は必ず入れている。
……そのはずだが、ちーちゃんのパーティには赤髪の主人公も幼なじみのキャラも居なかった。というかこのゲーム、主人公をパーティから外せるんだっけ?
「ちーちゃん、主人公は?」
「死んだ」
「ええ!?」
あまりに呆気ない物言いに、僕は大袈裟に驚いてしまう。
僕はゲームにあまり詳しくないんだけど、ロールプレイングで主人公が死ぬ事なんてあるんだろうか。エンディングで使命を果たして死ぬ、なら分からなくもないんだけど、まだちーちゃん普通にプレイしてるし。
「その、発明家の子は?」
「生きてる」
「あれ、なんで使ってないの?」
基本的にパーティから外さずにいた発明家のキャラも死んでしまったのかと思ったが、そういうわけではないらしい。じゃあちーちゃんが温存しておく理由もないはずだが、ちーちゃんは画面から目を離さないままポツリと言う。
「主人公が戻ったら、また使う」
どうやら、ちーちゃんにはパーティ編成についてこだわりがあるらしい。
発明家のキャラを確実にパーティに入れると思っていたが、それは主人公が固定だから。主人公が居なくなってしまえば、ちーちゃん的には発明家のキャラを組み込む必要はないようだ。このゲームにはキャラ同士のコンボ技があったはずだが、それに由来するのだろうか。僕が前チラッと見たときは、主人公とカエルキャラのエックス斬りっていうのがすごく格好良かったんだけど。
「というか、主人公戻ってくるんだ?」
「多分。今頑張ってる」
「そっか」
画面に集中するちーちゃんの横顔見てから、僕は空いていた自分の両手をちーちゃんの腹部に回した。軽く抱きしめるくらいのつもりだったのだけれど、
「ひゃあ!!」
ちーちゃんは尻尾を踏まれた猫のように身震いすると、コントローラをその場に置いて僕から距離を取った。ドアの方から顔を真っ赤にしてこちらを威嚇するちーちゃん。
「え、エッチなことはダメ!!」
えっ、もしかして今の手回しがアウトだったのだろうか。確かに急だったことは否めないが、僕としては後ろからギュッとしただけでそういう意図はなかったんだけど。
というか、それを言うなら今までの体勢も充分にアウトのような……
「ギュッとするのダメ! 禁止!」
ちーちゃんは強く僕に言いつけるが、再び先ほどのポジションに戻ってくる。僕の胡座に腰掛けて、ぐてっと寝っ転がる。ギュッとされたくなかったら、この体勢自体をやめればいいと思うんだけど。
というわけで僕は数分後、ちーちゃんがゲームに集中しだしたタイミングでもう一度後ろからギュッとしてみた。
「ひゃひ!?」
さっきとは微妙に違う擬音を発したちーちゃんは、再度僕から距離を取って睨み付けてきた。
「ともくんいじわる! 禁止って言ったのに!」
「あはは」
「あははじゃない!」
こっちを睨むちーちゃんも可愛いなと思いながら、もしかしてくすぐったいのかなと想像する僕。それならちーちゃんが嫌がるのも分かるし、エッチとは違うと思うけど。
これでさっきまでの体勢だと僕が意地悪するのは分かったはず。それでもちーちゃんはさっきまでの体勢に拘るのだろうか。
「僕、脇にズレるよ。ちーちゃんここ座って」
僕はクッションの上から左に移動して、ちーちゃんにクッションの上に座るよう誘導する。今までみたいに座りながら横並びになれば特に問題は起こらない。
「……いい。そこ座って」
「えっ?」
しかしちーちゃんは、もう一度僕にクッションの上に座るよう要求してきた。断る理由はなかったので素直に従うと、両手を胡座の中に着くよう命じられる。
「あっ」
そしてちーちゃんは、僕の両手の上に座って、両腕を背もたれのようにして寝転がり始める。
「んん」
ちーちゃんは得意げに鼻を鳴らすと、コントローラを持ってゲームを再開する。
成る程、抱きしめられるのが嫌なら、その手を封じる作戦に出たということか。
でも、僕の手の甲がちーちゃんのお尻に触れちゃってるけど、これはエッチではないのだろうか。こんなに長いこと一緒に居ても、ちーちゃんの判断基準がよく分からないや。
「ちーちゃん、これだと僕、手がそのうち痺れちゃうんだけど」
「意地悪した罰」
「罰か、それなら仕方ないか」
「……痛くなったら言って?」
「うん、ありがとねちーちゃん」
「ん」
不思議な体勢で何だかよく分からない会話を続ける僕ら。
だけどそれが、僕らにとって何より心地の良いものだった。