第86話 何故かマリとお出かけする事になった。
「ね~、おーちゃ~ん。ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
「何だよ。今結構忙しいから、話すなら手短にな」
「ウチ、自分がなんなのか、説明したよね?」
「ん? ああ、なんとか防衛型…………なんとかって奴なんだろ? 聞いてる聞いてる」
「拠点防衛型統括人形二式! もう! 全然覚えてないし~!」
「あー、そうそうそれそれ。で? それが何?」
「ウチ、名前の通り、拠点防衛が得意なの」
「まあ、名前になってるくらいだから、そりゃそうだろ。で?」
「で? じゃないっしょ! だったら! なんで! ウチが食堂で働かなきゃいけないワケ!?」
マリの叫びが〈鉄の幼子亭〉の厨房に響き渡る。といっても、絶賛営業中の店内である事を考慮してか、その大きさは厨房内で収まる程度に抑えられていたが。
というか、マリには接客を頼んでるはずなのに、なんで厨房内にいるんだよ。
マリがなんでそんな事を叫ぶのか分からんが、聞かれたからには答えてやろうじゃないか。
尽きる事なく持ち込まれる注文を捌きながらだけどな。
「営業中だからに決まってんだろ」
「そ~ゆ~こと聞いてるんじゃないし!」
なんだよ。答えてやったのに、なんで地団駄踏んでんだよ。
お前の身体、ほぼ鉄の塊で重いんだから、やめろよ。床が割れちゃうだろ。
「すっごい失礼な視線を感じるし! でも今はそんな事より! ウチが聞きたいのは! 拠点を防衛する為の存在であるウチを! なんで食堂の接客に使ってるのかって事だし! 適材適所って言葉があるっしょ!」
あーもーうるさいなあ。棚ぼたで新規人材が手に入ったと思ったらこれだよ。
見りゃ分かるだろ? 俺はしがない食堂の厨房係なの。
俺は軍の人間じゃないし、防衛するべき拠点なんて持ってないんだよ。
「おーちゃんの拠点っていったら、あのでっかいお屋敷っしょ!? なんであそこの防衛にウチを使わないで、食堂の接客なワケ!? 意味わかんないし!」
屋敷が拠点って…………いや、まあ、うん。言われてみれば、拠点、なのか?
まあ、それならそれで、返す言葉はあるけどな。
「あっちも拠点だけど、こっちだって立派な拠点なんだよ。あっちは生活の拠点。ここは生活の糧を得る為の拠点だ」
「…………ここも拠点?」
「そ。だから、ここで接客をするのはおかしい事じゃない。なんてったって、接客をしなかったら潰れるからな、店が」
〈鉄の幼子亭〉はセルフサービスの店じゃないからね。接客しないと料理も運べないし。嘘じゃない。かなり曲解してるのは確かだけど。
「屋敷も、ここも拠点…………つまり拠点が二箇所…………拠点だったらウチが防衛しなきゃだし………………でもウチ、活動体は一つしか作れないから、同時に二拠点の防衛は出来ない…………」
なんかブツブツ独り言を言い始めたぞこいつ。考え事か?
ま、いっか。さて仕事仕事…………うわっ。ちょっと目を離したスキに注文が溜まってる!? やばい、早く注文回さないと――――
「おーちゃん!」
「うわぁ!?」
いきなり大声で呼ばれて、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。危ねえ……あやうく料理を落とす所だった。
「いきなり大声出すなよ! びっくりするだろが!」
「そんな事どうでもいいし! おーちゃん! 次の休み、ウチとお出かけするし!」
「………………はあ?」
……。
…………。
………………。
「……うん。急ぎの予定もなかったし、一緒に出かけるのはいいよ? おねーちゃんは休みじゃなかったから、一緒に行けないってすっげえ悔しそうにしてたけど。でもさあ。ここはないだろ」
「なんで? ウチが来たかったんだから、問題ないし」
「俺としては問題大ありだよ……。はあ。こんな所、二度と来たくなかったのに…………」
マリによる突然の『一緒にお出かけ』宣言から数日後、俺の休暇に合わせて連れられてきたのは、まさかの迷宮だった。ちなみに、すでに迷宮内に入っており、現在は第一階層だ。
本来であれば、冒険者じゃないマリは門番に止められて入る事はできないのだが、そこは〈拡張保管庫〉にマリを突っ込む事で回避した。ごめんなさい、門番さん。
「つーかさ。俺の休み、一日しかないんだぞ? 迷宮攻略する時間なんてないと思うんだけど」
前回の攻略の時は、三十階層まで行くのに五日程かかっている。前回と違って、今回は初見ではないから、多少進行速度は速いかもしれないが、それでも一日では大して進めないだろう。
「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ。二十階層から始めて~、三十階層で終わる予定だから~、ん~、半日くらいで終わるっしょ」
「んな訳ねえだろ」
いくらなんでも迷宮舐めすぎだろ。しかも二十階層からとか……。疲労困憊になる未来しか見えない。いやまあ、豚鬼エリアよりはましだけどさ……。
「全く問題ないし! ほら、おーちゃん行くよ~!」
「ぬおおおお!? ひ、引っ張るな! 分かった、分かったから!」
マリに引っ張られながら第二階層へ向かう階段へ向かうと、階段の横に見慣れぬ物があるのが見えた。
「魔法陣? 前来た時、こんなんあったっけか」
「攻略再開用の魔法陣だし。これに乗って、行きたい階層を声に出せば、そこが到達済みの階層だったらひとっ飛びだし」
「へー。…………てか、なんでそんな詳しいの? 迷宮来るの初めてだよね?」
「おーちゃん。ウチ、元〈階層主〉だし。ある程度の知能がある魔物は、生まれた時に、自動で迷宮に関する知識が送り込まれるし」
「まじか。すげえな迷宮」
「そんな事どうでもいいし! 開始は二十階層、目的地は三十階層! 行くし!」
「はいはい。…………はあ。覚悟決めるか」
無駄にテンションの高いマリに腕を引かれ、魔法陣に乗る。転移先は二十階層。どうせ一日で三十階層までなんて降りられないだろうし、いい時間になったら無理やりでも帰ろうっと。
……。
…………。
そう思ってた時が俺にもありました。
「えー」
「ほらおーちゃん! さっさと来るし! 次が目的地の三十階層だし!」
攻略を開始して数時間。俺とマリは三十階層への階段の前にいた。
そう。三十階層前だ。本当に数時間で駆け抜けてしまった。
この数時間は、驚きの連続だった。
まず二十一階層。
ここは大量の罠が仕掛けられている階層だ。俺はかなりの比率で罠を無効化できるとはいえ、それでもそれなりに探索に時間が掛かる階層。
だったはずなのに。
「なんでお前、壁に垂直に立ってるの?」
「ここの罠って実は、スイッチが床にしかないし! だから床を歩かなければ発動しないし! ほらおーちゃん。抱っこしたげるからさっさと行くし!」
「まじかー」
足部分の金属を変形させて、壁に張り付いているらしいマリに抱えられて、数十分で踏破。
続いて二十二階層。
ここはあり得ない程の人形が沸いてきて、長時間の戦闘を強いられる階層。
メリアさんと来た時は、武器を何本も壊しながら、やっとの思いで抜けた場所だ。
だが今回は。
「はいおわり~」
「速すぎだろ…………」
二十二階層に着いた途端、マリは人形の集団のど真ん中に突っ込み、全身から銀色の触手を大量に生やし、あっという間に人形共を殲滅してしまった。
木製の人形は、先端を鋭く変形させた触手で全身を細切れにされ。
石製の人形は、ハンマー状に変形させた触手で一撃で叩き潰され。
鉄製の人形は、触手が触れた瞬間に、身体を構成する鉄を奪い取られた。
数十分後には、動いているのは俺とマリだけという状況になっていた。
呆然としながら辺りを見渡してみると、そこかしこにガラス玉みたいな物が転がっている。
丁度足元に落ちていたそれを拾ってみると、それは見覚えにある物だった。
「これ、人形の魔石か? マリの奴、あんだけの量の人形を、魔石を壊さないで倒したの……?」
「あ、おーちゃん。それちょ~だい」
いつの間にか目の前に来ていたマリが、そう声を掛けてきた。
「それって、これ?」
「そ~そ~。それ、ここに来た目的の一つだし」
魔石が? 魔石が欲しいんだったら、わざわざこんな深い階層に来なくてもいいだろうに……。まあ、別の目的を達成するのに、ここまで潜る必要があったって事なんだろ。そう思う事にする。
「ふーん。はい」
「ありがと~。じゃ、ここ入れて~」
「は? ……ぶっ! な、なんでそんな所に入れなきゃいけないんだよ! わざわざ着崩すんじゃない!」
マリが『ここ』と言いながら指さしたのは、まさかの胸の谷間。意味わかんねえ!
いつの間にか、きっちり着こなされていたはずのメイド服の胸元がはだけられており、さっきまで見えなかった深い谷間がハッキリバッチリ見えている。
「人形の核を、ウチの核に取り込む為だし。ウチの核は胸にあるから、ここから入れるのが一番手っ取り早いし。あと、着崩したってゆ~かコレ、服っぽく見えてるだけで、ウチの身体の一部だし。だから自由自在なワケ」
マリがそう言った瞬間、メイド服がその色を銀色一色に変え、同時に輪郭も無くなった。そして軽く波打ったかと思うと、全く別の服に変わっていた。
メイド服っぽいデザインはそのままに、全体的に身体のラインが出るデザインに変わり、かつ胸元が大きく開かれた。短かったスカート丈は、ちょっと長くなって膝あたりになった代わりに、左右に深いスリットが入った。
メイド服がチャイナ服っぽく! でも全体の雰囲気はメイド服のまま!
ミニスカメイドが、エロチャイナメイドに進化していた。進化なのかこれ?
「こんな感じ~。うん。こっちの方が動きやすいし、カワイイし、いい感じ。って事で~、ほらおーちゃん、こ・こ・に・入・れ・て?」
ニヤニヤしながら、胸を前に突き出す姿勢を取るマリ。こいつ、遊んでやがる……っ!
小悪魔だ! 小悪魔系ギャル……っ!
………………金属のはずなのに、とても柔らかくて、暖かかったです。どこがかは言わん。
――――とまあ、そんな感じで、トラップエリアも、鬼沸きエリアもサクサクと攻略し、気づけば三十階層前までやってきたのだ。前回の苦労を思い出しながら遠い目をしつつ、予想外に高いマリのスペックに驚いた俺だった。
だが、鬼沸きエリアを攻略するたびに、わざわざ俺の所まで魔石を持ってきて、谷間に入れさせようとするのは勘弁してほしい。おっさんとしてのスケベ心と、幼女としての悔しさで、なんかモヤモヤするから。