11話 リビングで
「ガーン」
ちーちゃんの着替え中に1階に下り、昼食の準備をしているおばさんに先ほどの会話を伝える。
分かっていたことだが、おばさんはフローリングの上に手を付いて落ち込んでいた。ご丁寧に火を切って。
「ゴメンおばさん、ちーちゃんに頼まれたら断れなくて」
「いいの、いいのよともくん。おばさんの料理、へたっぴだもんね。それに比べてともくんは一家に一台欲しいくらいに器用で何でもできて」
「お、落ち着いておばさん」
分かっていたが、おばさんのネガティブシンキングが始まってしまった。普段はおじさんのように細かいことは気にしない人だが、ちーちゃんが絡むと別人のようになってしまう。
というわけで僕が全力でフォローしなくてはいけない。
「おばさんの料理、美味しいよ。僕なんかじゃまだまだ敵わないし」
「ほ、ホント?」
「うん。おばさんが嫌じゃなきゃ、今作ってる分は僕が食べていい?」
「と、ともく~ん!!」
「うわわ!!」
ウルウルと瞳を潤ませていたおばさんは、感極まったのか膝立ちのまま僕を抱きしめた。
「ありがと~、ちーと仲良くしてくれてホントにありがと~!」
「ちょ、おばさん?」
「ついでにおばさんにも優しくしてくれてありがと~!」
エネルギッシュなおばさんの行動に面食らうが、ここぞとばかりに不平を並べていくおばさん。
「ちーもおじさんも文句ばっかり言って評価してくれなくて。そりゃ下手くそかもしれないけど、愛情はしこたま入れてるのよ」
「おじさんが文句言うようには見えないけどな」
「文句というより注文が多いの。ああしてほしいとかこうしてほしいとか。そんなに細かく指示するくらいなら自分で作れば良いのにね」
「あはは……」
返答しづらい内容で、僕は思わず愛想笑いを浮かべてしまう。黙々と食べられるよりは意見がある方が嬉しいんだけど、おばさんは自分の好きなように作りたいみたいだ。おばさんの料理が不味いと思ったことないし、それでいいと思うけどな。
「それよりともくん、おばさんに教えて?」
「えっ、何を?」
「ちーを虜にするご飯の作り方よ! あれだけ食にうるさいちーが食べたがるんだからきっと何かあるんでしょ?」
「いや、思い当たることは何も」
「もう、隠さなくてもいいから。ともくんにだけ教えてることとかあるんでしょ? ね、ね?」
先ほどの体勢のままおばさんに懇願されるが、本当に心当たりはない。ちーちゃんが時々僕の料理をねだるのは、いつもとは違う味付けのものを食べたくなるアレと一緒ではなかろうか。普段塩ラーメンばかり食べる人が、たまに味噌ラーメンを食べたくなる、的な。例えが正しいか分からないけど。
そういうわけでおばさんの望む返答はできないのだが、おばさんは全然引いてくれない。僕の服を掴みながら揺らしてくる。そこまで切羽詰まっているのだろうか、僕からちーちゃんに一言入れておくからそれで許してくれないだろうか。
「……何してるの?」
僕が折れておばさんに声を掛けようとした瞬間、ひんやりと冷え切った言葉が僕らに向けて投げられた。
ゆっくりおばさんと合わせるように視線を動かすと、余所行きの服装に着替えたちーちゃんが親の敵でも見るように僕らを見つめていた。睨んでいるのが親なんだけど。
「ち、違うのよちー! お母さんともくんとお話してただけで! 疚しいことは何もないわ!」
おばさんは僕から即座に離れると、両手を動かしながらよく分からないことを言い始める。おばさんは何をそんなに慌てているんだろうか、そりゃちーちゃん明らかに怒ってるけど。
「お母さんに聞いてない」
「うぐっ」
おばさんは胸を押さえてその場に蹲った。娘の言葉で傷を負ったらしい。
というかさっきの言葉、僕に言ってたのか。目線の先がおばさんだったからおばさんに言ってるのかと思ってたけど。
「朋矢」
「うん。今日の昼ご飯、僕が作るって話をしてたんだ。それだとおばさんが作ったご飯が余るから僕が食べようってなったんだ」
「それだけ」
「うん、そうだよ」
軽く嘘をついたが、そこはおばさんの尊厳を守るという意味で見逃して欲しい。そもそも僕は、ちーちゃんが何に怒ってるのかよく分かってないし。会話の内容が気になってるだけならこれで問題ないはずなんだけど。
「それだけで、そうなる?」
「そう?」
「さっきの体勢、なる?」
しかしながら、ちーちゃんは納得していなかった。おばさんが僕の服を掴んで揺らしていたことが気に入らなかったらしい。
確かにさっきの会話だけじゃああはならないだろうけど、ちーちゃんはなんでそれを怒ってるんだろう。こんなに一緒に居るのに、分からないことっていっぱいあるんだな。
「おばさん、料理を腐らせずに済んだから喜んでたんだよ。ほら、感極まるとそういうところあるでしょ?」
本人前にして言うことじゃないが、さっき間違いなく揺らされたのでギリギリセーフである。
「……」
ちーちゃんはしばらく考え込むように口元に手を当てていたが、
「……ん。分かった」
表情を変えないまま、僕の弁に納得してくれたようだった。怒りが収まってくれたようでホッとする。
「ゴメンねちーちゃん」
「? 何が?」
「いや、怒ってたみたいだから」
「……怒ってないし」
どこか拗ねた口調で一言漏らすちーちゃん。結局何に怒ってたか分からず終いだったが、拗ねてるちーちゃんも可愛いからいいや。
「朋矢、買い物行こ」
「いいけど、おばさんこのままでいいのかな?」
「いい。5分くらいしたら復活するから」
「ゲームのキャラみたいだね」
倒れ伏すおばさんを心配する様子もなく、ちーちゃんは玄関の方へ向かっていく。
「おばさん、行ってきます」
「いって、らっしゃい……」
言葉を刻んでいたが、無事が返答がきたのでとりあえず安心した。僕はおばさんに向けて拝んでから、玄関へ向かう。
ちーちゃんとの買い物。楽しみでしかないが気を付けなければいけないこともある。
僕は小さく決意をしてから、外へ向かうのだった。




