4話 クラスメート
ちーちゃんと教室を分かれ、その後無事入学式を終えた僕たちは、再び自分たちのクラスへ戻ることになった。
先生の合図で各々の自己紹介が始まるが、僕はあまり頭に入らなかった。
言わずもがな、ちーちゃんが心配だからである。
ちーちゃんがあんな風に取り乱すことがなければ僕もそこまで気にせずに済んだが、そんな不安を抱いていたちーちゃんがこういう時間を無事乗り越えられているか心配で心が安まらない。
せめて1人だけでも信頼できる人がクラスにいればいいのだが、友達いらない宣言をしているちーちゃんと仲良くできる猛者がいるか、問題はそこである。
あー、早くちーちゃんに会いたい。ちーちゃんに会って元気なところを見て安心したい。
「おーい、廣瀬朋矢~?」
「は、はい!」
ぼんやりし過ぎていて先生の呼びかけが入ってこなかった。まずいまずい、ちーちゃんのことで頭がいっぱいだった。ちゃんと集中しなくては。
「廣瀬朋矢です! よろしくお願いします!」
立ち上がって必要最低限の自己紹介を済ませてから、僕は椅子に着席する。先生から「それだけ?」と訊かれたので「それだけです!」と笑顔で返すとクラスの中で笑いが起きた。先生が面白い人で、クラスが明るい雰囲気になるのが好印象だ。
願わくばちーちゃんのクラスもそんな風に温かみのあるクラスだといいんだけど。
結局クラスメートの自己紹介があまり頭に入ってこないまま、休み時間が来てしまった。10分後の教科書配布まで自由に過ごしていいようだ。
「あの、廣瀬君?」
「あっ、ゴメンね? すぐに出なきゃいけなくて」
隣の席の女の子が声を掛けてきたが申し訳ない、ちーちゃんを優先させてください。
「こ、こちらこそゴメン。急に話しかけて」
「ううん、大丈夫だよ。また時間があるときでいいかな?」
「う、うん!」
女の子がこくこく頷くのを見てから、僕は廊下を出た。壁を背もたれに休憩している生徒や保護者を縫って進んでいく。隣の隣のCクラスまで来ると、僕は後ろのドアから教室を覗き込んだ。
どうやらCクラスも休み時間に入っているようで、席にポツポツ空きがあった。ちーちゃんは廊下側から2列目のちょうど真ん中辺りに座っていた。
――――そしてその前には、ちーちゃんと向き合うようにお話しする女の子の姿があった。
「おっ、おお!」
僕はなんだか感動してしまう。ちーちゃんがクラスメートの女子と話している。そんなありふれた光景なのに、僕は嬉しくて頬が自然と緩んでしまう。友達いらない宣言後だったせいで、感動も一入だ。おじさんおばさん、ちーちゃんが女の子の友達を連れてくるのもすぐかもしれないよ?
ちーちゃんに声を掛けたかったが、邪魔をしたくなくてドア付近で佇んで様子を窺う僕。周りから不審な目で見られてしまうが、校則違反をしているわけではないので声を掛けられたら言い訳することにしよう。
しばらく2人を見ていると、何だか様子がおかしいことに気付いた。
女の子はちーちゃんに向けて身振り手振りで楽しげに話していたが、ちーちゃんから返答がきているように思えない。後ろ姿しか見えないが、もしかしてちーちゃん、嫌がってるのかな。
そのタイミングで、ちーちゃんが前方のドアに視線を向ける。そしてすぐ後こちらの方を向いたので、ちーちゃんとしっかり目が合った。
するとすぐさま立ち上がって、主人を見つけた子犬のようにこちらに向かって駆けてくる。どうやら僕が来るのをずっと待ってたようだ。
「ゴメンねちーちゃん、遅くなって」
ちーちゃんは僕の前を通り過ぎると、制服を掴んで僕の後ろに隠れてしまう。
「どうしたのちーちゃん?」
「朋矢、あの人なんか怖い」
怯えた口調で話すちーちゃん。予想通りあまり話が噛み合っていなかったようだ。途中から女の子の勢いに押されていたように見えたし。
「ちょっと、どうして逃げるんですの!?」
先程までちーちゃんと話していた女の子が、ちーちゃんを追いかけるようにこちらへ向かってくる。その随分赤っぽい茶髪のツインテールに見覚えがあると思えば、入学式で新入生代表の挨拶をしていた女の子だった。
「あら、こちらの殿方は?」
女の子は僕に隠れるちーちゃんに声を掛けるが、制服を掴む力が強くなるだけで返答する気がない。
そういうことなら、僕がフォローに入ろうかな。
「初めまして、Aクラスの廣瀬朋矢です。ここにいるちーちゃんとは幼なじみなんだ」
「まあ! それは素敵なご関係ですわ!」
「んん」
女の子の素直な感想に、ちーちゃんが嬉しそうに鼻を鳴らした。素敵なご関係というフレーズがお気に召したようだ。
「申し遅れました。わたくし、Cクラスの野之道さくらと言います。さくらはひらがなでさくらですわ」
恭しい挨拶を受けて、なんとなく恐縮してしまう僕。話し口調といい、お嬢様か何かなのだろうか。
しかし何だろう、話す限りまったく嫌な人には見えないんだけど、ちーちゃんは何をこんなに怯えているのだろうか。
「さっき見てたけど、野之道さんはちーちゃんと楽しそうに話してたね」
一旦ちーちゃんの不安は置いておいて、野之道さんに話を振ってみる。少しでも違和感のある反応したら警戒しなくては思ったが、彼女は少し頬を赤らめると興奮したように両手を胸の前で叩いた。
「そうですの! わたくし、千雪さんの可愛らしさの虜になってしまいまして! どうにか仲良くなりたいと、はしたなくも矢継ぎ早に声を掛けてしまいました!」
その勢いの強さに、ちーちゃんだけでなく僕も少し引いてしまう。
成る程、簡潔に言うと彼女は僕の同志ということだ。