第87話 また家族が増えた。
「レンちゃん…………私、この状況、すっごい覚えがあるんだけど」
奇遇だね。俺もだよ。
現在俺は、メリアさんと一緒に、机の上に乗せられた物を見ている。
それは直径三十センチくらいの綺麗な球形で、真っ黒な、ガラスっぽい、ツルツルした素材で出来ていた。
まあぶっちゃけると、迷宮三十階層の〈階層主〉である魔銀人形の核だ。
マリに連れられて迷宮に行った俺は、予想外に高いマリのスペックにより、あっという間に二十一階層から二十九階層を駆け抜け、三十階層に到着した。
三十階層にいる〈階層主〉は、前来た時と変わらず魔銀人形。
これまた前来た時と変わらず【金属操作】で〈魔銀〉をむしり取って瞬殺した。
マリの目的はこいつだったらしく、倒した後は宝箱を回収してさっさと帰宅。少し遅れて〈鉄の幼子亭〉での仕事が終わって、屋敷に帰ってきたメリアさんと合流して今に至る。
そう。マリの奴、ホントに半日で迷宮探索を終わらせやがったのだ。マリマジハイスペック。認めたくないけど。
ちなみに宝箱の中身は〈蓄熱石〉だった。やったね!
「じゃ、おーちゃん。サクッとこの子に魔力を流して欲しいし」
ニカッと笑いながら、マリが人形の核を掌でペチペチと叩く。
ああ、そういや、前の時はマリはこの場にいなかったな。いや、いるにはいたけど、この姿じゃなかった、が正しいか。
「お、おう。分かった……じゃない! なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
あぶねえ! 勢いに乗せられるままに魔力を流す所だった。
説明! 説明プリーズ!
「えー。流してくんなきゃ、この子起動しないじゃん。起動してくれないとウチが困るし」
「いや、なんで困るんだよ。そこがさっぱり分からん」
ほら、メリアさんが頷いてる。分かってるのはお前だけだよ。
「ほら、おーちゃんって、拠点が二箇所あるっしょ? ここと、食堂」
は? 拠点? こいつ何言って…………………………言ったわ俺。マリが五月蠅くて適当に相槌打った時にそんな事言ったわ。
「拠点は二箇所ある。でもウチは活動体を一つしか作成できない。それじゃあ、両方の防衛が出来ないし。そんなんじゃ拠点防衛型統括人形の名折れだし」
いや、防衛とかいらないんだけど……。屋敷も〈鉄の幼子亭〉も、軍施設じゃないんで…………。
「で、ウチは考えたワケ! ウチ一人で防衛出来ないなら、防衛役を増やせばいいって! ウチあったまいー!」
「…………で、追加の防衛役にする為に、迷宮から〈階層主〉の核を回収してきたと」
「そ! やっぱ拠点防衛はウチと同型が最適っしょ! 同型だったら思考も一緒だから、色々合わせやすいし!」
俺の頭の中に、マリが分身する絵が浮かんだ。ギャ、ギャル二人……。おっさんには辛い物があるぞ。テンションに付いていける気がしない。すっげー五月蠅そう。…………拒否だな。
「いやー……防衛なんてしなくても大丈夫だし、追加はいらないんじゃないかなー」
「そんな事ないし! 拠点は防衛しないと! いざという時困るし!」
いざという時ってどんな時だよ! 防衛するにしても屋敷はともかく、街中の食堂を防衛してどうするんだよ! 防衛するなら街そのものを防衛しろよ!
……とか言うと、『じゃあもっと必要だし! もっと集めなきゃ!』とか言いだしそうで、怖くて言えない。
「えーと……あー…………いやぁ」
「……ダメ?」
なんかいい感じの拒否の言葉を探してモゴモゴしていると、マリが俺の前で屈み、瞳を潤ませながら上目遣いでそう聞いてきた。こ、こいつ……なんつーあざとい仕草を……!
「いやー……えー……」
ウルウル。
「う…………ぐ……」
ウルウルウル。
「…………分かったよ。やるよ」
「えぇぇぇぇー…………。レンちゃん、あれに引っ掛かっちゃうの?」
俺、敗北。
呆気なく陥落した俺に対して、メリアさんが理解できない物を見るような目を向けている。
いや、さすがに演技だって分かってたよ? でもさ、演技だって分かってても、女性の涙ってのは、おっさんには効くんだよ。罪悪感がやばいんだよ。
「ホント!? やったし! じゃあサクッとヨロシク!」
ガックリきている俺とは対照的に、満面の笑みで俺に魔力を流す事を促してくるマリ。数秒前までの泣き顔が嘘のようだ。実際嘘だったんだけど。
まあ、演技だと分かっていながら乗せられてしまったのは俺だ。このタイミングで『やっぱヤダ』とやるのはさすがにダメだろう。諦めてマリの言う通りにしよう。
太陽みたいな笑顔のマリと、ダメ男を見るような目で俺を見ているメリアさんの前で、核に手を乗せ、魔力を流す。
真っ黒だった核は魔力を流し込むにつれて色が変わっていき、灰色になった所で魔力が入らなくなった。マリの時と同じだ。
『所有者の初期化処理を完了しました。再登録処理を実施します。魔力の注入を行った方は手を触れてください。…………再登録、完了しました』
前回と違い、魔力を流し終わった後も手を乗せたままだったので、所有者の再登録までまとめて終わったらしい。
『当機は――――』
「それもうウチがやったからいらなーい」
核が続きの台詞を言おうとした所で、マリがそれを遮るように手を乗せた。いや、掴んだ。ワシッと。
『拠点防ぼぼぼぼぼがたたたたたたザザーッガガガーッ…………プツッ』
「ちょ!?」
「なんかおかしくなったよ!? 大丈夫なの!?」
途端、核から聞こえてくる音声が崩れ、ノイズのような音を吐き出し始めた。
そして唐突に沈黙。
「こ、壊れた?」
「んー? 介入して色々省略させただけ。何回も同じ説明をしたり聞いたりするの、面倒っしょ?」
マリは核を鷲掴みにしたまま、あっけらかんとした様子でそう言った。どうやらハッキングのような事をして、強引にスキップしたらしい。さすが同型。侵入もお手の物のようだ。
「おーちゃん。金属出して。ウチと同じくらいの量でいいよ」
「お、おう」
マリに促されるまま、各種金属を出していく、分量も種類もマリの時と同じだ。
マリが床に置かれた金属の山の上に核を乗せると、これまたマリの時と同様に、金属が核にくっつき、みるみるうちに形が変わり、人の形に近づいていく。
身長はマリと同じくらい。というかほぼ同じだな。
髪色は、マリとは対照的なメタリックブルーで、こちらは左側で一つにまとめて縛っている。
瞳の色はマリと同じで、黒い中にキラキラと小さな光が瞬いている。
顔の作りもマリとそっくり、というか瓜二つだ。
服装はマリと同じエロチャイナメイド服。でも、黒を基調としているマリとは違い、白を基調としている。
そして当たり前のようにでかい。理由についてはマリから聞いているが、実は俺に対する当てつけなんじゃないかと勘繰ってしまう。俺の周りの女性、みんなでかいからね。慎ましいのはレミイさんくらいなもんだ。
いいもん。俺、中身男だし、悔しくなんかないもん。
そうこうしている内に活動体の作成が終了したらしく、ソレはゆったりとした動作で頭を下げた。
そして、下げた時と同様ゆっくりと頭を上げると、ほにゃっとした笑顔を浮かべた。
「活動体作成~、終了しました~」
なんか、デフォルト設定にしては個性溢れた話し方だな……。ゆったりしすぎて調子狂うぞ。
顔の作りはマリと瓜二つなのに、こっちは溶けたチーズみたいな、締まりのない表情を浮かべているせいで、全然印象が違って見える。表情って大事なんだなあ……。
えーっと、次は……。性格? 人格? を設定するんだっけ? 今回はどんな二択なんだろう…………不安だ。
「それでは~、個体名称の設定を~、お願いします~」
あ、名前が先だったか。
名前かあ…………。ふ~む……………………。
「よし、お前の名前は〈オネット〉だ」
今回も操り人形から付けてみた。〈マリ〉と〈オネット〉でマリオネット。安直だけど、俺的には悪くない名前だと思う。
「〈オネット〉…………設定完了しました~。ありがと~ございます~」
「お、おう……。えーと、残りは、人格設定? だっけ? 今回はどんな二択なの?」
「…………?」
いや、そこで首傾げるなよ。俺が間違ってる気分になるじゃないか。
「疑似人格については~、すでに~、設定済みですよ~? なので~、設定は~、これで終了です~」
「……は?」
いやいや、俺設定してないよ? なのになんで設定済みなんだよ。おかしいだろ。
「あ、そこらへんはウチがやっといたし。何回もやるのめんどいっしょ」
「はい~。マリ姉さんに~、設定してもらいました~。なーさん~、これから~、よろしくお願いします~。えへへ~」
ちょっと馬鹿っぽい笑い声と共にオネットが言うに、マリが勝手にやっていたらしい。知らなかった。
いや、確かに面倒ではあるけどさ、選択の余地が欲しかったっていうか、勝手にやるにしても、もうちょっと普通のキャラにしてほしかったっていうか……。
俺の呼び方もおかしいし。何、『なーさん』って。俺は猫じゃないぞ。
何を思ってこの、おっとりというか、ポヤポヤしたキャラに設定したのかと問い詰めたい。
問い詰めた。
「もう一個の疑似人格が、ウチに設定しているのと似たような奴だったからだし。被るとか嫌だし。個性って重要っしょ?」
キャラ被りを嫌っての事だったそうです。
…………うん。マリみたいなのがもう一人増えるくらいなら、今のままがいいかな?
「清楚なお嬢様設定なんて、ウチ一人で十分だし。二人もいたら、人気が二分しちゃうし」
「あんまふざけた事言ってると、お前の身体全部鉄に変えて、超重量級ギャルにしてやるぞ? 歩くだけで地面が凹むかもな?」
清楚なお嬢様っていうのは、お前の人格設定の一番目みたいな奴の事を言うんだぞ? 俺が選んだ奴な。選択したはずなのに設定されなかったけど。
俺の脅しを本気と受け取ったらしく、マリが震えあがった。
「ちょ! ジョ、ジョーダンだし! もう言わないし! だから超重量級は勘弁してほしいし! 体重増加は乙女にとって死活問題だし!」
お、想像以上に効いた。今度から、マリがふざけた事やろうとしたら、このネタで脅そう。
そんな感じで、新たにオネットが仲間になった。
オネットが『マリ姉さん』と呼んでいたように、同型機である二人は姉妹みたいな物だ。
なので俺は、マリにこの言葉を贈ろうと思う。
家族がふえるよ!! やったねマリちゃん!!
おいばかやめろ(自分でツッコむ)