閑話 一度全てを失った女の復讐①
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これから『三日間』毎日十一時に投稿します!
……と言ったな?あれは嘘だ。
予想以上に話が長引き、一話伸びました。
よって本日より『四日間』連続投稿致します!
……え?木曜までとか中途半端だから、どうせなら金曜まで投稿しろ? アーアーキコエナーイ
とう訳で、本編は進まない閑話ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。
私は何の変哲もない、小さな村落で生まれた。
普通の、ごくありふれた農家であった父と、同じくらいの大きさの畑を持つ別の農家の娘との間に生まれ、小さな頃から両親を手伝って野良仕事をして過ごす、父譲りの空色の瞳と、母譲りの綺麗な亜麻色の長い髪が密かな自慢の、ごくごく普通の娘だった。
普通じゃない事といえば、村に住む元冒険者の男から、戦い方を教えてもらっていた事くらいだろうか。
ただの農民の娘である私が、戦い方なんていう物に興味を示したのは、なんて事はない、野盗が村に押し入ってきた時に、その元冒険者が見事に返り討ちにしたのを見たからだ。
その元冒険者は、依頼中に足に怪我を負い、元の通りに動けなくなった為に冒険者稼業から足を洗ったらしい。
そして、以前依頼で訪れ、雰囲気が気に入ったこの村に住み始めたそうだ。
そんな状態にも関わらず、その男は危なげなく野盗を返り討ちにし、村を救った。
男が戦う様子を、息を潜めて隠れていた家の中から見ていた私はひどく感銘を受け、一躍村の英雄となった男を称える宴の際に、同じような考えを持った数名の男の子と共に拝み倒して、なんとか戦い方を教えてもらう事になった。
六歳の秋だった。
それから八年間、野良仕事の合間に男の元へ赴き、男の子に混じって訓練を受け続けた。
男の訓練は想像以上に厳しく、一緒に学び始めた男の子達は、付いていけずに一人、また一人と訓練に来なくなり、二年目に入るころには私一人になっていた。
最初から男は『一時の子供の憧れ』だと考えていたようで、教え子が減っていくのを全く気に留めてなかった。
最後に私一人が残った時には大層驚かれ、同時に訓練が更に厳しさを増した。
後に聞いた話だと、私も訓練を辞めさせる為だったらしい。
毎日地面に這いつくばり、疲労から嘔吐し、全身至る所に痣を作った。
それでも私は訓練を辞めなかった。
その時は自分が訓練から逃げ出さないのは、憧れもあるが、それ以上に意地だと思っていたのだが――――今なら分かる。私はその時、その元冒険者の男に対し、憧れ以外の感情、恋慕の感情を持っていたのだ。
男となるべく長い時間一緒に居たい。その一心で辛い訓練を続けていたのだ。
男は剣を使ったので、最初は私も剣を教わったが私には合わなかった。自分に合う武器を探す為に様々な武器を試した結果、行き着いたのはまさかの素手だった。武器ですらなかった。
武器選びにそれなりの時間を掛けた結果の事だったので、素手が一番向いていると分かった時には男と二人、苦笑いしたものだ。
そんなこんなで徒手空拳での戦闘訓練を続け、十四の春。
両親が流行り病で死に、私は一人になった。
小さな村落だったのもあり、両親を失った私に村の人達は優しくしてくれたので、一人になっても生活ができなくなる訳ではない。
だが、村の衆に手伝ってもらいながら畑仕事をして、一日の仕事が終わって家に帰ってもそこには誰もいない。寒々とした家で一人で食事にし、一人で眠り、一人で起きる。
一緒にいてくれる人が欲しい。
独りで居る事の寂しさに耐えかねた私は、独りでなくなる為の手段を考えた。
女である私が一人でなくなる為に一番手っ取り早い手段。それは夫となってくれる男を見つけ、夫婦になる事だ。だが、私が男との訓練に明け暮れている間に、年の近い男は全て他の女とくっついており、村の中に独り身の男はほぼいない状態となっていた。
だがそんな事私には関係なかった。私が一緒になりたいと思った相手に妻がいない事は知っていたから。
意を決してその相手――――元冒険者の男――――が住んでいる小屋を訪れ、正直に心の内を伝えた。さすがにこの年齢になれば、自身の男に対しての感情が恋慕である事は理解できていたので、想いを伝える事に忌避感はなかった。
男は困惑した様子で、年齢差を理由に断った。
言いたい事は分かる。私が十四なのに対して、男は四十過ぎ。貴族であればその程度の年齢差での結婚も珍しくはないらしいが、平民はそうではない。年の近い男女でくっつくのが一般的だ。
だがここで諦めてしまうと婿探しの為に村を出るか、年端もいかない幼子が育つのを待つ道しかない。必死で食い下がった。独り身を続ける覚悟は、私にはなかった。
そんな私に、最終的に男は折れた。私を娶るのを了承したのだ。
その日の夜。
私は女になった。
男に娶られても、私の生活はあまり変わらなかった。
朝起き、食事を食べ、畑仕事をし、訓練をし、家に帰り、室内でも出来る仕事をし、寝る。
違いといえば、いつも男が傍にいる事。帰る家が一緒であることくらい。
だが、私は幸せだった。隣に誰かが居てくれる事の幸せを謳歌していた。
ただでさえ幸せだったのに、男に娶られて一年後、さらに幸せになった。
子供が生まれたのだ。
腹を痛めて産んだ子は女の子だった。
名前はマリアにした。男が決めた。
私の名前に近い響きを持つその名前に、嬉しいような、少しだけ恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになった。
それからは毎日が幸せの絶頂だった。
いつも傍にいてくれる男と、愛する我が子。
顔立ちが大人っぽくならない私を娶った夫が、周囲から『変態』扱いされるのを苦笑いしながら眺めたり。
やんちゃに育っていく娘を、時には怒り、時には一緒に笑ったり。
私は、この幸せな日々が永遠に続くと信じて疑わなかった。
――五年後のあの日までは。
私が二十、娘が五つになった年のある日、それは何の前触れもなく起こった。
私の衣服が突然燃え上がったのだ。
驚いた私は叫び、その時少し離れた場所にいた男は、私の叫び声を聞いて駆けつけ、火に巻かれている私に向けて、慌てて水瓶から桶で水を汲んでぶっかけた。
その瞬間、ジュワッという音と共に掛けられた水が蒸発した。
私の肌は全く濡れていなかった。
それを理解した瞬間、私は半狂乱になった。
頭の中には疑問ばかりが浮かんでは消えていく。
――なんで水を掛けられたのに濡れていないの!?
――なんでいきなり服が燃えたの!?
――なんで私が立っている床から煙が出ているの!?
――なんで!? なんで!? なんで!?
そこで私は自分の身体に向けていた視線を前に移し、さらに混乱した。
――――なんで、あなたは、娘を背中に庇うように、立ち塞がっているの!?
――――なんで、あなたは、娘は、私をそんな目で見るの!?
――――そんな、悲しみと困惑と、そして恐怖が混じる目で!?
「そんな目で、私を、私を見ないでええええええぇぇぇぇぇぇぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁああああああぁぁああああああぁぁああああああああぁぁっ!?」
二人の視線に耐えられなかった私は、小屋を飛び出した。
……。
…………。
そのまま脇目も振らず走り、走り、走り。
ふと我に返った私は足を止め、荒い息を吐きながら辺りを見回すと、そこは森の中だった。
後ろを振り返っても森の切れ目は見えない。かなり奥深くまで入ってしまっているようだ。
頭上は鬱蒼と茂る木々に遮られている為薄暗く、空が見えない所為で、今が夜なのか、朝なのかすら判然としない。
そんな状況に陥っている事に気づいた所で、私は猛烈な疲労を感じてその場にへたりこんだ。
腰を下した瞬間に尻の下から鳴る『ジュワッ』という音は、全力で意識から外した。
呼吸を整えながらも、頭に浮かぶのは幸せだった日々。
いつも寄り添ってくれる夫。
可愛い我が子。
――そしてそれらを塗り潰す、二人から浴びせられた恐怖の眼差しの記憶。
なんで私がこんな目に。
私はただただ毎日を普通に過ごしていただけなのに。
なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!
頭の中をグルグルと回る『なんで』という叫びは、涙となって目から零れ落ちた。
零れ落ちるはずの涙はすぐさま蒸発してしまったが、私は泣いた。泣き叫んだ。
我が身に降りかかった理不尽に、理解不能な現実に。
…………ひとしきり泣いた後、酷使した体とボロボロになった心が休息を求めたのか、私は意識を失った。
……。
…………。
目覚めると、そこは森の中だった。
昨日の出来事が実は夢で、目が覚めればいつもの日常が返ってくる、という儚い希望は、今この瞬間打ち砕かれた。
地面に寝転がったままの私の頭の中では、2つの言葉が浮かんでいた。
『死にたい』と『会いたい』だ。
この絶望しかない現実から死ぬことで逃げてしまいたい、という思いと。
また夫に、娘に会いたい。あの幸せな生活に戻りたい、という思い。
どちらも本心で、どちらかを選ばなければいけない。
死ねば確かに楽になるかもしれない。だが、そうすれば永遠に夫と娘に会う事は叶わない。
だが今のまま会っても、またあの瞳を向けられるだけだ。あれをもう一度向けられるは耐えられない。考えただけで全身が震えて涙が零れる。
悩んで、悩んで、悩んで、悩んで。
どれくらいの時間悩んだか分からないくらい悩んで。
結局、結論は出なかった。
出なかったので、神様に任せる事にした。
もう一度ここで寝て、それでも生きていたらまた旦那と娘に会う為に生きよう。
もし獣や魔物が現れたなら、抵抗することなく潔く殺されよう。
そう決めてそのまま目を閉じると、長時間寝る間を惜しんで悩んでいた事で、思いのほか疲労していたようで、あっという間に眠りに就いた。
夢は見なかった。
……。
…………。
文字通り生死を賭けた眠りから覚め、目を開いた。
目が覚めた。つまり生きている。
その場でゆっくりと立ち上がり、全身を確かめても所々擦り傷があるくらいで、手足も欠ける事なく付いていた。
神様は、私に生きろ、と言っているようだ。神様は試練を課すのがお好きらしい。
さっきまで寝転がっていた場所に目を向けると、体の形に白っぽくなっていた。体の下にあった枝葉が燃え尽きて灰になったようだ。
いざ生きるとなると色々と入り用なのだが、まあとりあえず。
着るものが欲しいなあ。
その日から、私の森の中での一人ぼっちの生活が、文字通り裸一貫で始まった。