第83話 色々あったけど、魔道具で布を織って手袋を作った。
「「ただいまー」」
「お帰りなさいませ。主。レン様」
数日振りの屋敷のドアを開けると、その先にはメイドの一人が立っており、俺達に向かって頭を下げていた。
あれは、えーっと……如月か。みんなそっくりすぎて、未だにルナ以外は名札を見ないと分からないな。
「帰ってきたー! 屋敷に着いたらなんかお腹減ってきちゃったなあ。お昼食べよっか」
「そうだね、もう結構いい時間だしね。……あ、如月。俺達がいない間、なんか問題あった? つっても【念話】も無かったし、大丈夫なんだろうけど」
「回答します。小さな問題が一つあった程度です」
「ん? なんかあったんだ。何があったの?」
全く問題がなかった訳ではないらしい。まあでかい問題なら、さっき言った通り【念話】で話しかけてくるはずだから、本当に大した問題じゃ――――
「ムツキが稼働限界に達しました」
「「大問題だよっ!!」」
全っ然『小さな問題』じゃないよ!
それから俺達は慌てて睦月が寝かされているベッドへ向かい、魂の移植を行った。
で、俺は今回もぶっ倒れた。昼食……食べれなか……った……ガクッ。
……。
…………。
………………。
今回は二日で起きられました。
で、今回魂を移植した睦月も、ルナ同様、その容姿が大きく変わった。
髪色は綺麗な灰色に、瞳は右目が赤、左目が金のオッドアイに変化した。
……うん。これ確定だな。魂の移植を行った後の容姿の変化は、元のホムンクルスの特徴と、俺の特徴を混ぜた感じになるようだ。前の世界の容姿が対象じゃなくて良かった。
で、性格の方はというと――――。
「おっはようございまーすっ! 今日もいい朝ですよレン様っ! 今日も一日張り切っていっきましょーうっ!」
別人かってくらい明るくなった。声もでかい。全ての語尾に『っ!』って付いてそうなくらいでかい。心なし、肌の色も少し濃くなった気がする。健康的になったって感じ?
その明るさに合わせたのか、真っすぐ伸ばしていた髪は高い位置で結ばれ、ポニーテールになっていた。うん。良く似合ってる。似合ってるんだが…………。
俺の魂を入れたからこうなったの? 俺、こんなに明るくないよ? 良く分からん…………。
そして、二日寝込んでしまったせいで、取得していた休みを食いつぶしてしまい、目覚めたその日から〈鉄の幼子亭〉に復帰する羽目になってしまった。いや、体調は良いから問題ないけどね? 俺、一応病み上がりなんだけど…………あ、はい。すみません。大丈夫です。出勤させていただきます。はい。
で、その日の夜。
「大分遅れたけど、リーアの手袋を作ろうと思います」
「ほんと遅れたねえ。ごめんね、リーアちゃん」
「い、いえ……。そんな無理していただかなくても大丈夫なのです。今日はお仕事でお疲れだと思いますので、次のお休みの時でも問題ないのです」
リーアさんは申し訳なさそうに、忙しくないタイミングで構わないと言ってくれた。とても有難い言葉ではある。だけどね?
「…………次の休み、十三日後だから」
「ご、ごめんなさいなのです」
俺の力ない言葉に、ケモミミをペタンと寝かせて謝るリーアさん。いや、君は悪くないよ。色々重なっちゃっただけだよ。
「ありがと。……さて、気を取り直して、作成を開始しようか。んしょっと。これが機織りの魔道具です」
俺は〈拡張保管庫〉から機織りの魔道具を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これが…………。想像してたより、ずっと小さいのです」
「だよねえ。私も見た時はびっくりしたよ」
「ほんとほんと。すごいよね、魔道具って。…………えーっと、まず、石に触れて魔力を注ぐっと」
魔道具の横に取り付けられている水晶に触れると、魔力が吸われていく感覚があった。暫くそのままでいると、やがて、吸い取られていく感覚が止まった。水晶を見ると、元々透明だったのが緑色に変わっていた。
「これで魔力は大丈夫かな。で、この状態で、小さい方の穴に、糸を差し込めば…………おお」
続いて、〈拡張保管庫〉から〈ゴード鉱〉を取り出し、【金属操作】を発動。細い糸状に変形した〈ゴード鉱〉を小さい方の穴に差し込むと、〈ゴード鉱〉が吸い込まれていった。
そのまま吸い込まれるに任せていると、やがて、逆側のスリットから白い布が頭を出してきた。
魔道具の横幅が五十センチくらいなので、織られた布の幅も同じくらいだ。
「おおー! すげえ!」
「布になってるのです!」
「これは便利だねえ…………機織りって結構大変なのに……あの頃の私の苦労は一体…………」
俺とリーアさんが感動している中、メリアさんは、驚きつつもちょっと悲し気な様子だった。
手作業で機織りをやっていた時の大変さを思い出したようだ。ドンマイ、メリアさん。
そうこうしている間にも、〈ゴード鉱〉製の布はその面積を増やしていく。………………っと。こんなもんかな?
大体一メートル程の長さになった所で魔道具を止める。停止するには糸の供給を止めるか、水晶に触れればいいらしい。そうすると、完成品の布が魔道具から切り離され…………ないな?
「あれ? おかしいな。聞いた話だと、最後は残った糸が切られて終わるはずなんだけど」
「壊れちゃった?」
「まだ初回だよ? さすがにこれで壊れたら、サーシャさんとこに殴り込みだな」
「なぐ……っ! 暴力は良くないのです! 天使様はそんな事してはいけないのです!」
「いや、天使じゃないんだけど…………。いや、でもさ、これ、大金貨五十枚したんだよ? それが初めての使用で壊れたら怒るでしょ、普通」
「ごじゅっ………………て、天罰、という言葉もあるのです! 時と場合によっては、力を行使する事も必要なのです!」
非暴力の理念が、金に負けた瞬間である。
「あ」
「ん? おねーちゃん、どうしたの?」
「これさ、もしかして、〈ゴード鉱〉の糸を切る事ができないだけなんじゃない?」
「………………ああー」
確かに。〈ゴード鉱〉って弾力がすごいから、普通の糸の感覚で切ろうとしても切れないかもしれない。別名〈不変鉱〉って言うらしいしね。【金属操作】でサクサク加工出来るけど。
試しに、入力用の穴から出ていた〈ゴード鉱〉の糸を切断してから、魔道具を再開させると、何事もなかったかのように、完成品の布がスリットから吐き出された。
「なるほど。次からは気を付けよう」
「だねえ。まあ、糸状にした金属で機織りするなんて想定されてないだろうしねえ」
そうだろうね。分かってるよ。普通じゃないって事は。だからそんな目で見ないで。
さて、それはさておき、これで〈ゴード鉱〉製の布が作成できた訳だ。
完成した〈ゴード鉱〉製の布……なんか言いづらいな。〈ゴード布〉でいいや。〈ゴード布〉を弄ってみる。
色は〈ゴード鉱〉自体の色のまま、白っぽい色をしている。
触った質感は、サラサラ、スベスベとしていて、触っていて気持ちいい。なんだっけ、こんな見た目の布地があったような……確か、サテン地だったかな。だが、サテン地のように光を反射したりはしないようだ。
後、軽い。金属から作られた布だとはとても思えない。まあ、〈ゴード鉱〉自体があり得ないくらい軽いしね。
で、これが一番驚いたのだが、この布、伸びる。倍くらいまでは余裕で伸びる。がんばればもっと伸びそう。まるでゴムだ。これは色々な事に使えそうだな。
そしてなにより、この布、元が〈ゴード鉱〉なんだから当たり前かもしれないが、【金属操作】で操作できるのだ。
それが判明した時点で、手袋作りは終わったも同然だ。
〈ゴード布〉をテーブルに広げ、端の方にリーアさんに両手を乗せてもらってから、余った部分を折って、リーアさんの手を挟む。
で、【金属操作】を発動する。
指の一本一本までしっかり覆うように〈ゴード布〉を変形させて、余った布は切り離すっと。
はい完成。
「はわー……。あっという間に手袋が出来たのです……。やっぱり天使様はすごいのです!」
「いやだから……はぁ。もういいや。好きに呼んで」
「はい! 天使様!」
もう、リーアさんの俺の呼び方を矯正するのは無理だ。なんか、俺が何かするたびに、リーアさんの目から発せられる、崇拝じみた光が強くなってる気がするし。神様呼ばわりされないだけマシ、と考えよう。
「じゃあ最後に、手袋の性能を確認しようか。ほい、手出して」
「え!? 天使様と、あ、あ、握手するのですか!? そ、そんな…………畏れ多いのです」
…………前言撤回。駄目だわ。矯正せんといかんわ。こんな状況じゃ、下手にスキンシップでも取ろうものなら、気絶しかねない。
ここは強引に行って、ショック療法だな!
「はーい。畏れ多くなんてないですよー。はい握手ー。…………うん。大丈夫そうだね。成功だ」
「っ!!!!???」
リーアさんの小さく柔らかい手をニギニギしてみるが、以前のように熱が吸い上げられる事もない。
……改めて握ってみると、ほんとに小さな手だなあ。俺と大して変わらんぞ。ほんとに十八歳なのか甚だ疑問だ。
「…………」
…………あー。やわっこくて気持ちいいなあ。いくらでも握ってられる。ニギニギ。
メリアさんの手も気持ちいいけど、長年の洞窟生活で、ちょっと肌が硬くなっちゃってるんだよなあ。あ、ハンドクリームとか作ってあげたら喜ぶかな?
あー、気持ちいい。手でこれだったら、抱き着いたりしたらもっと気持ちいいんだろうなあ……。
いや、変な意味じゃないぞ。ぬいぐるみに抱き着く的な意味だぞ。
…………おっと、思考が逸れた。今はリーアちゃんだ。
「これで、俺とおねーちゃん以外に触っても大丈夫だね。あ、違和感あったりしたら言ってね。すぐ直すから…………あれ?」
おかしいな。喜ばしい事のはずなのに、リーアさんの反応がない。
不思議に思って、意識をリーアさんの手から顔に向け直すと――――
「………………きゅぅ」
「き、気絶してる…………」
「レンちゃんが手を握った瞬間に気絶したよ。これは、これから大変だねえ…………」
「まじかあ……」
お目目グルグル状態で気絶しているリーアさんを前に、揃って溜息を吐く俺達だった。