閑話 見た目に寄らぬ者⑤
1/6(水)まで、1日1話、年末年始特別連続更新を実施中です!
1/5(火)までは閑話、1/6(水)に本編を投稿します!
投稿はいつもと同じ、11時です!
外出自粛が求められている今、暇つぶしにお読みいただければ幸いです!
翌日。
冷やかしがてら昼食でも食おうと、レンに教えられた場所に向かってみると、そこはまさかの娼館跡地だった。
…………いや、食い物出す店を、娼館の跡地に作るってどうなんだ? 確かに建物はしっかりしてそうだし、ここが前、何の店だったかなんて、今の店には関係ないのかもしれないけどよ…………。
しかも、その元娼館で新しく店を始めたのが、若い女と子供って。変な噂が立たなけりゃいいが…………。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、閉まってるみたいなんだけど…………」
微妙な気分で建物を見ていると、レミイがおかしな事を言い始めた。
そんな訳ねえだろ。あいつ、今日開店って言ってたぞ。
「はあ? んなわけ……マジだ」
何を馬鹿な、と思いながら入り口に目を向けると、扉に真新しい看板が掛けられており、確かに『閉店』と書かれている。開店前か? とも思ったが、食事を提供する店が、書き入れ時であろう昼時に開けないで、いつ開けるんだって話だ。
「………………今日開店って言ってたよな?」
「うん、そのはずだけど……。なんか問題でもあったのかな?」
「おい、鍵かかってないぞ」
は? 閉店してるのに鍵が掛かってない? どういう事だ?
「とりあえず入ってみましょう」
キースの言葉に、全員で頷く。ここで突っ立ってても埒が明かないのは確かだ。
万一何かあったにしても、店内を見ておくに越した事はないだろう。
「そうだな。じゃあ、入るぞ………………いないのかー? ……おい、いるじゃねえか」
僅かに緊張を滲ませながら扉を開けると、店内には暇そうに頬杖をついているレンとメリア、それに、見たことのない、すげえ体つきで、滅茶苦茶短いスカートの使用人服を着た、無表情な女が直立不動で立っていた。
「いらっしゃい! いやー、ジャン達が記念すべきお客さん一号だよ」
扉を開けた俺達を見て、レンが心底嬉しそうに、小走りでこちらに向かってきた。
「…………やってんのか?」
何か問題があった訳ではなさそうな様子に、内心ホッとしながらも、じゃあなんで開店しないんだよ、という疑問が浮かぶ。
「そりゃやってるさ。今日開店って言ったじゃん」
『何言ってんの?』みたいな表情で俺を見るレン。
……………………おい、こいつ、まさか。
後ろを振り返ると、俺の思ってる事が伝わったようで、全員が無言で頷いた。
やっぱ、そういう事だよな……ハァ。
「ちょっとこい」
「え? いやでも営業時間中だし……」
お前らの中ではな。だが『閉店』の看板が出ている限りな、世間では、その店は開いてねえんだよ。
レンを連れて店の外に出、『閉店』と書かれた看板を指し示してやる。
怪訝そうな顔で看板を見たレンは、大声を上げたあと、そそくさと看板をひっくり返し、『開店』に変えた。
その後すごすごと店の中に戻り、メリアに事情を説明、一緒に頭を抱えていた。
凹むのはいいけどよ、客いるんだぞ。放置するんじゃねえよ。
……。
二人とも、暫し頭を抱えて唸っていたが、なんとか気を取り直したらしい。ついでに俺達がいる事も思い出したようで、メリアがそそくさとこちらにやって来た。
じゃあ、品書きを確認して、何を注文するか決めようかね。……何々? 今日の日替わりは焼いた肉か。で、後は野菜炒めに…………クロケット?
「なあ、このクロケットってなんだ?」
「それ、うちのおすすめだよ! 茹でた芋を潰してから固めて、さらに一工夫した料理なんだけど、美味しいんだあ」
メリアがクロケットとやらの味を思い出しているのか、うっとりとしているが……潰した芋を固める? なんでわざわざそんな事を? そんな事しなくても、最初から茹でた芋を出しゃいいんじゃないのか? よく分からん。
俺は冒険者ではあるが、食い物で冒険するのはあまり好きじゃないから、ここは…………。
「俺は日替わり」
「俺も。ジャンと同じで」
「私は野菜炒めをお願いします」
「私もキースと同じでお願いしますわ」
レミイ以外は俺と似たような考えらしく、ありふれた品を注文した。
「えー! なんでみんなそんなどこでも食べられそうな物注文するの? ここはやっぱりおすすめでしょ! 私、クロケット、だっけ? それでー!」
レミイは好奇心からか、クロケットとかいう料理を頼んだ。旨そうだったら味見させてもらおう。
「はーい! えー、小銀貨二枚と大銅貨三枚でーす」
計算早っ?! 頭の中で計算したのか?! すげえ……。
とりあえず代金として小銀貨三枚を渡すと、大して間を置かず、大銅貨七枚返ってきた。
やっぱ早ええ……。メリアって見かけによらず頭いいんだな……。あ、忘れてた。
「あ、そうた。エールくれ」
「俺も」
「私も」
「私は遠慮しますわ」
「私はいる!」
セーヌ以外の全員が酒を頼んだ。今日も休みの予定だからな、昼間っから酒を飲んでも問題ない。
「エール四つですねー。小銀貨一枚と大銅貨二枚になりまーす」
「ほい」
相変わらずの早さで代金を計算するメリアに、内心舌を巻きながら代金を渡す。
「丁度いただきまーす。ではお待ち下さーい」
そう言ってメリアは去っていった。注文を厨房に伝えにいくようだ。
「はー。計算早かったなあ」
「メリアさんって頭いいんだねえ」
「そうだなあ。一緒にいた時は、そんな素振り見せなかったがなあ」
「お待たせしましたー。日替わり二つ、野菜炒め二つ、クロケット一つ、それとエール四つでーす」
「「「「「早っ?!」」」」」
いやいや、いくらなんでも早すぎだろう。注文してから、ほとんど時間経ってないぞ? なんだ? 作り置きか?
そう思ったが、席に列べられた料理は熱々で、とても作り置きには見えない。
「えへへ。秘密の方法で素早く出せるんだよ。あ、クロケットには、このソースを掛けて食べると美味しいですよー。それじゃ、ごゆっくりー」
自慢げに大きな胸を張りながらそう言って、メリアは再び席を離れていった。
「厨房にいるのは……レンか」
「彼女なら、あり得る、んでしょうか?」
「あいつを見てるとそう思っちまうよな」
「でも、一人分ならなんとかなるかもしれませんが、五人分ですわよ? いくらレンちゃんでも……」
「でも来たのは事実だしねえ…………」
「「「「「うーん……」」」」」
五人揃って考え込んでしまった。数分ほど悩んだところで、レミイが声を上げた。
「ま、早く来る分にはいいでしょ。早く食べようよ」
諦めたらしい。まあレンのやることなんざ俺達にはわからないし、考えても仕方がないか。
「そうだな、食うか」
俺は目の前に置かれた肉の塊にかぶりついた。
「………………まあ、普通だな」
「だな」
「ですね」
「ですわね」
俺の言葉に、レミイを除く四人も同意した。他の料理も同じ感じみたいだな。
まあ、不味いよりはいいか。
「うまーっ!」
そんな中、一人だけクロケットとかいう料理を頼んだレミイが、大声で叫んだ。
「なにこれ! なにこれ!? 外はなんかサクサクするのに、中はホクホクで、初めて食べたはずなのに、なんか食べた事ある味もする! 美味しい! 美味しいよっ!」
レミイの前にあるクロケットは潰れた楕円形の茶色い物体だった。表面はなんだかザラザラしているが一部だけ白い。あそこはレミイがかじりついた場所だろう。
正直な所、見た目は大して旨そうじゃない。というか食い物なのかあれ。
「……そんなに旨いのか?」
「美味しい! 何個でも食べたい! あ! あげないよ! 食べたいなら自分で注文しなよ!」
そう言ってレミイは自分の皿を抱え込んだ。
くそ、味見させてもらう作戦は失敗か。しょうがない。自分で注文するか。
「すまん。クロケット一つ」
「俺も」
「私もお願いします」
「私にも一つお願いしますわ」
「おかわりー!」
またも考えが一致したらしく、全員がクロケットを注文した。
……レミイ、もう食い終わったのか? 早くないか?
「「「「旨っ?!」」」」
「はぐはぐはぐはぐ…………」
最初と同じく、考えられないような速さで届けられた事に驚きつつ、自分の前に置かれた皿からクロケットを持ち上げ、噛り付く。
ザクッという音と共に歯が食い込むが、そんな音を立てる癖に中はとても柔らかい。ああ、そういや中は潰した芋だとか言ってたな。
口の中のクロケットを咀嚼すると、ホクホクした芋の味と共に、塩気を含んだ、少し硬い触感があった。
なんだこれ。これもいい味出してるな。でもなんだ。なんかこれ、食った事あるような……噛み締めると、濃い肉の味が…………っ!?
まさかこれ、干し肉か!?
そりゃ食った事ある気がする訳だよ。依頼を受けて、街から出るたびに食ってる物だからな。
あの硬くてしょっぱいだけの干し肉が、クロケットに混ぜるだけで、こうも旨くなるのか……。
あっという間に皿の上のクロケットを食い切り、そこでようやく顔を上げると、他の奴らも丁度食べ終わったらしく、顔を上げていた。
お互い顔を見合わせ、一つ頷く。考えてる事は一緒のようだな。
「「「「「クロケットおかわり!」」」」」
この後、全員で何皿もクロケットを注文し、店の売上に貢献することになった。
食いすぎた…………苦しい。