第78話 迷宮攻略を開始した。⑤
「くそ! くそ! まじふざけんな……っ!」
「いやー、さすがにあれはちょっとねえ……」
最初の〈階層主〉を撃破して手に入れた宝箱の中身は、〈階層主〉が身に着けていた装備の劣化品だった。
ブチ切れつつ宝箱の中身を〈拡張保管庫〉にぶち込んだ俺は、扉のトラップの所為もあって気が立っていた事もあり、メリアさんの提案を受け、安全地帯であろうこの部屋で長めの休憩を取る事にした。
迷宮には窓がないので、今外が夜なのか、はたまた朝なのか分からないが、こんな状態で攻略を続けても碌なことにならない事は分かり切ってるし。
「すぅ……はぁ…………。よし、落ち着いた。じゃあ夕食……いや、朝食? …………なんでもいいや、食事して寝よう」
「わーい! 食べよう食べよう! お腹すいたー!」
深呼吸してなんとか気を落ち着かせ、食事の準備を始める。
「じゃあまず、テーブルと椅子を用意してー」
「え?」
【翼】を【金属操作】で〈ゴード鉱〉の塊に戻し、さらに変形、テーブルの形に成形する。二人だけなのでサイズは小さめで。
このままじゃ味気ないので、【魔力固定】でテーブルクロス作成、テーブルの上に敷く。
で、〈拡張保管庫〉から追加の〈ゴード鉱〉を取り出して、椅子を作る。
〈ゴード鉱〉は触っても鉄みたいに冷たくないけど、さすがに座り心地はよくないので、厚めの布を作って、座面に敷いて、と。
「食卓完成ー。料理出すよー。まずは汁物ー」
「えぇ?」
ドンッ。
テーブルの横に小さな机を追加で作成。そこに寸胴鍋を置く。
テーブル小さいから、上に置いたら邪魔だしね。
中身は肉無し野菜たっぷりのスープ。味見したけどなかなか美味しくできていた。
今回、主食が肉料理だからね。スープはあっさり目がいいと思ったんだ。
「次は主菜ね。なんと! 新作でーす!」
「えぇー……?」
コトッコトッ。
俺とメリアさんの前に、皿に盛りつけられた状態の新作料理――ハンバーグを置く。付け合わせは茹でた人参とマッシュポテト。人参は味付けしないでただ茹でただけ。甘く味付けした奴、俺好きじゃないんだよね。
いやー、表面を一気に焼き上げたあと、【熱量操作】で中に火を通すのがなかなか難しかった。
でもおかげで、口に入れた途端に肉汁が溢れだす、素晴らしい出来になった。
「あ。これ、口直し用ね」
「…………」
コトッコトッ。
続いて出したのはサラダ。ドレッシングとしてオリーブオイルっぽい油にレモン汁を加えて、塩で味を調えた物を掛けてある。あっさりしていい感じだ。本当は胡椒も入れたかったけど、手に入らなかったからしょうがない。まあ十分美味しいと思うからいいよね?
「最後にパン。焼きたてだよー」
「………………」
コトン。
最後にバスケットに山盛りのパンをテーブルの中央に置く。焼きたてをすぐに〈拡張保管庫〉に入れた奴だから、熱々のフワフワだ。
最後にナイフ、フォーク、スプーンを二セット【魔力固定】で作成して、お互いの前に置いて準備完了だ。
「準備できたよ。じゃあ食べようか。最後に甘い物もあるから、食べ過ぎないようにね?」
「いやちょっと待って」
全ての料理を出し終わり、さあ食べようという所で、メリアさんからストップが掛かった。
「どしたの? 料理冷えちゃうよ?」
「いや普通誰だって迷宮の中でこんな豪華な料理が出たら驚くと思うよ!? 何これ!? 屋敷で食べるのと変わらないじゃない! 迷宮での食事って言ったら、干し肉にカチカチのパン。後は水、とかそういう物じゃないの!?」
「あ、おねーちゃんはそっち食べる? 一応あるけど」
「食べないよ! 何それいじめ!? というかなんであるの!? これだけ用意できるならそっちはいらないでしょ!? こっち食べるよ! 当たり前でしょ! ……うわ何これすっごい美味しい! メンチカツっぽいけどなんか違う! 口の中に美味しい汁が溢れる!」
勢いよく突っ込みを入れてきたメリアさんは、そのままの勢いでハンバーグを一口食べ、続いて感動の声を上げた。気に入ってくれたみたいで良かった。
「メンチカツのタネに、衣を付けないで焼いたんだ。その出来になるまで苦労したよ」
【熱量操作】は触れた物にしか使えないから、焼いてる最中のハンバーグに素手で触れるという、前の世界では早々ない経験を積む事になってしまったが、それに見合う結果は得られたと思う。
欠点として、一個一個に【熱量操作】を使わなくてはいけないので、量を作れないという事だろうか。本当のプロならそんな事しなくても完璧な焼き加減に出来るんだろうけど、俺にその領域はまだまだ遠い。…………〈鉄の幼子亭〉で出すなら、数量限定にするか、【熱量操作】を使わないで普通に焼くかだな。常連の人に出してみて決めるか。
……とと。俺も食べよう。冷えたハンバーグって美味しくないし。
手に持ったナイフでハンバーグを一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
カリッと焼きあがった表面を噛み締めた瞬間、しっかりと火が通り、それでいて柔らかい状態を維持した内面から、熱々の肉汁が溢れだし口内を駆け巡る。肉を荒めに挽いたからか肉感がすごい。うん。いい出来だ。
いい出来なんだけど…………ソースがなあ。
今ハンバーグにかかっているのは、クロケットに掛けているのと同じソースだ。ウスターソースみたいな感じの奴。
いや、これはこれで美味しいんだけどね? 俺としては、ハンバーグにかけるのはデミグラスソースなんだよね。
……デミグラスソースねえ。前の世界ではさすがに作った事ないんだよな。使う時は缶詰の奴買ってたし。
一応、軽く調べた事はあるから、ほんのりと作り方は知ってるんだけど、あれ、作るの時間かかるし、滅茶苦茶面倒なんだよね。
でも食べたいなあ、デミグラスソースのかかったハンバーグ。今度、時間を見つけて試作してみようかな。…………あ、ハンバーグ繋がりで煮込みハンバーグってのもいいなあ。
…………よし。今度ちょっと作ってみよう。デミグラスソースが出来たら、料理の幅が広がるし、俺も色々食べたくなってきた。
「レンちゃ~~ん…………」
「ハッ!?」
やばい。デミグラスソースの事を考えてたらちょっとトリップしてた。
意識を現実に戻すと、メリアさんが切なそうな目でこちらを見ていた。
「やっと帰ってきたよお。もう、いくら声掛けても返事してくれないんだもん」
「ごめんごめん。ちょっと新しい料理について考えてて」
「新しい料理!? つ、次はどんな料理なの!? 美味しい!?」
おおう、すっごい食いついてきた。
……分かった。言う。言うからその目を止めて。肉食獣に餌認定された草食獣の気持ちになっちゃう。
「う、うん。正確には料理というか、調味料? みたいな物なんだけど、それがあると新しい料理も作れるし、今の料理にも流用できるんだよね。このハンバーグにも合うよ。デミグラスソースって言うんだけど」
「ハンバーグにも!? それ使ったらもっと美味しくなるの!?」
「うーん、そこは好みかなあ。俺はデミグラスソースの方が好きかな」
「それ! それ欲しい! 食べたい! どこ! どこにあるの!」
「いや、多分ないんじゃないかなあ……。だから作る所から始めないといけないんだけど、あんまり作り方覚えてないから、手探りになっちゃうんだよね」
「私も協力するよ! なんだってやるよ! ハンバーグの新しい食べ方…………じゅるり」
メリアさんはハンバーグがとてもお気に召したようで、まだ見ぬ新しいハンバーグに思いを馳せ、涎が垂れている。メンチカツとそこまで変わらないと思うんだけど、何がそこまでメリアさんを引き付けたのか……。てかいい歳した大人が涎て。
「う、うん。その時はよろしく…………で、おねーちゃん。俺を呼んでたみたいだけど。何か用…………いや、言わなくても分かったわ」
メリアさんの様子に軽く引きながら、そういえば呼ばれていたなと思い出し――――うん。察した。
なんで分かったかって? そりゃあ、メリアさんの前の皿が洗ったんじゃないかってくらい綺麗になってて、メリアさんの視線が俺のハンバーグに釘付けだったら、ねえ?
…………うん。渡す。渡すよ。渡すから、そんな物欲しそうな目で俺と空っぽの皿を交互に見ないでね。
これ、俺用だから。子供サイズだから。こんなの渡しても一瞬でなくなるだけだから。
後、その視線、他人がいる所では絶対やらないでね。端から見たら『子供の料理に集る大人』だからね?
「はい、おかわり。まだまだあるから沢山食べてね」
「ほんと!? やったー! レンちゃん大好きー! これほんと美味しいねえ! いくらでも食べられちゃいそう!」
とか言いながら、メリアさんは二皿目で満足したようだった。まあハンバーグ単体ならまだしも、付け合わせも全部セットの皿を渡してるからね。マッシュポテトって結構腹に溜まるからね。
俺? 俺は最初の一皿でギブアップだよ。なんとか残さずに食べきったけど、超苦しい。折角デザートも用意したのに……。
ちなみに、デザートとして用意したハチミツレモンシャーベットは、俺の分までメリアさんが美味しく戴きました。くそう。
……。
…………。
「よし。寝床の準備をしよう」
余りにも満腹すぎて、テーブルに突っ伏したまま動けない状態からなんとか脱し、俺はそう宣言した。
このままだとこのまま寝てしまいかねない。さすがにそれは宜しくない。
「あー……そっか。準備しないといけないんだったあー。ここ迷宮だったあー。忘れてたよー」
「そこは忘れないで」
俺と同じくテーブルに突っ伏して、食後のまったりとした時間を過ごしていたらしいメリアさんの言葉に突っ込んだ。まったりしすぎて語尾が伸びている。
「屋敷と同じような食事が出ちゃうとねえー。屋敷にいるって勘違いしちゃうよねえー」
「……」
うん、そうだね。俺も最初、正直どうかと思ったよ。
でもね。食事って大事じゃん? どうせなら美味しい物食べたいじゃん? そう思ったら、気づいたら保存食以外の食材を買っちゃってたよね。で、料理作ってたよね。
俺、悪くない。
「…………さあ! 寝床準備するよ! 片づけるから立った立った!」
「あー。逃げたあー。もーしょーがないなあー」
ぶーぶー文句を言いながらも席を立ってくれたので、後片付けを開始する。
余った料理は〈拡張保管庫〉にぶち込み、テーブルクロスやクッション代わりの布、使い終わった食器は【魔力固定】を解除して魔力に戻す。で、テーブルと椅子はランドセルの形に戻す。
はい後片付け終了。この間一分。
続いて部屋の隅に移動し、【魔力固定】ででっかい布を作成して、地面に敷く。その上に〈拡張保管庫〉からベッドを取り出して設置する。
ちなみにこのベッド、屋敷から持ち出した物だ。
俺の【魔力固定】って、単一素材で作成された物は作れるけど、色んな素材を組み合わせた加工品は作れないみたいなんだよね。だから、布は作れても、布団や枕、クッションみたいな物は上手く作れない。各素材を別々に作って、手作業で加工する、とかなら出来るけど。
何か言いたいが言えない、みたいに口をもにょもにょさせているメリアさんを放っておいて、作業を再開する。
といっても、残りの作業はそう多くない。
〈拡張保管庫〉から鉄の塊を取り出して、【金属操作】を発動。でかい板状にする。それを迷宮の壁に垂直に設置していって、部屋の隅にさらに小さな部屋を作成する。
で、最後に壁に【魔力固定】で作った布を壁紙代わりに貼り付けて…………と。
「かんせーい」
「迷宮の中に、寝室ができちゃったよ……」
広い部屋で寝るの、好きじゃないんだよね。正直、屋敷の寝室も広すぎるくらいだもん。
なので、小さく区切ってみました。あとほら、ここ迷宮だし? 安全性を重視してみました。みたいな?
「…………そろそろ私も、レンちゃんの非常識さには慣れてきたって思ってたんだけど、まだまだだったんだなあ……」
なんかメリアさんにしみじみと言われてしまった。
まあ非常識だって事は分かるけどね? 不便があって、自分の【能力】でそれがどうにか出来るんだったら、どうにかするよね? それだけの事だよ。
「なんか疲れた……。寝よ、レンちゃん。どうせこの造りなら見張りとかいらないでしょ?」
「多分ね。万一魔物が襲ってきても、攻撃されたら音が滅茶苦茶響くから一発で起きるよ」
「なら安心だ。寝よー」
「はーい」
んし、本日の攻略、終了っと。おやすみなさい。