第82話 戦利品を処理した。
「う……眩しい」
ガチャ。
「久しぶりの太陽だねえ。……んーっ! 日の光が気持ちいい」
ガッチャガッチャ。
二人揃って迷宮から出た俺達に、数日ぶりの太陽の光が降り注いできた。
俺はその眩しさに目を細め、メリアさんは大きく伸びをして全身に光を浴びている。
「んーーっ! ……ふう。で、レンちゃんこれからどうするの? 屋敷に帰る?」
ひとしきり伸びをしていたメリアさんが息を吐きながら質問してきた。
ガチャガチャ。
んー……。空を見上げると、太陽は中点より少し下あたり。お昼ちょっと前くらい、と言った所のようだ。
「いや。〈階層主〉倒すのに全く体力使ってないし、時間も早いから、さっさとサーシャさんのお店に行って、〈魔銀〉と魔道具を交換してもらっちゃおう。んで、その後冒険者組合に行って、いらない物を売っちゃおう。重いし」
ガチャガチャ。
「そだね。今から屋敷に帰っても、さすがに早すぎるしねえ。今出来る事はやっちゃおうか。邪魔だし」
ガチャガチャ。
さっきからガチャガチャうるさいのは理由がある。
迷宮探索で手に入れた戦利品の一部を〈拡張保管庫〉から出し、リュックに詰め込んで背負っているのだ。死ぬほど溜まった鉄はさすがに〈拡張保管庫〉に入れたままだが、〈魔銀〉の一部や、〈階層主〉を倒して手に入れた装備等はリュックに突っ込んだ。
ほら、迷宮探索したのに手ぶらって不味いじゃん? 一応まだ〈拡張保管庫〉の事は大っぴらにしてない訳だし。
…………まあ、他にも目的があるんだけど。
その目的を達成する為に周囲を見渡すが…………あれ?
「あの門番がいない」
その目的とは、俺の事を馬鹿にしたあの門番に大量の戦利品を見せて、渾身のドヤ顔を決めてやる事だったのだが……いない。
いや、門番の人自体はいるんだけど、俺達が入った時とは違う人だ。あの人にドヤ顔しても意味ない。
「あの門番? ……ああー、入る時にいた人? そりゃ門番の人だって、ずっと同じ人がやってる訳じゃないでしょ。持ち回りなんじゃない?」
言われてみればそうだ。いくらなんでも四六時中ここで門番してる訳ないか。
ドヤってやる事で頭が一杯で、そんな初歩的な事を忘れていた。
「というか、いきなり『荷物を背負う!』って言い始めた時はどうしたのかと思ったけど、あの門番の人に見せつけたかったんだ……」
「だって、結構腹立ったし……」
「全く……。普段は大人なのに、そんな時だけ子供なんだから」
しょうがないじゃん。男はいつだって、心は子供のままなんだから!
「ほら不貞腐れない。見せる相手がいないんだから、さっさとサーシャさんのお店行こ? 肩に食い込んで痛くなったきたし」
メリアさんが背負ったリュックをガチャガチャ言わせながらそう言うのを聞いて、自分の背中に視線を向ける。俺の背中にも、しっかりリュックが背負われており、ギチギチとその重みで肩紐を肩に食い込ませ続けている。
「…………そうだね。俺も結構痛くなってきたし、しゃーない。行こっか」
俺の中で二番目くらいに重要だった目的『門番に戦利品を見せてドヤる』は達成できないまま、一番の目的を達成する為に、サーシャさんのお店へと足を向ける事にした。
「いらっしゃいまっせー! ……あら、メリア様じゃないでっすか」
二人してリュックをガチャガチャ言わせながら歩を進め、〈サーシャの魔道具屋〉に着いた俺達がドアを開けると、前回と同様、サーシャさんが入口に一番近い位置で来店の挨拶をしており、笑顔を浮かべながらメリアさんに挨拶をした。
俺? いるけど、今の俺は空気だから。このお店の中では俺は空気だから。全力で空気になりきってるから。だから誰も話しかけてこないでね。
「今日はどんなご用件でっすか? もしかして、〈魔銀〉持ってきてくれちゃったりしちゃったでっすか? なーんて、そんな訳――――」
「持ってきましたよ」
「え!? 本当でっすか!?」
「もちろん。お忙しいようでしたら日を改めますけど……」
「い、いえ! 大丈夫でっす! ちょっとお待ちを!」
メリアさんの言葉に目を見開いたサーシャさんは、早歩きでカウンターに向かい、そこに立っていた店員の人に近づいて二、三言話すと、すぐにこちらに戻ってきた。
「お待たせしまっした。奥へどうぞでっす」
そう俺達に声を掛け、サーシャさんは店の奥へ移動を始めたので、俺達もそれに続く。
バックヤードに入り、前回と同じ部屋に入ると、椅子を勧められたので、素直に座る。
俺達が席に着いたのを確認してから、サーシャさんも同様に椅子に座った。
「それでは、お見せいただいてよろしいでっすか?」
サーシャさんの言葉にメリアさんは一つ頷き、リュックの中から、子供の握り拳程度の大きさの銀色の鉱石を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これです」
「拝見しまっす」
サーシャさんは、メリアさんに一言断ってから、テーブルの上に置かれた鉱石を手に取り、色々な角度から眺めたり、軽く叩いたりし始めた。本当に〈魔銀〉なのか確認しているらしい。あんな見方で分かるのか、本職はすごいなあ。
最後に両手で〈魔銀〉を包み込むように握り、目を閉じた。その姿勢を暫し続けた後、目を開き、〈魔銀〉を机の上に戻した。
「混ざり物なし。正真正銘の〈魔銀〉でっす」
「じゃあ、これで?」
機織りの魔道具と交換できるのか? というメリアさんの問いに、サーシャさんはゆるゆると首を横に振った。
「申し訳ありませんが、これだけだと機織りの魔道具と交換するには量が足りまっせん。そうでっすね、これと同じ大きさの物が後…………九個程あれば可能でっす」
後九個…………って事は、あのサイズの〈魔銀〉一個で大金貨五枚の価値があるって事か。
すげえな〈魔銀〉。
「そうですか……」
「しかし、こんな短期間で〈魔銀〉を手に入れるとは、正直思ってもみませんでっした。この調子でいけば、そう遠くない内に…………って、ちょ、ちょちょ!?」
「? なにか?」
「なにか? じゃないでっすよ! なんでっすかこれ!?」
「〈魔銀〉ですが?」
サーシャさんが唾を飛ばしながら指さしたテーブルには、銀色の鉱石が十個。
元々〈魔銀〉が置いてあった場所に、メリアさんが追加で九個置いたのだ。
その輝きは最初にサーシャさんに見せた物と全く変わらない。
「な、な、なんで、こんなに〈魔銀〉があるんでっすか!?」
「手に入れたからですが?」
「そ、そんな簡単に手に入る物じゃないはずなんでっすが……」
サーシャさんが、小さくそう呟いたのを華麗にスルーして、メリアさんが口を開いた。
「これで、〈魔銀〉十個です。これで機織りの魔道具をいただけますよね? ああ、もちろん本物かどうか確認いただいても構いませんよ?」
そう言ってニッコリ笑うメリアさんに対して、サーシャさんは呆然とした様子のまま『確認させていただきまっす…………』と新しく出した〈魔銀〉を手に取った。
一個目よりも大分丁寧に確認をしていたサーシャさんは、大きくため息を吐きながら最後の一個をテーブルに戻した。
「…………全て、正真正銘の〈魔銀〉でっす」
「ありがとうございます。それでは、前回のお話の通り、こちらは差し上げますので、代わりに機織りの魔道具をいただけますか?」
「はい、それはもちろん。持ってこさせますのでお待ちくだっさい」
そう言って、サーシャさんは席を立ち、部屋から出ていった……と思ったらすぐ戻ってきた。近くに従業員の人がいたのかな?
「さて。メリア様、当店と契約して、定期的に〈魔銀〉を卸していただけまっせんか? もちろん給金は弾みまっす。短期間でこれだけ大量の〈魔銀〉を入手できるメリア様であれば、悪いお話しではないと思うのでっすが…………」
再び席に着いたサーシャさんは、開口一番そう言った。
まあ確かに、あれだけ大量の〈魔銀〉を一気に入手できる人材は、そう多くはないだろうから、囲い込んでおきたいという気持ちは分かる。
だが、俺達の答えは決まっている。
「有難いお申し出ですが、お断りさせていただきます」
「…………理由をお聞きしっても?」
「はい。私達もサーシャさんと同じく、お店を持つ身。長期間お店を空ける訳にはいきませんので。正直、今回の迷宮探索も、他の従業員に大分無理をさせてしまっています」
「そうでっすか…………」
メリアさんの説明に、サーシャさんは肩を落とした。不本意そうではあるが、一応納得してもらえたようだ。
…………ま、本当の理由は違うけどね?
本当は、単純にあんな腹が立つ場所に二度と行きたくないだけだ。あの、人を小馬鹿にするギミックの数々。思い出しただけでイライラする。
とは言え、こんな理由だとサーシャさんに申し訳ないので、契約の話が出た瞬間から【念話】で話し合って、それっぽい理由をでっちあげたのだ。
後、一応フォローも考えてるよ?
「定期的に納品、というのは難しいですが、冒険者組合に依頼を出していただければ、可能な限り受けさせていただきます。私達が組合に足を運ぶ頻度は高くないのですが、有難い事にうちのお店を贔屓にしていただいている職員の方が、何人かいらっしゃいますので」
組合長とか、クリスさんとかな。あの人達、実はほぼ毎日来てるからね。
ちなみに、クリスさんはクロケット、組合長はトンカツがお気に入りだ。
「おおっ! そうしていただけるだけでも、ありがたいでっす! では、依頼を出させていただいた際は、よろしくお願いしまっす!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
嬉しそうに顔を綻ばせるサーシャさんに、メリアさんも笑顔で答える。〈魔銀〉の在庫はまだまだあるし、しばらくは迷宮に入らなくても依頼が達成できるな。ある意味これも不労所得か? ……違うか。
その後は、暫しサーシャさんと雑談をし、従業員の人が持ってきてくれた、機織りの魔道具を受け取ってから店を出た。
機織りの魔道具は、俺の予想と違い、細長い直方体の箱だった。長辺の一方にスリットがあり、逆側には小さな穴が開いている。横に付いている水晶のような物に魔力を込めてから、小さな穴に糸を差し込むと、勝手に吸い込んでスリットから布になって出てくるらしい。
中は一体どうなっているんだろう。とても気になるが、一度開けたら元に戻せる自信はないから、開けたりしないよ。
サーシャさんの店を出た俺達は、冒険者組合に足を運び、クリスさんに帰還の挨拶と共に、サーシャさんと話した内容を伝えておいた。共有しておく、との事だったので、サーシャさんから依頼が来た場合は俺達に連絡が来るだろう。主に食事しにきたクリスさんから。
ついでに不要な戦利品を売却した。
魔石は一個あたりの金額は大した事なかったが、いかんせん量があったので、合計額はなかなかの物だった。
第十階層の宝箱から出た装備は安かった。まあ、明らかに〈階層主〉が装備していた物より質が悪かったので、理解はできる。納得はし難いが。
第二十階層の宝箱から出た温かい石は〈蓄熱石〉というらしい。
名前の通り熱を貯める性質があるらしく、一定量まで熱を吸収したら、今度は溜め込んだ熱がなくなるまで放出をするらしい。
これは、割と簡単に手に入る品らしく、買い取り金額も安かったので、売らずに手元に置いておくことにした。色々使い道がありそうだしね。
…………〈階層主〉の宝箱から出た話をしたら、可哀想な人を見る目で見られたけど。
第三十階層の〈階層主〉から剥ぎ取った黒い石は、魔石ではなかったらしい。というか、人形って魔石を持ってないんだそうだ。
という事は、俺みたいに剥ぎ取る【能力】を持ってないと、人形と戦っても何も得る物がないって事か。酷い話だ。
〈階層主〉の黒い石は、クリスさんも初めて見たそうで、その場では値段を付けることが出来ない、との事だったので、これも残す事にした。今の俺は金持ちだからね。無理に売らなくても大丈夫なのだ。
懐が寒くなったら売るけど。
「んっし。これで一通り終わったかな」
「だねえ。じゃ、帰ろっか」
さっさと帰って、リーアに手袋を作ってあげなくちゃ。