第70話 魔道具屋に向かったら裏切られた。
「そういえば、どうだった? いいの買えた?」
数日おきの定例業務として行っている、武具屋の親父さんとの〈ゴード鉱〉と合金の取引。
今日がその日だったので、〈鉄の幼子亭〉の営業終了後、親父さんの武具屋に赴いて〈ゴード鉱〉を受け取り、指定された量の合金を納品する。
取引自体は大して時間もかからず終了するので、終わった後は毎回エリーさんと少し雑談をするのが日課になっている。
親父さん? 親父さんは合金を受け取ったら、声を掛ける間もなく速攻で鍛冶場に籠るからとても雑談なんでできないよ。
エリーさんとの雑談は、大体は他愛もない物だが、たまに『どこそこでこんなメニューを食べた』とか『どこそこのお店で変わった調味料を見かけた』とか、食堂を営む側からすると有難い情報が出てきたりするので結構馬鹿にならない。
まあそういう情報がなくても、エリーさんとの会話は楽しいから雑談を止める気はないけどね。
そんな普段通りの楽しい雑談の折、エリーさんがふと思い出したように言ったのが冒頭の一言。
……いや、いきなり『どうだった?』って言われても…………まずそれ何の話?
「いやいやいや。機織りの魔道具よ。紹介状書いてあげたでしょ? お眼鏡に適う物は見つかった?」
…………………………………………あ。
「…………もしかして、忘れてた?」
「そそそそそんな訳ないじゃない。バ、バッチリシッカリ覚えてます事よ?」
「うん。滅茶苦茶どもってるし、口調がおかしい事になってるよ? 目が泳ぎまくってるし」
テンパりすぎて挙動不審になった俺をジト目で見ていたエリーさんは、やがて大きなため息をついた。
「ねえ。あんな高い物をわざわざ買おうとするってことは、必要なんでしょ? 割りと早急に」
「…………はい」
もちろん必要だ。
糸状にした〈ゴード鉱〉は、そのままではただの白い糸にすぎない。
それを織って、布に加工して初めて想定している用途に使用できる。リーアさんの【能力】を抑え込む為の手袋を作成する、という用途に。
そして、〈ゴード鉱〉で作られた手袋がないと、リーアさんは人と触れ合う事が出来ない。
……ぶっちゃけ、わざわざ高い金を出して機織りの魔道具を入手しなくても、機織りが出来る人に依頼すれば目的自体は達成できるかもしれない。
だけど俺としては、見知らぬ人に製作に関わって欲しくないんだよね。
〈ゴード鉱〉は誰も加工ができないからゴミ扱いされてるだけで、スペックは半端ないのだ。
熱、魔力を反射し、とても軽く、衝撃を受けて変形してもすぐ元に戻る。
それが〈ゴード鉱〉だと教えなくても、実際に触ってみればそのすごさは一目瞭然だろう。そんな超スペックの糸を渡されたら、魔が差す人だっていないとも限らない。
正直、盗まれたとしても懐へのダメージは大した事ない。〈ゴード鉱〉の仕入れ値は格安だし、【金属操作】でいくらでも作成できる。
でも、だからといって、盗まれても気にならないか、と言われると、そんな事はない。自分の物を盗まれてなんともない奴なんていない。そういう事だ。
なので、出来る限り、内部だけで作成を完結させたいのだ。
…………まあ、どうしても機織りの魔道具が手に入らなかったら、外部委託するのも吝かではないけどね。リーアさんに手袋を渡すのが第一目標な訳だし、そこが伸び伸びになるのは本末転倒だ。すでにちょっと伸びてるし。
「だったらさっさと買いに行く! こんな所で油売ってる場合じゃないでしょ! ほら行った行った!」
「は、はいいぃぃっ!」
エリーさんに店を追い出されてしまった。
「まさか、忘れてるとは思わなかったよ…………」
「うぐぅ……」
やめて! そんな目で俺を見ないで! 俺、そっちの趣味はないの! 俺にとってそれはご褒美じゃない!
巻き添えで一緒に追い出されたメリアさんからジットリとした視線を受けつつ、通りを二人で歩く。行き先はもちろん魔道具屋――――ではなく、屋敷だ。帰宅だ。
…………いや、だってもう夜遅いし。今から行っても開いてないよ。
エリーさんに急かされたし、魔道具屋へは早めに行っておきたいな。でも明日出勤日だしなあ。
さすがに、今日の明日で『休みます!』とは言いにくいし、屋敷に戻ったらシフト調整して、早めに行く事にしよう。最速で明後日かな――――。
「調整終わったよー。明日は私もレンちゃんもお休みにしたから、一緒に行こうね?」
「ファッ!?」
と思ったら、メリアさんが【念話】で全員に話をつけ、明日行く事になりました。
…………うん、そうだね。【念話】があるんだから、わざわざ屋敷に戻ってからじゃなくても調整は出来るね。こういうのは早いに越したことはないからね。いいんじゃないかな。
でもね? できれば、俺に一言欲しかったなあ。結果は変わらないんだけどさ。ほら、気分的にね?
……
…………
「えーっと……。エリーさんからもらった地図によると、ここらへんだと思うんだけど」
翌日、俺とメリアさんは魔道具屋へ向かう道を歩いていた。
紹介状と共に渡された地図を見ながら歩くメリアさんの一歩後ろを、ルンルン気分で付いていく。
魔道具屋に行く事を忘れていたのは事実だが、行くのが楽しみだったというのもまた事実。
いざ行くとなればワクワクが止まらないのも仕方ない!
ああ、楽しみだなあ。どんな店なのかな? やっぱ魔道具屋だし、怪しさ満点で今にも潰れそうなボロい建物で、中には『ヒッヒッヒ』とか笑う、黒いとんがり帽子被ったお婆さんとかいるのかな?
で、店内は薄暗くて、いかにも呪われそうな品物があちこちに置いてあったりして……。
「うーん? ……あ、ここだ」
まだ見ぬ魔道具屋に思いを馳せていた俺は、メリアさんの声で我に返った。
「まじで?! どこ?! どこ?! どの店?!」
テンションマックスの状態で辺りを見回すが、俺のお眼鏡に叶うオンボロは見当たらない。むしろ全体的に小綺麗な建物ばかりだ。
「いや、そんなあちこち見回さなくても、ここって言ってるじゃない。目の前だよ」
キョロキョロと辺りを見回している俺に、呆れた様子を醸し出しつつ、ある一点を指差したメリアさん。俺は指された先に目を向け――――首を傾げた。
「…………ここ?」
「そう。ここ」
俺の視線の先にあったのは、周囲のそれより二回りは大きな建物だった。
しっかりとした造りの小奇麗な建物に、今まさにカップルらしき男女が店内に入っていった。
カップルがドアを開けた時にちょっと見えた店内は、明るく開放的だった。
カップルが店内に完全に入り、ドアが閉まる直前、女性店員さんの『いらっしゃいまっせー!』という可愛らしい声が聞こえた。
「レンちゃん、ほら、あれ」
メリアさんがドアの上を指差すのでそちらに顔を向けると、そこには〈サーシャの魔道具屋〉の文字が。
「…………ここ、だね」
「ね? 通行の邪魔になっちゃってるし、早く入ろう?」
言われて首を巡らせると、なるほど確かに、今俺達が立っているのは道のど真ん中。現在進行形で道行く人々に嫌な顔をされている。
その状況に俺は一つ頷き、口を開いた。
「………………もう帰らない?」
「なんで!? お店に着いたばっかりだよ! 店に入ってすらいないよ! どうしたの?! あんなに楽しみにしてたじゃない?!」
…………楽しみにしてたからだよクソが!
さっきチラッと見えた店内!
あれ、アクセサリーショップとかそういう系だよ! 魔道具屋なんかじゃないよ! あそこは可愛い女の子が可愛い小物とか手にとって可愛くキャッキャする場所だよ! なんかキラキラしてたもん! 空気というか、雰囲気が! なんかいい匂いとかしそうだったもん!
あそこは、そろそろ加齢臭が気になり始めるお年頃な俺みたいなのが入っちゃいけない場所なんだよ!
「…………あそこは、俺みたいなおっさんが入っていい場所じゃないんだよ。あそこは可愛らしい女の子が入る場所だよ……。俺なんて門前払いだよ…………」
「魔道具屋さんだよ!? 門前払いなんてする訳ないでしょ! あとレンちゃんも可愛らしい女の子だからね?!」
外見はそうかもな! でもなあ、中身は三十路のおっさんなんだよ!
おっさんに、あの空気は、耐えられない……っ!
「ほら、行くよ!リーアちゃんの為に魔道具買うんでしょ?!」
「ちょ、待っ?! やめて! 離して?!」
メリアさんに腕を掴まれ、魔道具屋に引っ張りこまれそうになる。
無理! 無理だって!
……うおおおおお! 負けてたまるかあああああああ!!
「ちょ、【身体強化】?! そこまでするの?!」
おうともさ! あんな男性お断りの空気のお店に突入しないためなら、俺はなんだってやってやるぜ!
【身体強化Ⅱ】を脚部のみで全力発動して、踏ん張るとかなあ!
「まあ、それでも私にはあんまり意味ないけどねーっと」
「ギャー?!」
だが、俺の全力の抵抗をあざ笑うかのように、メリアさんは【身体強化】を発動した俺をいとも容易く引っ張り、〈サーシャの魔道具屋〉へと歩を進めていく。
…………そうだった! 俺、【身体強化】使ってもあんまりパワーは上がらないんだった!
くっそ! 何か! 何か手はないか!?
俺は未だかつてないほど頭を回転させ、持ち札を精査して現状を打破する方法を模索する。
【身体強化】――――すでに効果がないことが実証されている。
【金属操作】――――近くに利用できる金属がない。
結界――――腕を掴まれている現状では効果がない。
【変身】――――いや今大きくなっても意味ないよ。
【翼】――――うん、これも意味ないな。無意味に目立つだけだ。
――――結論。無理。
ちょ、まじ堪忍してまじ無理だから無理無理むあああああ!?