2話 登校
ちーちゃんの家から少し歩き、電車で移動する僕ら。朝のラッシュに巻き込まれ、ちーちゃんはずっと不機嫌そうだった。ただでさえ人混みが苦手なのに、ここまで人でギュウギュウだと堪ったものではないだろう。ちーちゃんに負荷がかからないよう僕が庇っていたが、明日以降はもう少し人が少ないことを祈りたい。
「ふぁあああ」
陽嶺高校の最寄り駅に着くと、少し心に余裕ができたのかちーちゃんは大きな欠伸をした。口元に手を当ててから目元を指で拭う。
「遅くまでゲームしてたの?」
「……してた」
「どのタイトル?」
「タイム・トリガー」
「あっ、最近買ったやつだね、面白いんだ」
「神ゲー」
「おお、ちーちゃんがそこまで言うなんて」
『タイム・トリガー』とは、ちょうど1ヶ月ほど前に発売されたロールプレイングゲームである。主人公が時間を移動する方法を知り、様々な時代へ行って問題を解決していくストーリーらしい。前にテレビで3月の売上ランキング堂々の1位と言っていたので、ちーちゃんが言うように本当に面白いゲームなのだろう。
「帰ったら続きやるから、朋矢も見てて」
「うん、分かったよ」
「……ん」
僕の了承を受けて、ちーちゃんは少しだけ頬を緩ませた。ちゃんと見てなきゃ気付けないような小さな変化だけど、長い付き合いである僕には容易に認識できる。こうして見るとコロコロ表情が変わってて凄く可愛い。
「あっ、見えてきたよ学校」
駅から10分ほど歩くと、僕らがこれから3年間通う陽嶺高校が見えてきた。よく周りを見れば、僕らと同じように登校している生徒がちらほら見られる。この中にクラスメートになる人がいるかと思うと、心が躍る。
「ちーちゃん、友達いっぱいできるといいね」
「別に。朋矢がいればいい」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、女の子の友達とか欲しくない?」
「なんで?」
学校の門をくぐり、敷地内の桜並木を進みながら僕は困惑する。ちーちゃんが心の底から不思議そうに僕を見るから、返答に困ってしまった。とても風景を楽しんでいる余裕はない。
「えーっと、女の子同士じゃないと話せないこととかあるでしょ?」
「ない。全部朋矢に話せる」
そうだった。ちーちゃんは僕を信頼してくれているのか、それとも単純に羞恥心が欠如しているのか、異性の僕に話さないようなことも平気で口にする。おかげで随分女の子の事情にも詳しくなってしまった。母には若干気味悪がられているが、ちーちゃんが気にしないなら僕としても問題ない。それとなくちーちゃんのフォローをすることができるし。
「……朋矢、私に話せないことあるの?」
僕の返答がなかったせいか、ちーちゃんは眉を顰めて僕を見る。これはちょっぴり怒っているな。嘘をついてちーちゃんを安心させることもできるが、それだと嘘がバレたときが怖い。30分ほど口を利いてくれなくなるかもしれない。
「そうだね、男子相手の方が話しやすいことはあるかな」
正直にそう告げると、ちーちゃんはこの世の絶望を集約したような悲壮にまみれた表情を浮かべた。こういう表情も可愛いんだけど、あんまり放置すると泣いちゃうからな。僕はすかさず言葉を付け加える。
「でも、ちーちゃんと話してるのが1番楽しいから。僕もちーちゃんがいてくれればそれで大丈夫だよ」
僕は心の底からの本音を伝えて、話題をすり替えることにした。同性の友達はいた方が学校生活は潤うんだろうけど、ちーちゃんと天秤にかけることはできない。ちーちゃんより優先するものなんて僕にはないのだから。
「ん~~」
先程まで周りに負のオーラを発散させていたちーちゃんだが、頬を緩ませ何度も小さく頷いていた。どうやら大層ご機嫌のようだ。うん、やっぱり笑顔のちーちゃんが1番可愛いや。ちょっと周りからは分かりづらいけど。
「朋矢は私が1番」
「うん、そうだよ」
「1番話してて楽しい」
「うん、それもホント」
「ん~~」
気分が良いのか、軽くステップを踏んで前へ進むちーちゃん。表情で喜怒哀楽を教えてくれるちーちゃんが、いつもより派手に心情を表現している。その姿を見て僕も嬉しくなる、ちーちゃんが楽しそうだと僕も楽しいな。
「でも隠し事はなし、全部話す」
しかし残念、うまく逃げ切れたと思ったが、ちーちゃんから再度指摘されてしまった。自分だけ全部話していて僕がそうじゃないのは嫌ってことだ。
どうしようかな、恐らく全力で避けてくると思うけど、牽制球は投げてみようかな。
「じゃあ話してもいい?」
「ん」
「例えば、男子の下世話な話な――――」
「いい! 話さなくていい!」
瞬時に顔を真っ赤にしたちーちゃんは、僕の言葉を遮って大きく僕から距離を取った。遠くからずっと首を左右に振り続けている。慌てるちーちゃんも可愛いが、登校する生徒に不審な目で見られている気がする。当然と言えば当然だけど。
とりあえず、これで全部話す必要はないってことでいいのかな。ちーちゃんがこの手の話が苦手なのは知ってたし、僕も好んで話したいわけじゃないし。
しばらくその場で佇んでいると、ちーちゃんがゆっくりと僕の方へ近付いてきた。その顔色はまだうっすら赤い。可愛い。
「禁止。エッチな話禁止」
「分かったよ。ゴメンね、嫌な思いさせちゃって」
「ん」
僕の謝罪でちーちゃんも落ち着いてくれたようだ。僕の隣に寄り添って校舎の方へ再度進み出す。僕もちーちゃんの歩調に合わせて一緒に歩く。
「ちーちゃん、学校楽しみだね」
「別に、帰ってゲームやりたい」
「そっか」
入学式という高校生活の始まりの日でさえ、ちーちゃんは通常営業だった。