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第65話 知らない子供に決闘を申し込まれた。と思ったら知ってる奴だった。

 いつものように【鉄の幼子亭】で忙しく働いていると、そいつは現れた。


「ガキを出せ!」


 ドバァン! とドアを壊さんばかりの勢いで開ける音が店内に響き、続いて甲高い怒鳴り声が響き渡る。

 厨房まではっきりと聞こえるその声に『ああ、面倒ごとか』と溜息をつきつつ、料理の受け取り口からそっと声の主に目を向ける。

 その甲高い声の主は子供だった。キラキラしい服を着て、腰には剣を靡いている。

 なんかニヤニヤと嫌らしい感じの笑いを顔に張り付けている。

 後ろに控えている鎧を着た二人組の、苦虫を噛み潰したような顔とはえらく対照的だ。


(あー、多分俺が目当てっぽいから、俺が出るよ)


 現状、店内に『ガキ』と呼ばれるような年代は、あの子供と俺くらいしかいない。本人が自分を指して『ガキを出せ』とはさすがに言わないだろうし、まあ無難に呼び出しの対象は俺だろうな。サクッと出て行って、サッサとお帰り願おう。他の客の迷惑だ。

 あと、あんなめんどくさそうな子供の相手をメイド達やメリアさんにさせるのは可哀想だしね。


 …………にしても、()()()()()()が俺に一体何の用なんだろう?


「えーっと、私をお呼びですかね?」


「当たり前だ! お前以外に誰がいるっていうんだ! 全く、この僕を待たせるなんて、相変わらずふざけた奴だ!」


 とりあえず、『お前じゃない! 誰だお前は!』とはならなかった。いや、あり得ないとは思ってたんだけどね? 希望的観測って奴?

 それにしても、『相変わらず?』ときたか……。俺、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな色んな意味で目立つ子供、会ってたら記憶に残ると思うんだけど……。


「はあ……。それで、私に何か御用ですか?」


 とりあえず日本人の固有能力、【曖昧な笑顔】を発動して様子を見る事にする。その間に記憶の引き出しをひっくり返して、該当人物の情報をサーチしよう。


「当たり前だろう! 用がなかったらこんな汚ならしい場所になぞ来るものか!」


 汚ならしいって。

 汚くないよ? 毎日、開店前と閉店後にしっかり掃除してるよ? 営業時間中でも時間あったら軽く掃除してるんだよ?

 …………うん。()()()()()()()()()()()()()()()し、十中八九いちゃもん付けたいだけのクレーマーだろう。クレーマーってのは何にでも突っかかるからな。真面目に相手するだけ時間の無駄だ。適当に下手に出つつ、さっさとお帰り願う方向で行こう。


「それは申し訳ありません。で、私にどういった用件で?」


「決闘だ! 僕と決闘しろ!」

「え? 嫌です」

「…………!?」


 即答で拒否したら固まった。取り巻きの人達も固まった。あれ? でも取り巻きの人達は子供の方を見て固まってるな。って事は別件か。

 にしても、なんでそんなに驚いてるの? 当たり前じゃん。()()()()()にいきなり決闘を申し込まれて、分かりましたって受ける奴なんていないだろ。


「…………ハッ! こ、断る、だと!? この僕からの申し出を、断るだと!」


 停止から復活した子供は、表情を先ほどまでのニヤニヤ笑いから憤怒の形相に瞬く間に変え、こちらに詰め寄ってきた。

 なんでここまで怒るのかいまいちわからないが、近づかれるのは嫌なので、詰め寄られた分後ろに下がる。魂が日本人な俺は、パーソナルスペースが広いのだ。


「当たり前でしょう? ()()()()()に意味も理由も不明な決闘を申し込まれて、受ける人なんていないでしょう」


「し、し、初対面、だと…………?」


「ええ、だってあなたの事なんてこれっぽっちも――――何おねーちゃん」


 言葉の途中で肩を叩かれたので振り向いてみると、メリアさんだった。

 会話の最中に割り込むなんて珍しいな。普段なら一歩下がった場所で聞きに徹してるのに。

 ……なんつーか、すっごい微妙な顔してるな。『もにょっと』って感じ?


「あー…………えーっとね、レンちゃん」


「うん」


「その子…………初対面じゃ、ないよ?」


 ………………………………え?


「いや、そんな…………は? いや、冗談でしょ? だって、欠片も記憶にないよ?!」


 俺結構一生懸命思い出そうとしたよ!? でも一件もヒットしなかったんだよ!? そりゃ中身はおっさんだけど、さすがにそこまで耄碌してないよ!?


「本当に記憶から消し去ったんだ…………ある意味すごいね。……ほら、何日か前に、この子、今みたいに衛兵っぽい格好の男の人を二人引き連れて来たんだよ。で、クロケットを注文して、一目見た途端にいきなり怒りだして、床に捨てたんだよ。覚えてない?」


 ………………………………………………ああ!


 思い出した! あんときのクソガキか!

 記憶に留めてるとストレス溜まるからって忘れようとして、ほんとに忘れたんだ。


 すげえな俺。忘れたい事を本当に忘れられたのか。

 てか思い出したせいで腹の底の方がグラグラと…………。


「思い出したよ()()()()。出来れば忘れたままでいたかったけど思い出しちゃったよ()()()()。わざわざ何の用だ()()()()。ああ決闘とか言ってたっけか()()()()。なんで俺がそんなもん受けなきゃならないんだよ()()()()。理由を言えよ()()()()。ほら早く言えよ()()()()。こちとらお前みたいな暇を持て余した()()()()と違って忙しいんだよ()()()()

「な、な、な……」


「お、思い出した途端、引くくらい煽るね……」


『クソガキ』を強調しまくりながら煽っていると、メリアさんがちょっと引いた感じでそう言った。

 それはね? それくらいこいつに所業に腹が立ってるって事ですよ。


 俺、前の世界で、子供の頃に農家じみた事をやった事があるんだよ。

 祖父の趣味が農業で、そのお手伝いをちょくちょくやらされてたってレベルなんだが、これがまあキツイのなんの。

 種まき、草むしり、殺虫剤の散布、間引き、収穫。

 本職の方から見たら『たったそんだけかよ!』って程度の事しかやってないけど、それでもキツかった。だからこそ、それ以上の事を毎日一生懸命汗水流して行って、俺達が食べる食料を生産してくれている方には頭が上がらない。その大変さを欠片でも知っていたら、絶対に食べ物を粗末にする、なんて暴挙に出るなんてとてもできない。それは数多の生産者の方々に対する愚弄だ。生産者の方々の努力を踏みにじる行為だ。

 そして、わずかでも生産者として作業に従事した事があるからこそ、自分が作った食べ物を食べて『おいしい』って言ってくれるのがなによりも嬉しいってのも知ってる。

 それもあって俺はこの世界で食堂を、〈鉄の幼子亭〉を作ったんだ。前の世界では出来なかったからな。

 それなのにこいつは……! あー駄目だ止まらない。自分でもびっくりするくらい滑らかに口が回る。


「おいどうした()()()()なんか言えよ()()()()。ああもしかして俺が何言ってるかわからないのか。…………ごめんねえ~。()()()()()()()()()()()にはちょっと難しかったかな~? わたしね~、()()()()()がどうしてわたしと決闘したいか知りたいんだ~。教えてくれないかな~? ね~? どうして~?」


「うわぁ…………」


 強調する部分を『クソガキ』から『ボクチャン』にシフト。メリアさんがドン引きしつつ、憐みの目でガキを見ている。いや、こんな奴に憐みとかいらないよ? つーかメリアさん、前こいつに斬られそうになったんだよ? 一緒に煽るくらいしてもバチは当たらないと思うよ?


「き、き、貴様ぁ! もう許さん! 身の程を知らぬガキだからと慈悲をくれてやったというのに付け上がりおって! 決闘なんて必要ない! 今ここでたたっ斬ってくれるわ!」


 顔を真っ赤にしてプルプル震えていたガキは、そう叫びながら腰の剣に手を掛け、一気に抜き放った。そのまま大上段で大きく振りかぶり、俺に向かって振り下ろそうとした所で、何かに引っ掛かったように不自然に止まった。


「ロンズ様! お止めください!」


「お前ごときが僕を止めるなあ!」


 ガキの背後で何かあったらしい。ひょいと横に一歩動いて確認すると、ガキの取り巻きの一人が鞘に入ったままの剣を腰から外し、ガキの剣を抑え込んでいる様子が見えた。

 頭が悪いくらい振りかぶっていた剣を背後で抑えられているせいで、微妙に情けない恰好で叫ぶガキ。こいつ叫んでばっかだな。そんな大声上げなくても聞こえるよ。ここで初めてガキの名前が判明した訳だが……まあ覚える必要はないな。記憶領域の無駄だ。


「貴族であるロンズ様が、正当な理由なく市井の者を斬ってはなりません! 問題になりますよ!」


「正当な理由?! 正当な理由だと!? こいつは僕のことを馬鹿にしたんだぞ?! それだけで斬り捨てるには十分だろう!」


「正当な手続きを経ていないと認められないのです! だからこそ決闘という形式にしたのでしょう!?」


「えぇ……?」


 まじ? 逆に言えば、理由をでっち上げて、それが認められれば、罪に問われる事なく人を斬れるって事? 貴族やべえ……。


「ぐ…………っ!!」


 歯を食い縛り、血走った目で俺を睨んでいたガキは、しかし男の説得に応じたらしく、しぶしぶ剣を鞘に戻した。


「……僕は先に行く! 一人残って、そいつの準備が出来次第連れてこい! 早くしろよ!?」


 ガキはそう吐き捨てると、取り巻きの返事を待つ事なく、ドスドス足音を立てながら店から出ていった。ドアが壊れんばかりの勢いで閉められるのを確認して、ガキの剣を止めた方の取り巻きが大きく息を吐いた。


「ハア……。私がこの子を連れていく。お前はロンズ様の警護に戻れ。連れていくまでなんとかロンズ様を抑えてくれ。頼むぞ」


「……ハッ! ロンズ様の警護に戻ります!」


 ビシッとした敬礼の後、もう一人の取り巻きが駆け足で店を出ていった。

 ……一瞬嫌そうな顔をしたのを俺は見逃さなかったよ? やっぱあいつ嫌われてるんだな。まあ、あんな性格じゃ仕方ないよね。

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