第75話 迷宮攻略を開始した。②
メリアさんからの耳が痛いお言葉を回避するために、強引に話を打ち切って歩き出した俺は、視界の先に話題逸らしの恰好のネタを見つけた。
「あ、ほら、第一魔物発見だよおねーちゃん! 見て見て!」
「いやレンちゃん、まだ私の話は………………。はあ、いいよもう。……ん。ゴブリンだね。あれくらいだったら、わざわざレンちゃんが壁にならなくてもいいよね」
メリアさんが諦めた! 俺、逃げ切った!
俺は心の中でガッツポーズしながらも、表面上はそんな内心をおくびにも出さず、メリアさんの言葉に反応を返した。
「あー、まあそうなんだけどさ。ちょっと試したい事があるから、このまま俺が前でいいかな?」
「え? …………それ、危ない事じゃない?」
「違うよ」
「…………ほんと?」
「ほんとだよ! なんでそこ疑うの!?」
ここはストレートに『そっか。ならいいよ』って言ってくれる場面じゃない!?
「いやだって、前例があるしねえ……。つい最近、貴族様の息子に喧嘩売ったりしたし……」
ぐっ! メリアさん諦めてなかった! 俺、逃げ切れてなかった!
い、いや。あれは、あのガキがナメた事をしくさったのが原因で…………というか、あの時点ではあのガキが貴族の、しかも侯爵様の息子だなんて知り様もなかったじゃん! 俺は悪くねえ!
……と、声を大にして言いたかったが、ここはぐっと堪えて、素直に受け止める事にする。
まあ、あの時は俺もちょっと頭に血が上っちゃってたから……。やらかした自覚はあるし……。
「ぐう……。い、いや、今回は危なくないから。本当だから」
「ふぅーん…………。で、何するの?」
何その全く信じてなさげな態度!? ひどくない!? 俺、嘘ついた事ないよね!?
「……うん。遠距離からの攻撃方法を思いついたから、試してみようと思って」
メリアさんの態度に割とショックを受けつつ何をしたいか告げる。するとメリアさんは何故か、ジットリした目を俺に向けた。
「…………【翼】で飛んでいって攻撃して、『一歩も歩いてないから遠距離攻撃だよ』とか無しだからね?」
「しないよ!」
何それ!? トンチ!? 俺は一〇さんじゃない! というかそれ、どう考えてもただの突撃だよね!? そんな事しないよ!
それに、この【翼】はそれっぽい見た目なだけで、飛べないよ!
…………いつか飛んでみたいけどさ。
「ふぅぅぅーーーーん。……じゃあ、その石畳から外に出ないならいいよ。もちろん空中に浮くのもなしだからね?」
「浮けないよ!? おねーちゃん俺の事なんだと思ってるの!?」
「びっくり人間、かな?」
「ひど!?」
メリアさんの俺に対する認識に一言……いや、二言三言物申したくなったが、それを始めると長くなりそうだったのでグッと堪え、足元に視線を移す。
俺が立っている石畳は、五十センチ四方くらいのサイズだった。せ、狭い……。いやまあ、今回は本当に動かないからいいけどさ…………、
「……まあ、おねーちゃんが満足してくれるならそれでいいよ。じゃあ、ここから攻撃するけど、弱らせるくらいしか出来ないと思うから、トドメはよろしくね?」
「うん、それはいいけど……ほんとにここから攻撃するの? 結構遠いよ?」
「初めてやるけど、大丈夫だと思うよ。たぶん」
「たぶんって……」
まだ何か言いたげなメリアさんを置いておいて、攻撃の為の準備を行う。
【翼】の形状を一部変え、長さ一メートル、直径三センチ程の棒を作成して肩に装着する。
棒は中空になっており、片側のみ開口している。
「銃身生成……生成完了……」
「え?」
棒と肩が触れているの部分で【魔力固定】を発動。棒の内部に、閉口部との間に隙間が空くように、円柱の片側のみ丸まったような形状の金属を生成する。
「弾丸生成……材質、鉄……装填完了」
「え? え?」
準備が全て整い、改めて棒の先端をゴブリンに向け直す。
「照準設定……完了…………」
棒の閉口部と生成した金属により密閉された部分の空気に対して【熱量操作】を発動。ありったけの熱量を込める。
するとどうなるか。密閉空間内の空気が加熱により膨張する。そしてその圧力によって、蓋になっていた金属を押し出す。つまり、飛んでいくのだ!
そう! これは【金属操作】、【熱量操作】、【魔力固定】の複合して作った、銃なのだ!
火薬が生成できなかったから空気圧だけど!
さあ行け、異世界初? の銃弾よ! ゴブリンの体に風穴を開けるのだ!
「……発射!」
ポロッ(銃身から弾丸が零れ落ちる音)。
コツンッ(弾丸が地面に落ちる音)。
コロコロコロ……(弾丸が地面を転がる音)。
「「………………」」
ふむ。
異世界初? の銃。飛距離、四十センチ。転がったからちょっと飛距離が伸びたな。
…………うん。
「……失敗!」
「えぇぇーー…………」
メリアさんがなんかすっごい顔でこっちを見てくる。
いやしょうがないじゃん。初めてやったんだし。実験的な側面が強かったんだよ。
「ふーむ。熱膨張による空気圧で弾丸を飛ばすのは無理かー」
「レンちゃんが何言ってるのか良く分からないけどさ……どうするの、あれ。私が倒す?」
メリアさんが、未だ健在、というか全くの無傷のゴブリンを指さしながら言う。
うん。言いたい事は分かるよ。『何やってんのこいつ?』でしょ?
だがちょっと待ってほしい。まだ実験は終わってないのだ。だからその『期待外れ』って視線止めて。
「もう一回! もう一回やらせて!」
「…………まあ、ゴブリンもまだこっちに気づいてないみたいだからいいけどさ。これで最後だよ? 遊んでる時間が勿体ないからね」
まさかの遊び扱い! だが反論できない! 結果がひどすぎて!
いや! 次は大丈夫! 次のは実績があるから! 俺の実績じゃないし、前の世界での話だけど!
「銃身生せ――」
「それはもういいから早く」
「ア、ハイ」
メリアさんの声がなんか冷たい!
氷点下の声音に背中を押された俺は、なんちゃって詠唱をスキップしてサクサクと準備を進める。
…………まあ正直、勢いでやってみたはいいけど、ちょっと恥ずかしかったから丁度良かった。ああいうのって、アニメとかで見ると『かっこいい!』って思うけど、自分でやると滅茶苦茶痛いんだな。主に心が。おっさんの心にこの痛みは耐えきれそうにないよ。すごいな中学二年生。
演出ムービーを全スキップしたので、速攻で準備が整った。まあ、さっきと工程はほとんど変わらないというのもあるけど。
見た目も全く変わらない。違いは内部にあるのだが、外見からそれは判別できないからね。
発射準備が完了し、銃身をゴブリンに向け直す……ふむ、さっきより離れてるな。大丈夫かな。まあ、なるようになるか。
しっかりと狙いを付けて……。
「発射!」
バンッ!
「きゃあっ!?」
「グギャ!?」
先ほどと比べ物にならない爆音を立て、弾丸が銃身より放たれる。目で追う事ができない速度で飛んだ弾丸はゴブリンの下腹部の辺りに着弾。ゴブリンはそのまま倒れた。
かなりの深手を負わせる事が出来たようで、モゾモゾとしか動くことができなくなったらしいゴブリンから視線を切り、可愛らしい悲鳴を上げたメリアさんに顔を向ける。
メリアさんは目と口を大きく開いて、俺とゴブリンを交互に見ていた。
ドヤァ…………。
「ええ!? さっきと全然違う!? 見た目は何も変わらないのに! なんかおっきい音鳴ったし!」
種明かしをすると、先ほど推進剤代わりに空気を使っていたのを、【魔力固定】で生成した水に変更しただけだ。
水は蒸発すると体積が千倍以上になる。それによって発生する圧力で弾丸を飛ばした訳だ。
理論自体は空気の時と変わらないんだけど。空気だと膨張率がそこまで高くなかったようで、推進力とするには今一歩足りなかった。
それに引き換え、水の蒸発による圧力の生成は、蒸気機関等で実用されている物だからね。巨大な鉄の塊である機関車を動かせるほどのエネルギーを出せるんだ。ちっちゃな金属塊一つ飛ばすなんて訳ないさ。
……にしても、俺も魔物を殺しても吐いたりしなくなったなあ。多少の気持ち悪さはあるが、それだけだ。これも成長って言うのかな?
この世界で生きていくには慣れてなきゃいけない事ではあったんだし……成長だと思う事にしようかな。
ま、それは置いておいて…………。
「……成功!」
「説明っ! 説明して!?」
メリアさんから説明を求められたので、出来るだけ簡単に説明してみる。
「水を狭い場所で蒸発させて、その力でちっちゃな金属を飛ばしたんだ」
う~ん、我ながら説明が雑。でもまあこんなもんでいいだろう。メリアさんも細かい理論とか知りたい訳じゃないだろうし。そこらへんは聞かれても答えられないけど。
膨張係数がうんたらとか、学生の頃に習った気がしなくもないけど、就職先はそっち系の分野じゃなかったから、記憶が曖昧なんだよね。
……ま、どの分野であろうと、チートが出来るほどのしっかりした知識なんてないから、曖昧な記憶を元にこねくり回すしかないんだよね。もっと勉強しとけばよかったなあ……。
「……え? 水? あれ水なの?」
「うん。正確には水蒸気だけどね」
「…………そっか。うん、分かった。よく分からないのが分かった。もう聞かない」
「そう?」
メリアさんは追及を諦めてくれたようだ。ぶっちゃけ俺も上手に説明できないから助かった。
……あ、『鍋で水を沸かした時に、蓋がカタカタいう奴のすごい版』とか言えば分かりやすかったかな?
ま、いいや。メリアさんも『もう聞かない』って言ってたし。
「まあ、とりあえず実験は成功。魔物を見つけたら離れた所から攻撃するから、おねーちゃんはトドメをお願いね」
「…………いる? トドメ」
メリアさんが微妙な表情を浮かべつつ指さした方向を見ると、そこには今まさに力尽きたらしく体が灰に変わっていくゴブリンの姿。
「………………この階層ではいらないかもね」
「だよねえ……。子供が戦うのを後ろから眺めてるだけの大人、かあ…………」
「え!? い、いや、あれで倒せるのはゴブリンくらい弱い魔物だけだよ! 次の階層からは絶対必要になるって! ねっ!」
「…………そうかなあ」
「そうに決まってるよ! そんなに弱い魔物ばっかりだったら、この迷宮、とっくの昔に完全攻略されてるって!」
しょんぼりしてしまったメリアさんをなんとかなだめつつ、俺達は第二層を進み。
現れた魔物は、全て俺の銃撃で一発で倒せてしまうようなのしか出ないまま、第二層を抜け、第三層、第四層を踏破し、第五層への階段まで辿り着いた。辿り着いてしまった。
おかげで、二人とも無傷、というかほとんど疲労すらしてない状態で突破出来たが、代わりにメリアさんのテンションがダダ下がりで、最後の方では、俺の必死の慰めも功を為さず『帰ろう? もう私、この状況に耐えられない……。魔道具はお金貯めて買お? 私、頑張るから……』と泣きそうな顔で言い出す始末だった。
俺は声には出さずに『次の階層では銃弾一発で倒れない敵が現れますように』と祈りながら第三層への階段を下りるはめになった。
……なんで俺、わざわざ強い敵が現れる事を祈らなきゃいけないんだろうか? なんかおかしくない?