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第76話 迷宮攻略を開始した。③

「あっはははははははははははーっ!」


 メリアさんがとても良い笑顔でナイフを振るうのを、俺は少し離れた場所で眺めている。


 第五層。


 ここに来てついに、銃弾一発で死なない魔物が現れた。

 ゾンビだ。

 この世界では『屍人』と言うらしい。安直。


 ゾンビが銃で倒せない事に違和感を持つ人もいるだろう。ぶっちゃけ俺もその一人だった。


 前の世界のゲームでは、主人公が銃をバンバン撃って『うー』とか『あ”-』とか唸るゾンビ共をバッタバッタと倒していっていたのだ。ゾンビに銃が効かない訳がないと思い込んでいた。


 だが考えてみてほしい。なんらかの要因で動いているとはいえ、あいつらはすでに死んでいるのだ。死体に銃弾を叩き込んだ所で、ただ穴が開くだけなのは自明の理である。


 あいつら、死んでるだけあって痛みも感じないらしく、怯みもしない。ショットガンだったら吹っ飛ばす事も出来たのかもしれないが、今の俺にはショットガンを作るのはちょっと難しい。


 さて困ったぞ、となった所で、俄然やる気を出した人がいた。


 まあ俺以外には一人しかいないから、クイズにもならないな。メリアさんだ。


 俺が倒せないと見るや『レンちゃんあれ倒せないの? やっちゃう? 私やっちゃう?』と期待に満ちた眼差しでこちらを見てきた。

 なんだこの年上可愛いな、という言葉が口をつきそうになるのをなんとか飲み込んでお願いしてみると、もうそこからはメリアさんの独壇場だった。


 すごい速さでゾンビに駆け寄ったかと思うと、一瞬で両腕を切り落とし、次の瞬間には頭にナイフを突き刺して倒していた。ゾンビが出来た事といえば、『ヴァー』って唸った事くらい。


 それを見て俺は『あ、そうか。頭を撃てば良かったのか』とヘッドショットについて思い出した訳だが、灰になったゾンビから魔石を回収したメリアさんが『どう? 私役に立ったでしょ!』と言わんばかりの笑顔で戻ってきたのを見て、そっと銃身を解体して、『ここは俺、役に立たないみたいだから、おねーちゃん頼める?』と言った。


 無理だよ。あんな顔したメリアさんに『ありがとう。もう倒し方は分かったから、次からはまた俺がやるね』なんて言えないよ。 もしメリアさんに尻尾があったら千切れんばかりに振ってるよあれ。というか幻視したし。


 そして俺の台詞にメリアさんのテンションが限界突破してしまい、冒頭に繋がるという訳だ。


 …………なんというか、メリアさんの暴れっぷりが半端なさすぎて、さっきまでゾンビホラーゲーをプレイしていたはずなのに、気づいたら無双ゲーのプレイ動画鑑賞に変わっていた、みたいな気分だ。


 今の俺、メリアさんが無双するのを眺めながら後ろを着いて行って、メリアさんが倒した魔物が落とした魔石を拾う係だよ。荷物持ち的な?

 まあ迷宮攻略に必要な資材は、武器以外全部俺の【拡張保管庫】に突っ込んであるから、名実共に荷物持ちなんだけど。


「レンちゃん終わったよー!」


 そんな事を考えながら黙々と魔石を拾っている間に、殲滅が終わったらしい。


「…………多くない? こんなにいたっけ?」


 なんかあちこち灰だらけになってるんだけど。これ十体やそこらじゃ済まないよね?


「なんかよくわかんないけど、どんどん寄ってきちゃってさあ。全部倒したらこんなんなってた。テヘ」


 テ、テヘペロだと!? まさかこっちの世界で見る事になろうとは…………じゃなくて。


「それ、おねーちゃんが大声あげたからじゃないかな……」


 すっげー大声で笑ってたからね。それはもう楽しそうに。そりゃ魔物も寄ってくるだろうね。


「…………そんなに笑ってた?」


「それはもう盛大に。色々心配になるくらいには笑ってたね」


 無意識だったらしい。随分と鬱憤が溜まっていたようだ。


「そ、そっか…………。次からは気を付けるね」


「その方がいいかな。いくら雑魚でも、一気に大量に来られると危ないからね。数は力だよ」


 って、前の世界の誰かが言ってた。誰かは忘れた。


「数は力、かあ。……うん、そうだね。ごめんね。次からはほんと気を付けるよ」


「ん。じゃあ魔石拾ったら先進もうか。こんだけ倒したら、もうこの階層は魔物もいないだろうし、さっさと抜けちゃおう。臭いし」


「そうだね。臭いしね」


 まあゾンビって腐ってるからね。そりゃ臭いよね。発生源はなくなったけど、残り香だけでも結構きついわ。


 俺とメリアさんは極力鼻で息をしないようにしながら魔石を集めてから、先に進んだ。

 この階層ではこれ以降、魔物に会う事はなかった。


 で、第六階層。


「あっはははははははははははははははははははははははははーーーー!」


「…………気を付ける、とはなんだったのか」


 第六層も、第五層の焼き増しだった。


 最初に出会った魔物に俺が銃弾を撃ち込み。

 効かないと見るや否や、メリアさんが喜々として突っ込み。

 テンションマックスなメリアさんの笑い声で、階層中の魔物が集まり。

 それを見たメリアさんのテンションが限界突破してしまい、凄まじい勢いで敵を殲滅し。

 俺が溜息を吐きながら魔石を拾い集め。


「おーねーえーちゃーん?」

「ご、ごめんなさーい!」


 俺がジト目で苦言を呈し、メリアさんが謝る。という一連の流れを、第九階層を超えるまで繰り返す事になった。


 第十階層。


 ここは特別な階層のようだ。

 階層に降り立った時点ですでに雰囲気が違う。


 階段を降りたらすぐに少し広めな広場になっていて、その先にでっかい金属製の扉がある。それ以外に何もない。魔物もいない。

 なるほど? ここが〈階層主〉の出る階層だな? 一定階層毎って聞いてたけど、十階層毎みたいだな。


「この階層は随分雰囲気が違うねえ」


「だね。多分ここが〈階層主〉がいる階層なんじゃないかな?」


 いかにもな扉!

 その前の安全地帯!

 これはもう確定でしょ!


「よし。ここでちょっと休憩しようか。動きっぱなしで疲れたよね? おねーちゃん」


「え? いや、ぜんぜ――」

「つ・か・れ・た・よ・ね?」

「はい、つかれました。わーいきゅうけいだーやったー」


 水の入った革袋をズイッと顔の前に出しながら渡しながら念を押すと、メリアさんはひきつった笑みを浮かべながら受け取った。少し頭を冷やしなさい、全く。


 結局、メリアさんのテンションと勢いは留まる事を知らず、ノンストップで第十層まで駆け抜けてしまった。


 そんな無駄にハイな状況で〈階層主〉に挑んだら、危なっかしくて仕方がないよ。


 ボス戦は、万全の準備をして挑む物だ。状態異常がかかった仲間がいれば解除してから挑む。これ常識。もうメリアさんのあのテンション、状態異常と言っても過言じゃないくらいだったからね。

 動画撮って後で見せてあげたいくらいだったよ。黒歴史確定だから。スマホもビデオカメラもないから撮れないけど。


「ング……ング……プハッ」


「落ち着いた?」


「うん。ごめんね。なんか気分が高揚しちゃって」


「まあ、気持ちは分からないでもないからそれはいいよ」


 初めての迷宮ってだけでテンション上がるのに、お預け食らった後だから溜まってた鬱憤が爆発しちゃったんだろう。俺も同じ立場だったら似たような状況になると思う。さすがにあそこまで暴れはしないと思うけど。

 メリアさんが水を飲んでクールダウンした事を確認してから、俺は〈階層主〉攻略の為の作戦について話し始めた。


「あの扉を開けたら多分〈階層主〉がいるだろうから、それを前提に動くよ。とりあえず俺が最初に入る。これは確定。俺は攻撃が得意じゃないから、壁役になって敵を引き付ける。その間におねーちゃんが攻撃していく。これが基本…………何、おねーちゃん」


 そこまで話した所で、メリアさんが不満そうな顔で手を挙げたので、一時中断して話を振った。


「レンちゃん、あの遠くから攻撃する筒があるじゃない。あれ使えばいいんじゃないの? 私が壁役しながら攻撃して、レンちゃんが離れた場所から攻撃していけば……」


 メリアさんの出した作戦は、至極まともで理にかなった物だった。

 近距離専門が敵に肉薄して、遠距離攻撃持ちが離れた場所から一方的に攻撃する。テンプレだ。テンプレというのは効果的だからテンプレなのだ。普通であれば使わない手はないだろう。

 …………だが、その作戦で行くには、このパーティには致命的な問題があるのだ。パーティというか、俺に。


「あれがもっと強ければその作戦でもよかったんだけどね……。あれ、自分で言うのも何だけど、ぶっちゃけ弱いじゃん? ゴブリンくらいしか倒せないよね?」


「うん」


「逆に考えると、ゴブリンより柔らかい相手には効くって事だよね」


「そうなるねえ」


「で、強さはともかく、体の強度的には、ゴブリンよりも人間の方が弱いじゃない?」


「そうだねえ。いくらゴブリンが弱いって言っても魔物な訳だしねえ」


「だよね。で、それを前提に考えると、おねーちゃんが言ってた作戦はこう言い換えられると思わない? 『おねーちゃんを壁役にして、その背後から、人間は当たると致命傷だけど、〈階層主〉には大して効かない攻撃をばら撒く』」


「…………あれ? 私、挟み撃ちされてる?」


「うん、そうなっちゃうんだよ。だから俺はあの攻撃は使えない。そうなると俺には攻撃手段がなくなるから、必然的に壁役くらいしか出来る事がなくなっちゃうんだよね」


 そう。俺の銃撃は威力が中途半端すぎて、〈階層主〉相手に使用するメリットが全くないのだ。むしろ壁役が背後からの攻撃にまで気を配らなくてはいけない分、デメリットが増える。そんなのただの害悪だ。


「むむむむ。でもそうなるとレンちゃんが危ない目に…………あ! そうだ! わた――」

「もし『私が一人で倒しちゃえばいい』とか言い出したら、俺はこれからおねーちゃんを『メリアさん』って呼ぶし、敬語で喋る」

「――し達二人の力を合わせれば、倒せない相手なんていないよ! がんばろうね! レンちゃん! 二人で! 二人でね!」


 メリアさんがふざけた事を言い出しそうだったので釘を刺すと、途端に『二人で』を強調し始めた。


「……まあ、分かってくれたならいいよ。じゃあ説明を続けるね。作戦は三つ。敵が一匹の場合、二匹の場合、三匹以上の場合」


 俺はメリアさんの前に手を出し、指を一本立てる。


「まず一匹の場合。これが基本形。俺が敵の攻撃を引き付けてる間に、おねーちゃんが攻撃を加えていく」


 立てた指を一本追加し、二本立てる。


「二匹の場合。俺が〈階層主〉を引き付けてる間に、おねーちゃんに残る一体と一対一で戦ってもらう。ほんとは俺が両方抱えられたらいいんだけど、多分無理だから。で、おねーちゃんにはなるべく早く敵を倒してもらってから、〈階層主〉を攻撃してもらう」


 さらに指を一本追加し、三本。


「三体以上の場合。基本は二体の時と変わらないよ。俺が〈階層主〉を抱えて、メリアさんが残りの敵を一対一の状況で戦う。残った敵は、俺が遠距離攻撃で足止めする。おねーちゃんは〈階層主〉以外の敵を順番に倒していってもらって、最後に〈階層主〉を倒す。いい?」


「納得したくないけど分かった」

「そこは納得して」


 苦い顔で頷くメリアさんを一刀両断する。ここでゴネられても先に進まないし。


 作戦会議がてらの休憩を終えた俺達は、二人で扉の前に立った。


「準備はいい?」

「大丈夫」


 メリアさんの返事を聞いて、俺は扉に手を置き、力を込めた。


「じゃあ、行くよ…………ふんっ! ぎ、んぎぎぎぎぎぎ…………っ! ブハッ! ハア……! ハア……!」


「…………手伝おうか?」


「………………お願い」


 扉重すぎだよ馬鹿野郎!

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