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第72話 魔道具の値段に絶望してたら、サーシャさんが助け舟を出してくれた。

 大金貨五十枚。


 サーシャさんより提示された魔道具の金額に愕然とした。

 尚、〈鉄の幼子亭〉を始めるにあたり購入した建物の金額が大金貨十五枚。


 約三倍である。


 機織りの魔道具一個買うお金で〈鉄の幼子亭〉と同規模の建物が三つ買える、という衝撃の事実に、メリアさんと揃ってダメージを受けている所に、サーシャさんのさらなる追撃が入る。


「作るのが難しい上に時間もかかりまっすから、これくらいの金額になるのはしょうがないでっす。……ちなみにエリーの紹介ってことで多少勉強させてもらっての金額でっす。本来の売値だと大金貨六十枚でっす」


 なんと、値引き済みの金額だった……っ! しかも予想以上に値引かれている!

 そんな事を言われてしまったら、追加の値引き交渉なんてとても出来ない。只でさえ大金貨十枚もの値引きがされているのだ。これ以上を求めると、エリーさんの顔に泥を塗る事になってしまうだろう。


「ちょ、ちょっと失礼しますね」


 メリアさんがサーシャさんに一言断り、ずいっと俺に顔を寄せる。突然の行動ではあったが、メリアさんが何をしたいのかは手に取るように分かる。

 相談だ。

 〈鉄の幼子亭〉の、というか、メイド達も含め、十五人の生活費諸々を管理してるのは俺だからね。大きい買い物の際に俺と相談するのは至極当たり前だ。

 ここまででかい買い物はさすがに初めてだけど。


「念のため聞いてみるけど、どう?」


「無理。全く足りない」


「だよねえ…………」


 メリアさんの小声での問いに、俺も小声ながらキッパリサックリ答える。

 前もって決めていた購入予算上限は大金貨二十五枚。正直これでも結構無理してるくらいなのだ。その二倍の金額になんてとても捻出できない。


 メリアさんは一度がっくりと項垂れ、直後にハッと顔を上げて、上目遣いでサーシャさんを見つめた。


「ちなみに、ぶ、分割払いなんていうのは……」


 なるほど! 分割払い! それであればなんとか支払いできるかも!

 さすがメリアさん! 賢い!


「申し訳ありませんが、いくらエリーの紹介とはいえ、今日初めてお会いした相手と分割払いの契約を結ぶ程、私はお人好しではないでっす」


「そうですか…………」


 メリアさんによる起死回生のお願いは、ニッコリ笑顔ですげなく拒否された。

 あなたの仰る通りです。分割払いの契約って、ある程度お互いに信用がないと成り立たないからね。

 会って二~三十分程度の相手なんかとは結びたくないよね。


「ふむ。…………お金が足りないのであれば、〈魔銀〉払いでもいいでっすよ?」


 メリアさんが、再びがっくりと肩を落としつつ顔を俺の方へ向け直し、そのままひそひそ話で代替案の模索を行おうとした所で、その代替案は俺達からではなく、サーシャさんの口から飛び出した。


 が。


「「まぎん?」」


 そのお金の代替となるらしい物が何なのかさっぱり分からない。〈まぎん〉って何?

 メリアさんと二人、揃ってサーシャさんに顔を向け、これまた揃って首を傾げた。サーシャさんは、そんな俺達の息の合った動きに軽く噴き出してから、〈まぎん〉払いについて説明してくれた。


「プフッ……。んんっ! ……えー、〈魔銀〉というのは、イースの迷宮で手に入る特殊な金属でっす。魔力の通りが良くて加工もしやすいので、魔道具を作るのに割と必須なんでっすが、少々在庫が心許なくなってきておりまっして。浅い階層でも稀に手に入るそうでっすので、ある程度まとまった量をお持ちいただければ、引き換えに機織りの魔道具をお渡ししまっすよ?」


 ふむ、なるほど?


 〈まぎん〉なる物は迷宮で手に入る特殊な金属らしい。

 で、サーシャさんはそれを欲しているので、ある程度の量を持ち込めば魔道具と交換してくれる、と。


 ふむ…………。


「…………なーんて、食堂の店主さんに言う事じゃなかったでっすね! 迷宮は危ないでっすし、そちらのお子様が本気にしちゃったらまずい――――」

「情報ありがとうございます! 〈まぎん〉ですね! ちょっと取りに行ってきます! 行こうおねーちゃん!」

「わ、ちょ、いきなりすぎだよレンちゃん!?」



 サーシャさんの言葉に被せるようにお礼を言って、勢いよくソファから立ち上がり、メリアさんの腕を引っ張った。


 こうしちゃいられねえ! 只でさえリーアさんを待たせてるんだ。購入資金が足りない以上、お金を払う以外の入手手段があるなら、暫し〈鉄の幼子亭〉を休業してでもそっちに注力するべきだ。


 ……いや、いっその事、俺達が迷宮に行ってる間、ルナをリーダー固定にしてメイド達をシフトで回してもらえば、休業する必要もないな?


 〈まぎん〉とやらが手に入らなくても、俺達が迷宮に行ってる間も〈鉄の幼子亭〉が営業していいれば、そっちでも稼ぎは出る訳だし、最悪そっちでお金を貯めて魔道具を買えばいいのだ。

 その場合は、普通に〈まぎん〉を売り払ってしまえばいいだけだ。

 二者択一である必要はない。マンパワーで二ルート同時攻略だ!


「本当に本気にしちゃいまっした!? ちょ、駄目でっす! 浅い階層と言っても迷宮である事は変わらないでっす! あなたみたいな子供が行っても何もできないまま死ぬだけ……というかそれ以前に、迷宮は冒険者しか入れまっせんよ!」


 サーシャさんは声を荒げて、今にも部屋から飛び出さんとしている俺を説得にかかる。

 だけど、ごめんねサーシャさん。その理屈は俺には通用しないんだよ。


「大丈夫です! 俺、ジャンの攻撃も無傷で受け止められるんで! あと俺もおねーちゃんも冒険者なので!」


「ジャン? ジャンって誰でっすか……って! レベル六冒険者のジャンさんでっすか!? あの大剣の攻撃を無傷で受け止められる!? そんな訳……。し、しかも冒険者!? あなた一体いくつなんでっすか!?」


「六歳です!」


「下限の半分じゃないでっすか! その歳で冒険者だなんて、嘘は良くないでっすよ!」


 嘘じゃないやい! 言ってやってメリアさん!

 俺の視線を受けて、メリアさんが苦笑いを浮かばながら口を開いた。


「ジャンの攻撃を無傷で受け止められるって言うのは、私自身は見てないですけど、そこそこの防御能力を持っているのは確かです。冒険者だって言うのも嘘じゃないですよ。私と一緒に登録しましたから」


 メリアさんの落ち着いた声音にサーシャさんの上がったテンションも鎮静したらしく、同時に上がっていた声のトーンも落としてくれた。


 ついでに俺のアゲアゲだったテンションも平常値に戻った。

 うん。達成不可だと宣告された目標が、違うルートで達成できるって聞いたら、なんか上がっちゃったんだよ。

 いやこれは同じ状況になったら誰だってこうなるよ。だから俺は悪くない。


「えぇー…………。じゃ、じゃあ、組合証を見せてくだっさい。冒険者だというなら持ってまっすよね?」


「……? あ……い、いいですよー。……はい」


 しかし、メリアさんから説明を受けても信じられないようで、組合証の提示を求められた。

 別に見せる事に抵抗はないので、【拡張保管庫】から組合証を取り出して、サーシャさんに手渡す。

 …………うん、最初から見せれば解決だったね。ほとんど冒険者としての活動をしてないから、街に入る為の通行証ってくらいの認識になってて、考えが及ばなかったよ。


 サーシャさんは俺の組合証を色んな角度から見たり、振ってみたりしてみている。あれで何か分かるんだろうか……って! ちょ! 折り曲げようとするのは止めろぉ!


「…………確かに、本物のようでっす。……ってなんでっすか『レベル零』って。初めて見たでっす」


「ああ、そういう制度があるらしくて、それを使えば十二歳未満でも登録できるらしいですよ。組合長が言ってました。なんでも制度の適用は数十年振りだとか」


「…………それは私が知らなくて当然でっすね」


 お返ししまっす、と渡された組合証を【拡張保管庫】に突っ込――む前に状態をチェックする。

 ……うん。大丈夫だ。折れてない。良かった。俺、こういうカードとか綺麗な状態に保ちたい派なんだよね。

 改めて組合証を【拡張保管庫】に突っ込み、サーシャさんへ視線を戻す。

 組合証を折られそうになった恨みを込めて、ちょっとジト目で。


「納得してもらえました?」


「………………まあ、組合証を見せられたら納得せざるを得ないでっす。冒険者が迷宮に入るのを止める権限なんて、私にはないでっすし」


 そこでサーシャさんは、ハァ、と溜息を一つ。


「でも無理だけはしないでくだっさい。私の一言が原因であなた方が死んだ、なんて事になったら、エリーに顔向けできなくなりまっすので」


「それはもちろん。心配しなくても、無理そうだったら諦めますよ。家族もいるんで。……ほら行くよおねーちゃん! ササッと準備して、パパッと迷宮行って、サクッと〈まぎん〉とやらを手に入れよー!」


 サーシャさんの忠告に俺なりにしっかりと答えつつ、改めてメリアさんの腕を掴んで引っ張ってソファから立たせた。


「ちょ、引っ張らないで! 分かった! 分かったって! そ、それではサーシャさん、すみませんがこれで失礼します!」


「……はい。またのお越しをお待ちしておりまっす」


「はーい! すぐ来まーす!」


 グイグイとメリアさんを引っ張りながらドアを開けた所で、なんだか疲れた顔でサーシャさんが再会を祈る言葉を投げかけてきたので、ニカッと笑ってそう返してから部屋から出た。


 ドアを閉める直前にチラッと見えたサーシャさんが、なんだかとても疲れた顔をしていたのが印象的だった。

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