閑話 一度全てを失った女の復讐②
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村から逃げ出し、森の中で生きると決めてから十年程経った。
十年の間には色々あった。
あの後、少々歩いた先にお誂え向きの洞窟を見つけ、そこを住みかとしたり。
水を飲もうと小川に顔を近づけたら、亜麻色だったはずの髪色も、綺麗な空色だったはずの瞳も、鮮やかな赤色に変わっていて腰を抜かしたり。
洞窟からそこそこ離れた場所に、様々な種類のゴミが打ち捨てられている場所を見つけ、使える物を持ち帰ったり。
そのゴミ山で、私が触っても燃えない布が手に入って狂喜乱舞したり。
――――それまでは獣のように一糸纏わぬ姿で過ごしていたのだ。苦労して服のような物を拵え、袖を通した瞬間、ちょっと泣いた。
拳だと食料とする獣を仕留めるのが手間だったので、ゴミ山で拾った短剣で必死に練習して、なんとか使えるようになったり。
独りの寂しさに堪えかねて夫を探すほどの寂しがり屋である私が、十年もの間独りでいる事に耐えられたのは、偏に『旦那と娘に会いたい』という思いがあってこそだ。
毎日時間を見つけては、体温を制御する訓練を行い続け、十年経った今では、集中すればなんとか人に触れても火傷させない程度にまで、体温を抑える事ができるようになっていた。
後数年訓練すれば、人里に出てもなんとか誤魔化せる所までいけるだろう。
そこまで出来るようになったら、この森を出て夫と娘に会いに行こう。そう決めていた。
そんな中、採集の為、ゴミ山に向かった時、運命の出逢いに遭遇した。
ゴミ山の端に、ここ十年程目にしていなかった存在が倒れているのが見えた。
人だ。
くすんだ色合いの銀髪を広げ、一糸纏わぬ姿で大の字で倒れている。
遠目でもその体躯は小さく、未成熟である事が見てとれる。恐らく子供だろう。髪が長いから女の子だろうか。
こんな森の奥深くに子供? しかも全裸?
――――全裸については、割りと最近まで人の事は言えない立場ではあったが、今はそんな事はどうでもいい。
そこまで考えて思い至ったのは『ああ、あの子もゴミなんだ』だった。
ここにはゴミしかない。何故かいくら持って帰っても減る事なく、むしろいつの間にか新しいゴミが増えている。恐らく私が離れている間に誰かがゴミを捨てに来ているのだろう。
私にはとても理解できない事だが、死体も、見方によってはただの肉の塊、ゴミだと考える人もいる。
恐らく、そういう風に考えたどこかの誰かが、あの子をここに捨てていったのだろう。
だが私には、例えそれがすでに魂のない死体だったとしても、小さな子供を放置する事は出来ない。
小さな子供。共通点はそれだけなのに。今あの娘は十五歳になったはずで、立派に成人を迎えているはずなのに。
地面に倒れた少女の姿に、娘の、マリアの姿が重なってしまうから。
彼女に対してやってあげられる事は正直ほとんどないのだが、せめて埋葬して弔ってあげようと彼女に一歩近づいた瞬間に、それは起こった。
子供の体が一瞬強く光ったのだ。それだけでも十分驚く事なのに、その後さらに驚く事態が起こった。
子供が大きく仰け反り、続いてビクンッ! ビクンッ! と痙攣を始めた。
完全に死体だと思い込んでいた私は驚きのあまり固まってしまい、ただただ痙攣を続ける子供を眺めていた。
そのまま時間が経過し、子供の痙攣が段々と小さく、弱々しくなり、やがて止まった。
その段になってようやく私は我に返り、彼女の元へ駆け寄った。
「ちょっと! 大丈――――」
独り言以外では十年振りに出した声は、最後まで言い切る前に萎んで消えた。
近付いて改めて分かったが、やはり彼女は女の子だった。年齢は恐らく五〜六歳くらい。
可愛らしい顔に感情の色はなく、開かれた金色の瞳は何も写していない。
小さく開かれた口の端から、薄緑色の液体が溢れている。
その薄い胸に動きはなく、呼吸が止まっている事が一目瞭然だった。
そこまで認識した所で、体が震えた。
五〜六歳くらいの女の子。
姿は全く似ていないのに、たったそれだけの共通点で、私にはもう、彼女が娘にしか見えなくなってしまった。
そこからはもう夢中だった。
少女の口に指を突っ込み、無理やり開かせる。口の中一杯に薄緑色の液体が納められている事を確認すると、一瞬の躊躇もなく少女の口に吸いつき、中から液体を吸い出す。
生臭く、粘っこい液体を吸い出しては吐き出し、吸い出しては吐き出す。
数回繰り返した後、大きく息を吸い込んでから、少女の口に吹き込む。
「死んじゃ駄目っ! フゥッ! …………死んじゃ駄目だよっ! フゥッ! …………お願い、死なないで! お願いっ……! フゥッ! …………私の前から、いなくならないで……!」
息を吹き込む合間に、身勝手な言葉を掛けながら息を吹き込み続ける事暫し。
「……ゴポッ! ゲハッ! ガハッガハッ! ヒュー……ヒュー……ゲホッゲッホ!」
少女が息を吹き返した。大きく咳き込みながら、ヒューヒューと笛のような音を立てながら必死に空気を取り込んでいた。ひとしきり空気を貪ったと思ったら、突然体勢を四つん這いに変え、
「……ゲェェェェエエッ」
吐いた。
息を詰まらせていた薄緑色の液体は、お腹の中にもかなりの量が詰め込まれていたらしく、驚く程の量を吐き出した。
「オエエエェェェ……ハア、ハア」
大分辛そうだったので、背中をさすってあげる。
「ー、ーーーーーーーーー……」
やっと人心地ついたらしい少女は、よく分からない、言葉らしき物を喋りながらこちらに振り向いて、私の顔を見て固まった。
……あ、あれ? 私、そんなにひどい顔してたっけ? 顔洗ったよね? 昨日水浴びして、その時一緒に洗ったから、髪もそこまで汚くはない、はず……だ、よね。
私が内心オロオロしていると、少女は何故か、自分が吐き出した液体の前に顔を持っていき、また固まった。
――と思ったら、今度は液体に映った自分に対して手を振り始めた。
…………大丈夫かなこの子。なんというか、色々な意味で。長い時間息が止まった後に生き返った人って、たまにおかしくなっちゃう事があるらしいし……。
そんな割と失礼な事が頭を過ぎり、同時に彼女に重なっていた娘の姿も見えなくなった。
「だ、大丈夫?」
無意識に複数の意味を込めてしまった言葉に、少女がゆっくりと振り返った。何故か呆然とした顔をしている。
「大丈夫かな? ここだと何だし、私の家に行こうか」
…………まさか、心配して声を掛けたら、絶望した顔を返されるとは思わなかった。
……。
…………。
私は少女を連れて帰る事にした。
体力の消耗が激しいようで、歩く事はおろか、立ち上がる事すら出来ない状態の少女をこの場において帰る事なんて、私にはとても出来なかったのだ。
全力で体温を抑えて、少女を背負う。背中に感じる少女の体は冷たかった。この時だけは、自身の体温が高い事に感謝した。
洞窟に到着すると、少女を寝床――――という名の平たい岩に寝かせ、私は、台所――――ということにしている一角に向かう。
確か、昨日の夜に食べた汁物が残っていたはず。
あれだけ盛大に吐いたのだ。お腹が空いているはずだし、身体も冷え切っている。失った体力も取り戻すにも、とにかく少しでも食べる必要があるだろう。
鍋の中身が残っている事を確認した私は、鍋を左右から包むように手を当てる。で、抑えていた体温を少し解放して…………うん、こんなものかな。熱すぎても食べられないだろうし。
程よく温まった汁物を器に盛り、少女の上半身を起こし、背中をそっと支えてあげながら匙と一緒に手渡す。立ち込めるスープの匂いを嗅いだ途端、少女のお腹が『くぅ~』と可愛らしい音をたてた。少女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、手の中の器と私の顔を交互に見つめていたが、私が笑って頷いてあげると、おずおずと匙で汁を掬い、口に入れ、目が輝いた。お気に召してもらえたらしい。良かった。
正直こんな場所で作った料理とも言えない代物だけど、お腹が減っているときはなんでも美味しく感じる物だ。たんとお食べ。
美味しそうに汁物を食べる少女を見て、私も自然と顔が綻ぶのを感じながら、この後について頭を巡らせる。
この少女は一体何者なんだろう? 小さい割には食事のお行儀がいいから、貴族のお嬢様だろうか? 言葉が通じないみたいだから、どこか遠くの国の? だが、そんな子がこんな人っ子一人いない森の奥に、一人で、裸で倒れているのはさすがにあり得ないと思う。
…………だったら大きな商家の娘? いやこれも同じ理由であり得ないだろう。
「………………分かんないや」
つい声に出してしまい、ハッとして顔を向けると、少女は不安そうに揺れる瞳で私を見ていた。
いけない。考え事をしている間に眉間に皺が寄ってしまっていた。こんな顔をしていたらこの子が不安に感じてしまう。なんとか弁明しないと……って言葉が通じないんだった!? えーと、えーと、こういう時は………………こ、こうかな?
頭を撫でてにっこり笑ってみた。
少女の顔に笑顔が戻った。成功!
少女は食事を終えると同時に気絶するように眠ってしまった。毛布代わりに使っている布をかけてあげてから、そっと寝床の端に腰掛け、これからどうすべきか考え――――ようとしたが、私の中ですでに決まっていた。
この子を養う。
あの年頃の子供には、親代わりとなる大人が絶対に必要だから。
寝床を提供し、食事の面倒を見る。会話ができないと不便だし、言葉も教えないと。
理不尽に奪われた私の人生。旦那と娘に再会するのを諦めたわけではないけれど、少しくらい、違う方向から取り返したってバチは当たらないよね?
今回の話の中で、メリアがレンに対して蘇生処置を行っておりますが、あの手順は間違っています。
世界観的に、人名救助のノウハウが固まっておらず、皆感覚でやっている為です。
なのでこの世界では、心肺停止に陥った人の蘇生確率はあまり高くありません。
なので、心肺停止から蘇生した場合、『神の奇跡』扱いです。
レンが蘇生できたのは、異世界から来た直後で女神の加護があった事、ホムンクルスの身体性能が一般的な人間より高い為です。偶然です。
皆さんも蘇生処置を行う際は、こんなドマイナー小説に載っている情報を鵜呑みのするのではなく、専門のサイトまたは専門家の方から習った方法で行ってくださいね。
「この小説に載っていた通りやったら失敗した!」と言われましても困りますので。
よろしくお願いいたします。