閑話 見た目に寄らぬ者①
本日より1/6(水)まで、1日1話、年末年始特別連続更新を開始します!
1/5(火)までは閑話、1/6(水)に本編を投稿します!
投稿はいつもと同じ、11時です!
外出自粛が求められている今、暇つぶしにお読みいただければ幸いです!
世の中には、見た目と中身が合っていないって状況は良くある。
ひょろひょろの兄ちゃんにしか見えない奴が、実は剣の達人だったり。
どっからどう見ても野盗の頭なのに、実は上位貴族だったり。
普通に暮らしているだけでも、そう言ったことはしばしば見られるが、それが冒険者になると更に増える。
そこらへんの木に擬態する魔物。
子供の姿の不死者。
壁に見せかけた扉、なんてのもあったな。
そんなわけで、冒険者である俺達は、そういった外見と内面の齟齬っていうのには慣れている。外見に騙されると死ぬからな。
だがあいつほどの奴には未だかつて会った事はない。
ああいうのを詐欺っていうんだろうな。
あいつに初めて会ったのは、イースの東に存在する〈大森林〉の奥、〈死の断崖〉近辺で発生した竜巻の原因調査でだった。
〈大森林〉自体はそこまで危険って訳じゃない。浅い場所なら、駆け出し冒険者も入ることがある程度だ。じゃなかったら近くに街なんて作らない。
だが、深い所まで行くとそうもいかない。
魔物もそれなりに強いし、鬱蒼と茂る木々が空を覆い隠す所為でいつでも薄暗いし、曲がりくねった木々がそこかしこに生えていて遠近感と方向感覚を狂わせる。
それでいて、大して金になる植物も生えてないし、魔物も強いだけで、素材の使い道がない物ばかり。
危険と旨味が全く釣り合わない、俗に言う『不味い狩場』ってやつだ。
そんな〈大森林〉の奥深くで、いきなりでかい竜巻が発生した。
〈大森林〉の奥に入る物好きなんて皆無だから、土地勘のある奴、なんてのはいない。そして魔物はそれなりに強いから、駆け出しを送り込む訳にはいかない。
そんな理由から、イースの街で二番目にレベルが高い俺達に白羽の矢が立った。
なんで一番の奴らじゃないかって?
あいつらはちょうど別の依頼でイースを離れてたからだよ。
おかけで組合からの指名依頼なんていう、実質強制な依頼を受ける事になっちまった。
まあ依頼料はなかなかの高額だったのが救いだな。
イースの街から〈大森林〉はそこまで離れていないので、森の入り口までは一日で着いた。そこから二日かけて竜巻の発生予想地点に到着した。
やはりうちのレミイは優秀だな。魔物との戦闘も予想よりずっと少なくて済んだ。他の奴らだったら、こうはいかないだろう。
発生予想地点は、木々が途切れ、小さな広場となっている場所だった。
その奥には壁のように切り立った岩山があり、一ヶ所に穴が開いていた。
「洞窟、か?」
「多分そうだね。結構深そうだ。ちょっと偵察してくるよ」
「ああ、頼んだ」
止めたりはしない。偵察は斥候の役割だし、俺達はレミイを信頼している。だから俺はそれ以上何も言わず、レミイの荷物を受けとる。
「じゃ、行ってくるよ」
そう言ってレミイは洞窟の中へ入っていった。
「よし、レーメスはとセーヌは周囲の警戒だ。俺とキースで入り口を見張る」
「「「了解」」」
斥候に出た者が戻って来る場所を守るのが俺達の役目だ。冒険中に暇な時間なんて存在しない。
そのまま待機すること暫し。
レミイが洞窟から出てきた。…………が、なにやら様子がおかしい。何か判断に迷う物を見つけたようだ。
「どうしたレミイ」
「あー、いや、うん。洞窟の奥にさ、人が住んでた。しかも女と子供一人ずつ」
「………………こんな場所にか? 良く生きていたな」
なんらかの理由から村に住めなくなった者が、人里離れた場所に暮らすっていうのはたまにある。だがここは〈大森林〉の奥地。女子供が生きていくには厳しすぎる環境だ。
普通であれば、一日持たずに魔物の餌になって終わりだろう。本当に、良く生き残れた物だ。
そんな俺の疑問は、続くレミイの台詞で解消した。
「私が近付いた事が察知された」
「……なるほど」
隠密行動中のレミイの気配を察知するなんて、かなりの手練れだ。
それだけの実力があるのなら、〈大森林〉の奥地でも生きていけるだろう。魔物に怯える必要がないのであれば、これだけ深い森だ、食料は豊富だろう。子供一人であれば、養うのもそう難しい事でもないのかもしれない…………か?
「しかも、とても冷静だった。私の荷物が少ないのを見て、他に仲間がいる事を読んだ。外に出て全員で話しよう、と言われたから、念のため一度相談しておこうと思って戻ってきたんだ。……まあ結論は決まってるとは思うけどさ」
「そうだな。会おう」
ここで何も聞かずに済ませる理由はない。竜巻の発生予想地点のすぐ近くに住んでいるんだ。なにかしらの情報を持っているだろう。もしかしたら発生の瞬間を間近で見たかもしれない。
「だよね。じゃあ連れてくるから待ってて」
そう言い残して、レミイは再び洞窟へ入っていった。
それから大した時間も経たず、レミイが件の住人を連れてきた。
一人は赤髪赤目の女性。年齢は十代後半くらいだろうか。簡素な貫頭衣を纏い、長い髪を背中に流している。炎のような見た目に反し、その雰囲気は抜き身の剣のように冷たく、鋭い。
もう一人は、鉄色の髪に金色の瞳を持つ子供。年齢は、五~六歳くらい。女の子のようだ。こちらも女性と同じ拵えの貫頭衣を纏い、女性の手を握っている…………いや、女性に手を握られている。
……おっと、ここは来訪者であるこちらが先に挨拶すべきだな。
「あんたがこの洞窟に住んでるっていう女性か。驚いた。とても美しい」
…………女性の表情は変わらないが、子供の方は嬉しそうな顔をしている。親代わりであろう女性が褒められた事を喜んでいるようだ。優しい子のようだな。
「ありがとうございます。ですが、そんな事を言う為にここまで来た訳ではないでしょう? どのようなご用件でしょうか」
逆に、女性には警戒されてしまったようだ。
残念だが、とりあえずここは、仕事の話をすることにしようか。
……。
…………。
驚くべき事に、あの竜巻は、女性の隣にいる子供の持つ【能力】による物だと言う。
この美しい女性が嘘をつくとは思えないが……正直信じがたい。
そこで、子供に同じ事ができるかと聞いてみた所、同じ事は出来ないが、力を示す事は出来ると言う。
見た目にそぐわず、男っぽい話し方に違和感を覚えつつ、やってみてもらうことにしたのだが…………。
なんとこの子供、俺達の周囲にだけ、冬を連れてきた。
空気が瞬く間に凍りつき、息を吸うだけで胸に痛みが走る程の冷気を帯びる。
…………果たして、体が震えるのは寒さだけのせいだろうか。
狭い範囲ではあるが、季節そのものを書き換える力。それはどれ程強大なものなのだろう。
「もういい! もう十分だ! 止めてくれえ!」
それに思い至った瞬間、俺は胸の痛みにも構わず声を張り上げていた。
寒さと恐怖が俺を苛んでいた。
俺の声に応え、子供は【能力】を解除してくれたらしく、徐々に気温が戻ってきた。
あんな強大な能力、人が持っていていいものではない。つまり、この子供は――――
「あ、ああ……。まさか天候を操作するとはな……。まさか、神の使いなのか……?」
「いいえ違います」
何故か心底嫌そうに、即答で否定された。返答の早さと強さから見るに、謙遜ではなく本当のようだ。
まあ、この子が神の使いであろうがなかろうが、あれほどの【能力】を自在に使う相手だ、敵に回らないように細心の注意を払って対応せねば。
…………それにしても、さっきから目の前の子供に、緩んだ顔の女性が抱き着いているんだが、先ほどまでの抜き身の剣のような女性は、どこに行ってしまったんだろうか?
……。
…………。
………………。
それからなんとか、二人――女性はメリア、子供はレンという名前らしい――を連れ、イースの街まで戻ってくる事ができた。
…………セーヌとレミイがレンを可愛がった結果、色々と危ない状況に陥り掛けたりしたが。
レンの奴、本当に子供か? 色気がすごかったぞ?
イースに着いた後も色々あった。
二人を組合に依頼完了の報告に連れていった際、俺の中に沸き上がった悪戯心にレンが悪ノリした結果、受付嬢一人が行動不能に陥った。
…………いや、この受付嬢は可愛い物が好きだから、好意でだな?
俺達は、レンの男っぽい口調や態度しか知らないから、年相応の姿ってのも見てみたいという好奇心もあった。ところがまあ、その破壊力の凄まじい事。数日ではあるが一緒に旅をしたレミイとセーヌもやられかけたほどだ。
使い物にならなくなった受付嬢を見て、他の奴が犠牲になる前に、組合長を呼んでもらうことにした。あの筋肉団子なら問題ないだろ。
経緯を話した所、組合長はレンに【能力】を使うよう頼んだ。
まあ、そうなるとは思っていた。あんなでかい竜巻の発生源が、こんな小さな子供だと言われても俄には信じられないだろう。
組合の建物の奥にある試験場で、レンの【能力】の実演が行われた。レンが言うには、〈大森林〉の時と同規模は無理とのことで、実際あの時に観測された物より規模が小さい様だったが、それでも十分な大きさだった。少なくとも、強者で知られる組合長の顔色が青くなる程度には。
レンの実演によって、晴れて俺達の依頼は達成となったが、組合長がやたらとレンを冒険者に推し始めた。
まあ、災害のような規模の竜巻を起こせる者を野放しにするのは危険だと判断して、組合に取り込んで首輪を着けておきたいのだろう。至極真っ当な考えだと言える。
冒険者という職業にはレンも興味があったらしく、登録する事となった。
……まあ、彼女達は小銅貨一枚すら金を持ってないので、早急に金を稼ぐ必要があったというのもあるだろうが。
俺は忘れていた。冒険者登録にも金がかかる事を。
そのせいで危うくメリアが色街行きを決心しそうになったが、なんとかレンの一言で思い留まってくれた。
だからといって、二人共金がない事実は変わらない。なので、適当に理由をでっち上げて金を渡した。
これでめでたく新人冒険者二人の誕生…………と思ったのだが、ここで話は終わらない。
今度はレンが年齢制限に引っ掛かったのだ。組合には十二歳からしか登録出来ない事を完全に忘れていた。
そこで組合長は過去の記録やら組合の規約やらを調べ、レベル零制度なる物を見つけてきた。
なんでも、組合長の推薦がある場合、特例として制限付きではあるが、十二歳未満でも登録ができる、という制度があるらしい。
とはいっても、ここ数十年の間にこの制度が適用された事はないらしいが。
まあ理由については考えるまでもないだろう。
冒険者は危険な職業だ。魔物退治は言わずもがな、遺跡の探索だって、護衛だって命がけだ。昨日一緒に酒を飲んで笑いあった相手が、明日には墓場に入っているなんてことも珍しくない。
……いや、珍しいな。依頼中に死んだ冒険者が墓に入れる事なんてほとんどないから。
大体は魔物の餌か放置だ。
そんな職業に、誰が好き好んで小さな子供を就かせるというのか。
だからこそ、この制度には組合長の推薦が必要なんだろう。子供の命を無駄に散らさせないために。
だがレンは数少ない例外だ。【能力】が強力すぎる。裏の世界に堕ちられたりでもしたら、どんな大事が起こるのか、考えたくもない。
そんな理由により、レンは数十年振りとなるレベル零冒険者となった。
なんとか無事に彼女達の冒険者登録が終わった後、俺達は連れだって俺達の定宿を紹介し、部屋を取ってから武具屋に向かった。
冒険者になったからには、最低限武器と防具は必要だからな。
二人に武器を選ばせた所、メリアは元々持っていた短剣をそのまま使う事にしたようだ。正直あまり良い品には見えなかったが、やたらと頑丈らしく、それなりに長い期間使っていて手に馴染んでいるから、ということだ。
対するレンは、短めの槍を選んだ。
なかなか良い選択だ。剣は地味に結構難しい。しっかりと刃を立てていないと斬れない。
それに引き換え槍は、使いこなすのが難しいのは変わらないが、とりあえず突けば刺さる。そして剣より長い。遠くから攻撃出来る、というのはそれだけで強い。
だが、その槍はレンには長すぎた。背負っただけで重心を崩し転びかけていた。あれ、この店で売ってる中で一番短い槍なんだがな。
その出来事で槍は無理だと悟ったらしく、最終的に選んだのは、なんと鎚だった。しかも〈ゴード鉱〉とかいう加工できない金属の塊を、棒の先端に括り付けただけの雑な作りの物を。
見た目も悪いし、鎚の癖にやたら軽くて打撃力も低そうなそれを、何故か彼女は気に入ったらしく、結局それに決めていた。
その後、それぞれの体格に合う胸当てに買い、武具屋での買い物は終わった。
店主である親父さんの奥さんであり、顔見知りでもあるエリーが暴走し、その結果、レンが身に付けている外套の物入れが〈拡張保管庫〉であることが発覚し、腰を抜かすかと思うほど驚いた、という出来事があったのだが。
普通であれば、ここでおさらばだ。新たな冒険者の誕生を祝福こそすれ、これ以上の世話焼きは本来不要。むしろ武具の買い物に付き合ったのもやりすぎだ。
だが俺達は、どうしてもこの二人の新人冒険者の事が気になってしまい、これ以降も色々と世話を焼く事となる。