表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

009IWANA

 翌日、重々しい空気は解消されることなく朝が来る。

「クシナダが部屋に引きこもってしまいましたぞ!」

「ああ、おいたわしや……」

 老夫婦はただただ嘆き悲しんでいる。

「ふむ、ここはマナちゃんがアメノウズメになって踊るしかないッスか」

 マナちゃんが扇子両手に舞い始める。

 なんだそれ。……それはシットロト踊りだな。

 よく見たら扇子は日の丸模様だ。

「めらっさめらっさ」

 すだれのようなもので仕切られているが、その向こう側から出てくる様子はない。

 岩戸ではないから無理やり乗り込むことも出来るのだけど、流石にそんなことをする気にはなれない。

「おかしいッスね。さっぱり妖精並みに場を仕切り直せる秘策だったんスけど」 

「それで釣れるのはツッコミ役の人だけだから」

「やっぱりしゃべらない犬が居ないと効果半減ッスね」

「それを言うならしゃべる犬……いや、しゃべらない犬であってるか」

 こんなやり取りをしていても状況は好転しない。

 残された時間でヤマタノオロチと、はては酒呑童子の対策まで考えなければならないのだ。

 朝食として出された串焼きの魚を片手に、村の様子をうかがうために外に出る。


 多くの村人たちは耕作にも狩りにも出かける気になれず、集まっては何の解決策も出せず時間を潰している。

 絶望が支配する世界とは、こうも重苦しいものなのか。

「こういうときってもっと取り乱したりするものかと思ったら、案外みんな冷静なんスね」

「冷静っていうか、諦観というか」

 もはや言い争う気にもなれないと言ったところだろうか。

 水で薄まった酒の入った器が放置されていたので改めて覗き込む。

 匂いもほとんど無く、無色透明。

 ただのフレーバーウォーターではないか。

「薬にも毒にもならないただの水ッスね」

「本当に何の役にも立たなかったな」

 容器をコツンと叩けば振動で波紋が広がる。

 写り込んでいた空が乱れ始め、少しの間その風景を崩してはやがてもとに戻っていく。

 水鏡とはよく言ったもので、昔の人は水を鏡のように使っていたのがよく分かるほど綺麗に写り込んでいた空が再び現れる。

 その様子をぼんやりと眺めていると、マナちゃんも同じように水を覗き込む。

「どうしたんスか? 水に写ったその焼き魚が食べたいなぁって顔を突っ込んだりしたら駄目ッスよ」

「イソップ童話じゃないんだから」

 そう言って一口ぱくり。

 あ、意外に美味しい。

 味付けしてないけど臭みがなくて食べやすい。

「とおりゃあッス!」

 マナちゃんが水の中のわたしに向かって軽いジャブを浴びせる。

 水面が激しく揺れる。

 収まる。

「てりゃッス」

 再び掛け声とともに水面が揺れる。

 収まる。

「うりゅっ――」

 わたしが手を下ろし魚を鏡面から遠ざける。

 マナちゃんの手も水面を揺らすことなく引き返す。

 そして何事もなかったように鼻歌交じりで視線をそらす。

「…………」

 そっと魚を口元まで上げる。

「りゃりゃりゃ――」

 下ろす。

 空振りした拳がかすめた水面は少しだけ揺れて、芝居の下手くそなマナちゃんを鮮明に映していた。

「……食べる?」

「え!? いいんスか!」

 あげなきゃそのシャコみたいなパンチで命が危ない。

 わたしは命拾いをしたのだ。


 わたしが視線を上げ周囲を見回したところ、収穫したであろう稲が穂付きのまま放置されていた。

 おそらく昨日にでも収穫したものだろう。

「米か……。もしかしたら、酒を用意できるかもしれないな」

「え? どうするんスか?」

「マナちゃんは村にいる若い女性や子供を集めてきて。その間にこっちも準備を整えておくから」

 マナちゃんの方を見ると、食べ終わった串を指揮者のようにくるくる回し、魔法をかけるようなポーズを取っていた。

「? りょーかいッス」

 よくわからないままに、マナちゃんは手当たり次第村人に声をかけて回っていた。

 その間に酒造りのための手はずを整える。

「アシナヅチさん、酒を入れるための器と、あとお米をいただきたいのですが」

 クシナダ宅に戻って材料の調達に取り掛かる。

「はあ……。でもお酒なんて、どこにも残ってないですぞ」

「ええ。これから造るんです」

 わたしの言葉に半信半疑ではあるが、アシナヅチ夫婦はお米といくつかのひょうたん型の長細い容器を用意してくれた。

 それを持って再び外に出る。


 すでにマナちゃんが声をかけてくれた村人たちが十数人程度集まっていた。

「それでどうするんスか? ネバーランドにでも漕ぎ出すんスか?」

「むしろ笛吹き男じゃないか」

 残念ながらこのままでは楽園エンドにはたどり着けない。

「あ、あのー。私達は何をしたら良いのでしょうか?」

 不安そうな表情で少女がこちらを見る。

「なに、簡単なことさ。このお米を口に含んで暫く噛み続けてもらって、こっちの容器に吐き出す。それだけ」

「は、はぁ……」

「食べちゃダメなの?」

「ダメ」

「ふーん」

 困惑する少年少女をよそに、準備を進める。

 米を適当な分量に分け、籾殻の残っているものを弾いていく。

 口の中をゆすいで清潔な状態にしてから米を口に含んでもらう。

「だいたいあの一番大きな木があるところまで歩いて往復してもらって、戻ってきたら口に入ってる米をこの容器の中に。その間、できるだけ米を噛み続けてほしいんだ」

 時間を計るのが難しいため、ある程度の距離を歩いてもらうことにした。


「これって、もしかして『口噛み酒』ッスか」

「ご明答。手っ取り早く酒を作るならこれが一番かなって」

「それってうら若き乙女にしか作れないやつッスね。巫女さんが作ってるイメージしか浮かばないッス」

「たしかにその印象は強いね」

「そして口噛み酒を飲んだら時間を跳躍するんスね、映画で見たッス」

「もうあまりにも有名になりすぎたアレしか浮かばないよ!」

 お互いの名前を連呼するコマーシャルでお馴染み。

「そちの名は?」

「たき……って、なんて古風な!」

「略してソナタッスね」

「それ別のお話になるから。これ夏の終わりから秋にかけてのお話だから」

「酒を飲んでトリップ状態になる方の瀧くんの物語ッスね」

「じゃない方の瀧くんについての時事ネタは鮮度が命だから、これ以上いけない」

「スサノオもどきの童子-Sが時間跳躍してきたのも、このネタの伏線だったわけッスね!」

「まあ酒呑童子と菅原道真は時代を超えて現れる怪異ネタの定番だけどさ」

「まさに平安絵巻ッスね。現代風にいうと平成フィルムってところッス」

「正確に言うと酒呑童子が物語として成立したのは室町時代の御伽草子だから、室町絵巻ってところだけどね」

「むぅ。シショーは細かいッスね。細かいところが気になるのが悪い癖ッス」

「どこの右京さんだ」

「シショーがインテリならマナちゃんは武闘派ッスね」

「いや、マナちゃんはどちらかというと探偵じゃないかな」

「探偵ッスか? あら~、マナちゃんからあふれる知性が隠しきれてなかったッスかー」

「あれはどう見てもコスプレにしかみえないし」

 右の刑事と左の探偵。

 ちょっと年齢層の高いネタに偏りすぎたので今回はこの辺にしておこう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ