第67話 イケオジ侯爵様が現れて決闘が仕切り直された。
決闘開始の合図をぶった切って現れたイケオジは、ガキのお父さんで侯爵家当主らしい。
侯爵家当主にしてイースの街のトップ。また大物が出てきたもんだなあ。
「な、何故父上がここに!?」
「衛兵隊の練度の確認は領主の務めだ、何もおかしくはないだろう。書類を通しては分からない物も、実際にこの目で見る事で分かる事もあるのだ。そう教えたであろう?」
「そ、それは、そうですが……。僕が詰め所にいた時には、父上はいらっしゃらなかったはず……」
「ずっと隊長室で報告を受けていたからな。まあ、本来話を聞くべき隊長が急用により不在で、副隊長から説明を受けていた訳だが」
一瞬で姿勢を正し、青い顔で問うガキに、至極当然といった様子で答える侯爵様。
やべえこの人超かっこいい。渋い声も、引き締まった身体も、見事に着こなされている服も、整った顔をかっこいいけど、なんというか、オーラ? みたいな物がビンビン出ている。この人の前なら、言われなくても膝を着き、頭を垂れる。そんな圧倒的なカリスマ。これがこの世界の貴族か……。
うん。気づいたら本当に跪いてた。びっくりしたよ。完全に無意識だったもん。
………………どうして、こんなかっこいい人から、こんなクソガキが? まあ、顔は面影あるけどさ。それ以外全然引き継がれてなくない?
「ところで、一連の流れを見ていたが、なんだあれは? あれでは決闘として認められぬであろう」
俺と関係のない話をしていたので、頭を下げた姿勢のまま、ぼんやりと地面を見つつそんな事を考えていると、なかなか聞き捨てならない言葉が聞こえたので、ソロソロと顔を上げた。
そして目に入ったのは、まさに三者三様の三人の姿。人数もぴったり。
形の良い眉を顰めているつつガキを見る侯爵様。
俺と同じく跪いて真っ青な顔色で地面を見つめている立会人の男。
青い顔色のまま、直立不動の姿勢でガクガク震えているガキ。
…………うん。三人中二人は似たような状況だ。文字通りじゃなかったわ。
いや、そんな事は今はどうでもいい。侯爵様の言った言葉が問題だ。
どういう事だ? これはこの世界の貴族の由緒ある儀式、のようなもので、相容れないお互いの要求を勝敗で決定する為の場なんじゃないのか?
それが認められない?
混乱している俺を、何故か侯爵様はチラッと見、すぐに視線をガキに戻した。
「まず一つ。立会人が名乗る際、役職などではなく、自身の名と爵位を告げなくてはならん。そうでなくては立会人として認められん。二つ。決闘者の要求は立会人が書面に残し、万が一にも言い逃れなどが出来ないようにする必要がある。……どちらも正しく行われていなかったようだが、これは一体どういうことだ? まさか、敗北した際に『これは正しい決闘ではないので無効だ』等と言う為ではなかろうな? そんな、貴族としてはおろか、人間として恥ずべき行為を行おうとし、それを許容した者がいた訳ではあるまい? 単純に、作法を誤って覚えていただけであろう? どうだ、ロットー男爵」
「…………は。私の不勉強にて、決闘の作法を誤って記憶しておりました。申し訳ありませんでした」
「な! ロットー貴様!」
「ふむ? どうしたロンズ。何か不服か?」
「い、いえ……」
侯爵様が今回の決闘の不備を上げ、それを立会人の男――ロットーというらしい――が認めた。
そして、それを見てガキが声を荒げ、眉を顰めながらの侯爵様の問いに一瞬で声が萎む。
「それよりもだ。ロンズ。ロットー男爵を呼び捨てるとは何事だ。いくら侯爵家長男といえど、許されることではないぞ?」
「……はい、申し訳ありません。…………謝罪いたします、ロットー男爵。申し訳ありませんでした」
「いえ……」
侯爵様に叱られて、ロットー男爵に謝罪させられているガキをぼんやりと眺めながら、先ほどのやりとりを反芻する。
…………ふむ。
先ほどのやり取りから察するに、立会人であるロットー男爵はガキ側の人間で、結局の所、今回の決闘は茶番だったようだ。
侯爵様の言う通り、決闘の作法を一部誤った状態で行う事で、敗北した際に『これは正しい決闘の手順を踏んでいないので無効だ』と言い逃れる事が出来るようにしていたのだろう。もちろん、勝利した場合は正しい作法に則った物として押し通す。俺は正しい作法なんて知らないから、一部が間違っていたとしても分からないからな。
立会人以外に近くに人もいないから、立会人さえ取り込めば、間違いを指摘する人間もいない訳だ。
……うん。割と良く考えられてるな。小賢しいって感じだけど。
まあ、そんな小細工も、侯爵様のご登場で見事に水泡に帰した訳だが。
というか立会人の人、貴族だったんだ。……えーっと、男爵ってどんくらい偉いんだろ? 話の内容的に、侯爵よりは爵位が低いって事くらいしか分からん。
……で、この場合、どうなんの? 終わり?
そうなると、俺達がイースから追い出される事はなくなるから、それはいいんだけど……絶対嫌がらせしてくるだろ、あのガキ。出来ればその可能性も潰しておきたいんだけど………………あ、侯爵様に言えばいいのか。
いくら貴族のガキでも、実の親にして貴族家の当主、しかもこの町のトップである侯爵様から言われれば、馬鹿な事はやらないだろう……多分。今までのやりとりを見るに、侯爵様は公明正大な人みたいだから、悪いようにはならなそう! この方法なら面倒な決闘しなくて済むし! 完璧!
そこまで考え、いざ直訴! と口を開こうとした所で、その侯爵様が先に口を開いた。
「この場に私がここに居たのもなにかの縁だ。私が立会人をしてやろう。立会人の爵位が高い方が決闘の品位も上がる。ロットー男爵よりは相応しかろう」
…………ああ、そういう方向になっちゃいますか。
いや、まあ、うん。いいですよ別にそれで。そっちでもガキを抑え込むのは出来ますし。できれば決闘自体しなくて済む方向で行きたかったですけど。
「父上が!? い、いえ、そんな、わざわざ父上のお手を煩わせるほどの事では……」
「決闘というのは、それほどの重さを持つ物だ。作法を覚えていなかったとはいえ、私の息子であるお前がその重さを知らぬとは言わせんぞ?」
「ぐ…………」
おろおろしながら丁重にお断りしようとして、侯爵様に一言で一刀両断されるガキ。やーいやーい言い負かされてるんでやんのー。
「ロットー男爵もそれで良いな?」
「……はい、ジルベルト様の御心のままに」
ロットー男爵は全く抵抗する気がないようで、言われるがままになっている。
「貴殿もそれでよろしいかな?」
そこで侯爵様が俺にも同意を求めてきた。正直、このまま俺を無視して話が進むと思っていたからちょっと驚いた。やっぱりこの人は公明正大な人なんだな。しっかりと俺の目を見て話してくれる。貴族じゃないからと見下したりしていない。ぶっちゃけ俺の想像していた貴族像とは違う。貴族って、もっとこう、唯我独尊な人ばっかだと思ってた。
人の目を見て話すって正直苦手なんだけど、ここはしっかりとしなくては……!
「はい。約束が守られるのであれば、それで構いません」
しっかりと目を見ての俺の返事に満足いただけたのか、一瞬だけ口角を上げ、すぐさま真面目な表情に戻った。
「うむ。……ではこれで全員の同意が得られたな? それでは、この決闘の立会人は、ロットー男爵に代わり、私、イース侯爵家当主、ジルベルト・オー・イースが務める。作法については、不正確だった箇所のみ行う物とする。……立会人の名乗りは終わらせたので、残るは双方の要求が記載された書類の作成だな。うむ。実はすでにここにある」
俺とガキを交互に見ながら、立会人の変更を告げる侯爵様。作法については、足りない部分を後付けするだけでいいらしい。最初からやり直すのは正直面倒だったから有難いな。
……というか、いつの間に書類用意したの? そんな暇なかったよね? ガキも男爵も目を剥いてるよ?
「万一齟齬があると問題故、内容を読み上げ、確認を行う。……ロンズ・ソー・イースの要求は、決闘相手であるレンの勤務先である〈鉄の幼子亭〉の即時閉店。並びに同店舗関係者のイースからの退去。相違ないな?」
「…………ありません」
侯爵様の問いに、苦々しい顔で頷くガキ。……いやお前が言い出した事だろ。なんだその顔は。
「……よろしい。対するレンの要求は、決闘相手であるロンズ・ソー・イースによる関係者への謝罪。並びにレンの勤務している店舗、〈鉄の幼子亭〉への迷惑行為の禁止。…………明らかに要望が釣り合っていないと思うのだが、相違ないか?」
「はい、ありません」
ちょっと困った顔で問われたので、迷う事なく頷く。
ガキにしてほしい事なんてないし。むしろ何もしないで欲しいし。
今後俺達に迷惑を掛けてこないなら、一言謝ってもらえればそれでいい。
「……そうか、ならば良い。…………双方の要望を確認した。この決闘の勝者の要望は、立会人である私が履行の責任を負おう。…………以降の作法については、すでに実行済みとして省略する。双方、武器を構えよ」
やった! あの演劇が丸ごと省略された! 結構嬉しい! ……っと、やばいやばい。顔に出さないようにしないと。
俺は、気合で無表情をキープしながら立ち上がり、ガキが構えるのを確認してから、傍らに置いていた棒を手に取った。
…………うーん。どうせ戦うなら、二度と舐めた事ができないようにしておきたいな。
でも、下手に怪我させるとそれはそれで面倒そうだし……………………そうだ。
「それでは、お互いの思いを剣に乗せ、ぶつけ合い、己が願いを押し通せ………………はじめ!」
「うおおおおぁぁああ!!」
開始の合図と共に剣を上段に構えてガキが突っ込んできた。そしてそのままなんの捻りもなく、まっすぐに剣が振り下ろされる。
頭を叩き割らんと迫りくるそれに対して、俺は――――動かなかった。
カキン!
「「「……は?」」」
俺の頭上数センチ前で止まった剣を見て、ガキが間抜け面を晒す。いいね、その顔。なんか別方向からも声が聞こえた気がするけど、まあ気のせいだろう。
怪我をさせずに、しかし反抗の意思を起こさせなくするイカした方法。それは、心が折れるくらい圧倒的な実力差を見せつける事……つまり強者ムーブ!
全力で、だけど怪我をさせずに、メタメタにしてやるから覚悟しやがれ?
「絶対ろくでもない事考えてる……」
ろくでもない事なんかじゃないよメリアさん!