3話 クラス発表
校舎の方へ近付くと、人だかりができている箇所があった。そこには高さのある掲示板があり、上部に何かが貼られているようだった。あまり近寄りたくはないが、クラス分けなら見ないわけにはいかない。
ちーちゃんと一緒に側まで寄ると、案の定クラスが発表されているようで、それを見て新入生は校舎へ入っているようだ。
しかしながら保護者もいるようで人があまり減らない。僕は背が高いからもう少し寄れば見えなくはないけど、ちーちゃんの視界には人の後頭部しか映らないだろう。
「朋矢、おんぶ」
隣にいるちーちゃんが、僕に向けて両手を広げて佇んでいる。後ろを向いてしゃがめということらしい。
「いいけど、スカートは大丈夫?」
「危なかったら合図する」
「了解」
ちーちゃんに背を向けて腰を落とすと、背中からギュッと抱きしめられる感触が。背丈と反比例するような女性的な圧迫にドキドキさせられるが、心頭を滅却してちーちゃんの脚を支え、立ち上がった。
周りから視線を集めているような気がするが、気にせず掲示板の方へ近寄っていく。
ようやく何が書かれているか分かる位置まで来ると、僕はAクラスから順に名前を見た。
「あっ」
中盤あたりで僕の名前――――廣瀬朋矢の名前が書かれていることに気付く。僕はどうやらAクラスらしいが、同じクラスにちーちゃんの名前はなかった。
Bクラス、Cクラスと順に見ていくと、ちーちゃんの名前――――早風千雪はCクラスの一覧に書かれてあった。残念ながら、ちーちゃんとは別のクラスのようだ。
「僕ら別のクラスみたいだね」
「……」
僕の肩から顔を覗かせるちーちゃんに声をかけたが、返答がない。それを無視して僕の肩をポンポンと叩く。『下ろしていい』の合図だと思い腰を落とすと、ちーちゃんは僕の背中から離れ集団から離れて行く。
そして向かったのは――――――学校ではなく校門の方だった。
「ちょ、ちょっとちーちゃん?」
謎のUターンを行うちーちゃんを追いかけて僕は彼女の左手を掴む。もうすぐ入学式が始まるっていうのに、忘れ物でもしたのだろうか。そんな素振りは見せなかったけど。
困惑する僕にちーちゃんは、顔を向けずに淡々と言った。
「私……学校辞める」
「ええっ!?」
想定外過ぎる一言だった。入学して間もないどころか、入学する前にそんなことを宣言する生徒はいないんじゃなかろうか。
原因は分かりきっているが、こればっかりはちーちゃんの言葉を受け入れるわけにはいかない。すぐさまちーちゃんへ説得を試みる。
「落ち着いてちーちゃん。大丈夫だよクラス違っても、同じ学校にはいるんだし」
「無理……」
「登校だって一緒にできるし、帰るのだって時間合わせれば……」
「無理ぃ! ともくんいないと無理だもん!!」
ちーちゃんはその場で蹲ると、右手に顔を埋めて静かに泣き出してしまった。
まずいな。ちーちゃんが僕を昔の呼び方で呼ぶときは、最高にテンションが高いときか、思い切り余裕がないときだ。この場合はどう見ても後者。
確かに何の偶然か、小学5年の時から中学3年の5年間、ちーちゃんとはずっと同じクラスだった。ちーちゃんがその環境に慣れてしまっているというなら、今回クラスが違ったのはちーちゃんにとって大事件ということになる。でなければ、こんな人目を憚らず泣くことはない。
僕が同じクラスにいないことを不安に思っているなら、そうならないことを訴えるしかない。
僕は蹲るちーちゃんと目線を合わせるように腰を落とし、ちーちゃんの肩を軽く揺すった。
「ホントに大丈夫だから、ちーちゃんを1人にしないから」
できるだけ優しい声で伝えると、ちーちゃんはゆっくりと顔を上げる。不安に揺れる大きな瞳と、少し赤くなってしまった目元。こんな表情を続けてほしくない、僕は言葉を続けた。
「休み時間の度に会いに行くよ、ちーちゃんの教室まで」
「……ホント?」
「うん、僕もちーちゃんと一緒に居たいし。さすがに授業中は無理だけど、ちーちゃんいつも集中してるし大丈夫かな?」
「……うん、頑張る」
「だったら学校でも一緒にいられるよ。だからちーちゃん、一緒に学校行こう?」
僕は目元を拭うちーちゃんに優しく微笑みかける。1度は辞めると言った学校だが、今の話し合いでちーちゃんも心変わりしてくれたはず。そもそもちーちゃんだって本気で言ってるわけじゃない。
「……手ぇ繋いで?」
「えっ?」
不意に放たれた言葉に飲み込みが遅くなる僕。依然としてゆらゆら動く目は、学校に対してもう一歩勇気を持てないでいた。
だからこそのちーちゃんのお願いである。
「校舎の中まで手を繋いでくれたら、学校行く」
否定する理由が何もなかった。
ちーちゃんが元気になる。ちーちゃんと学校に行ける。ちーちゃんと手を繋げる。良いことずくめだった。
「うん、喜んで」
僕は先に立ち上がって、ちーちゃんに向けて手を下ろす。始め目をパチクリさせるちーちゃんだったが、
「……ん」
軽く返事をすると左手で僕の手を掴んで立ち上がる。
その表情には既に、憂いの色はなかった。僕と手を繋ぐことで安堵してくれているというならとても嬉しい。
「ちーちゃん、もうすぐ入学式だね」
「ん」
「おじさんたち学校来るかな」
「来ないでって言った」
「でもちーちゃんの晴れ舞台だし、絶対こっそり来てると思うよ」
「来てたら後で怒る」
「あはは、お手柔らかにね」
「しない」
校舎に入るまでの僅かな時間だけど、僕とちーちゃんは手を繋いで歩いていた。
冷たかったちーちゃんの手が少しずつ温かくなるのを感じて、僕はなんだか嬉しくなるのであった。