第77話 迷宮攻略を開始した。④
あまりに重すぎる扉を、メリアさんに手伝ってもらってなんとか開けた。
おかしいだろ! そこは、こう、魔法的な何かで重さを感じられないくらい軽くしとけや!
おかげで戦闘前に二人共疲労困憊だよ!
「ゼェ……ゼェ…………」
「ハア……ハア……お、重すぎ…………」
二人して膝に手を付いて荒い息を吐く。まっじふざけんな。ボク戦直前にHP減らすトラップとか性格悪すぎだろ……って、やばっ!
「お、おねーちゃん戦闘だよ! すぐ敵……が……」
「ハッ! そうだった! 〈階層主〉の部屋に入っ……たん……だ……」
入った先に〈階層主〉が立ち塞がっている可能性を思い出し、メリアさんに注意を促そうとしてその、声が途中で消える。
俺の切羽詰まった声にここが何処なのか思い出したメリアさんも戦闘態勢を取りながら前を見据え、そのまま固まった。
俺達二人が力を合わせて入った部屋は狭く、短辺が五メートル程、長辺は十メートル程しかなかった。
その部屋に〈階層主〉は居らず、部屋をまっすぐ突き進んだ先には、ちょっとボロめな両開きの木製らしき扉が一つ。
「………………」
「………………」
俺達は無言で部屋を突っ切り、木製の扉に手を掛け、ゆっくりと押した。
扉は俺一人の力でもあっけなく開く程軽かった。
扉の先は一辺二十メートル程の正方形の部屋だった。
部屋の奥には扉が一つ。そしてその扉を守るかのような位置に、質の良さそうな鎧を纏った人が一人立っていた。巨大な両手剣を地面に刺し、柄に両手を置いて佇んでいる。兜の類は着けておらず顔を晒していたがその顔に生気はなく、彼が生きた人間ではない事を示している。そいつは扉を開けた俺達の姿を認めると、口角を上げ、笑った。
「笑ってんじゃねえええええええ!!」
「レンちゃん!?」
メリアさんが俺を呼ぶ声が聞こえた気がするが無視し、慌てた様子で剣を構えるゾンビ野郎に突っ込んでいく。
「なんで前の部屋の方が扉が豪華なんだよ! なんであんなに重いんだよ! なんでお前のいる部屋の扉はボロいんだよ! 普通逆だろうがよ! つーかそれ以前に前の部屋いらねえだろぉぉがあぁぁ!!」
【身体強化Ⅱ】を全力で発動しながら【翼】の一部を使って作った棒でゾンビ野郎を滅多打ちにする。
上から右から左から下から。
頭を腕を胸を腹を足を。
ひたすら棒を振るい、俺の中で燃え上がる怒りを叩きつけるように攻撃を加えていく。
棒の重量が軽く取り回し易い事に加え、【身体強化Ⅱ】でスピードを上げた俺の攻撃に、ゾンビ野郎は大剣では反応する事が出来ず、面白いように攻撃が当たる。血の気がない真っ白な顔に焦りが浮かぶ。
「ボス前の部屋は二個もいらねえんだよ! スペースの無駄だろうが! せめてトラップくらい用意しとけや手抜きかゴルァァァアアア!!!」
だが所詮は子供の攻撃。いくらスピードが速かろうが、ほとんどダメージを与える事はできない。その事に気づいたらしいゾンビ野郎は、その表情を焦りから一転、嘲りへと変えた。
「死んでる癖に表情豊かすぎんだよおおおおおぉぉぉ!!」
真上から振り下ろして頭を叩き、当たった瞬間に【金属操作】で重心を手前に変えて先端を軽くし、切り返しのスピードを上げて横薙ぎに移行。接触の直前に重心を元に戻してゾンビ野郎の腕をぶっ叩く。
重心変更による高速の連続攻撃を続けた俺は、最後にゾンビ野郎の胸に手を突き出した。
「吹っ飛べやああぁぁぁ!!」
ラッシュ中にこっそり腕に取り付けた太さ五センチ程の銃身から、蒸気圧で加速された銃弾が飛び出す。その銃弾は今までの物と違い、先端が潰れて平たくなっており、【弾】というより【柱】のような形状になっていた。
ほぼ零距離で放たれた【柱】は零距離であるが故に、その形状によって発生するはずの空気抵抗を受けずにゾンビ野郎の胸に着弾する。
ガアアアアアアアアン!
小さな金属塊が当たったとは思えない音が鳴り響き、ゾンビ野郎は驚きの表情を浮かべながら、一歩、二歩と後ろに下がる。
「まだ終わりじゃねえぞおおおお!!」
離された距離を詰めながら、俺は〈柱〉を次々に銃身内に生成して連射していく。
着弾するたびに、ガアアアアアン! ガアアアアアン! とけたたましい音を響かせ、ゾンビ野郎が後退していく。幾度も【柱】の直撃を受けた胸鎧は大きく凹んでいた。
状況を変えようとしてなのか、胸部を強く押されて態勢が崩れているにも関わらず、ゾンビ野郎は手に持った大剣を振り回し、俺に叩きつけてきた。
「うぜえ!」
身体を腰から分割する軌道で走る大剣に、俺は腕の銃身を合わせて【柱】を発射する。
ガキィィィン!
【柱】の直撃を受けた大剣はその威力を大きく減じ、銃身に軽く当たるに留まった。
「邪魔なんだよおおお!!」
そこで俺はすかさず二発目を発射。銃口に接したままの大剣をへし折る気で【柱】をぶち当てると、折る事はできなかったがその威力に負けて、ゾンビ野郎の手から大剣が離れた。
まさか剣を手放させられるとは思わなかったようで、一瞬呆然とした後、憤怒の形相で俺を睨みつけ――――
「相手はレンちゃん一人じゃないんだよ?」
――――その額から短剣の先を生やして動きを止めた。
「全くもう。いきなり飛び出しちゃ駄目でしょ。作戦はどうした、の!」
ドガンッ!
メリアさんの力を込めた声と同時に轟音が鳴り、目の前のゾンビ野郎が消えた――――と思った次の瞬間に、離れた場所から二度目の轟音。そちらに顔を向けると、消えたはずのゾンビ野郎が壁の前に倒れており、その背後の壁には蜘蛛の巣状にひび割れが出来ていた。
「痛っっったー! 掌で打ったけど痛いぃぃぃぃっ! くぅぅ……やっぱ鉄を殴っちゃ駄目だなあ」
横を向いていた顔を戻すと、先ほどまでゾンビ野郎が立っていた場所の少し後ろに、メリアさんが痛そうに右手を振りながら立っていた。
「ハァ……ハァ…………。え? もしかして、殴って吹っ飛ばしたの?」
怒りに任せてスタミナの配分も考えずに全力で動いてしまった所為で、息も絶え絶えになりながら、メリアさんにそう尋ねる。
普通は、殴られただけで目にも止まらないスピードでぶっ飛んだりはしないと思うのだが、メリアさんのパンチならできそうだ、と思えてしまう。
「うん。邪魔だったし、あの位置でいきなり動かれたりしたら危ないでしょ? ちょっとどいてもらおうと思って」
「…………ソウデスカ」
いや、なんか軽く言ってるけど、すっごい音したよ? ゾンビ野郎がぶつかったらしい壁もひび割れてるし、俺が何発も【柱】を撃ち込んで、やっと凹ませたはずの鎧がベッコリいってるよ?
メリアさん素手だよね? 素手でこれなの?
素手の方が得意だっていうのは聞いてたし、一撃で俺の結界をぶち破る威力だったのも知ってるけどさ……もしかして、あれで手加減してたの? マジで?
「………………今度、手甲と脚甲を作ってあげるよ。〈ゴード鉱〉で。鉄だと速攻で壊れそうだし」
「ほんと? 鎧とかを殴るには素手だと痛いって事が改めて分かったし、お願いしようかなあ」
普通、素手で鎧を殴ろうとはしないと思いますよ?
……あれ? もしかして、手甲と脚甲渡したら本格的に格闘戦の訓練始めちゃうんじゃない?
もしそうなったら、訓練の相手は俺だよね? え、俺が受けるの? あれを? 手甲付きで?
大丈夫かな? 俺死なない?
「………………あ、死んだみたいだね。いや、死んだっていうのもおかしいか、最初から死んでたんだし…………なんて言えばいいんだろ」
近い将来起こるであろう現実から全力で目を逸らすために、話題も逸らす事にした。
……に、逃げじゃねえし! 今この瞬間を全力で生きてるだけだし!
「んー……まあ、死んだ、でいいんじゃない? 意味は通じるんだし」
「それもそっか」
メリアさんの掌底がトドメとなったらしく、壁際に倒れていたゾンビ野郎が灰に変わっていった。その場に残ったのは灰の山のみ。魔石は灰の中に埋まっているんだろう。
とりあえず魔石を回収する為に、二人でゾンビ野郎が残した灰の山に近づいた。
…………なんで鎧とか剣も一緒に灰になっちゃってるの。身体の一部扱いなの?
ま、いいか。あんなごっつい鎧もでっかい剣も俺達には不要だから、残らなくても全然構わないし。
「……おお、大っきい」
「ほんとだねえ。〈階層主〉だからかな」
「多分そうじゃないかな。単純に強かったからって可能性もあるけど」
灰の山から魔石を取り出してみると、今まで迷宮で拾った中で一番大きかった。
やっぱ、どうせ手に入れるなら、小さい奴より大きい奴の方がいいな。達成感がある。
「じゃ、魔石も回収したし、次いこっか」
「そだね。〈階層主〉を倒したら宝箱が手に入るらしいし、きっとあの扉の先だよ」
この後手に入るであろうお宝にワクワクしながら、扉を押す…………押す!
…………ビクともしない!
「だーっ! また重いのかよ! まじふざけんなよ!」
「いや、レンちゃん、それ、引き戸」
「…………え?」
引いてみた。あっさり開いた。
「さっきまでの扉は押戸だったじゃんか! なんで今回は引き戸!? 統一しろや!」
「なんというかこの迷宮、敵以外の所が嫌らしいよね……」
イライラしながら次の部屋に入ると、小さな部屋の真ん中に、やたら豪華な装飾が施されたでっかい箱がポツンと置いてあった。
箱を開けると、中から出てきたのは、ゾンビ野郎が装備していた物を同じ見た目の鎧と大剣だった。
………………ゾンビ野郎の物よりちょっと質が悪そうな奴だが。
「なんでこっちのが質低いんだよおおおおおおおおおお!!」
この迷宮作った奴、絶対性格悪い!