この街に--衛星都市にて--
「思えば随分長く居たもんだなぁ。この街ともこれでおさらばかぁ。」
コーヒーショップから見える街の景色を見ながらケイは溜め息をつくように呟いた。窓の外に広がるのは立ち並ぶ高層ビルとその隙間を縫うようなモノレールの高架橋。
「12年か。まぁよく頑張ってくれたと思うよ。」
窓に背を向けたケイの上司がその呟きに応えた。
「あ、いや、餓鬼の頃からこの街に住んでいたからもう20年以上ですね。」
「そうか、ここに住んでたんだったな。そう言う意味じゃ、俺以上か。」
「今となっちゃ、ここは『住んでいた街』じゃなくて『仕事に通った街』ですがね。」
「子供の頃のことは忘れた、かな?」
「えぇ、退屈な餓鬼でしたからね。第一、その頃の建物は一つも見当たらない。」
「おまえの子供の頃か、想像つかないな。」
そう言いながら上司は煙草を取り出す。それを見て、「あ、ここは禁煙だから」とケイは手を軽く上げて諌める。
「なるほど、それでおまえはいつもここに逃げ込んでいた訳か。」
「はは、そういうこと。」
「今度のところはどうなんだ? 最近は禁煙の所も多いらしいが。」
「禁煙ですよ。ま、それが転職の理由じゃないけどヤニ臭い環境はどうもね。」
「うちもそろそろ変えないといけないのかもしれないな。」
「そう言っちゃなんですが、あの人がトップじゃまず無理でしょ。」
上司は「違いない」と応えながらコーヒーを飲み干す。
「ん、そろそろ行きますか? んじゃ、私も飲んじまおう。」
「いや、送別会の時間までここでゆっくりしてて構わんよ。俺は書類を置いてこないとな。」
「承知しました。それじゃ後ほど送別会で。」
「あぁ、この街をゆっくり見てってくれ。」
ケイはそれに応える代わりに、浅く腰掛けていた低目のソファに深く座り直して片手を上げた。
「俺はこの街からは出られそうにないからな。」
店を出て夕陽に眩しそうに眉をしかめ、煙草に火をつけた上司の独り言は勿論ケイには聞こえる筈もなかった。
えー、皆様方毎度お世話になっております、性悪狐の清水悠と申します。
いかがでしたでしょうか。先ずはお読みいただきありがとうございます。
今回もあらすじにあるように再掲載です。尚、初出は2004年9月26日です。
街と人をテーマにした作品群の第一話となります。既投稿分が三話ありますので、順次再掲載します。
と言うわけで今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。